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あれからどれくらいの時間がたったのかはわからない。
俺は眩しさと、ポチャポチャと耳元で響く水の音で目を覚ました。
「―――あら」
誰かがこちらを見下ろしている。
「目が覚めたのね?パリス」
そこには赤毛のヘラがこちらを満足そうに見下ろしていた。
「――――」
俺は答えることもできずに、まだ拘束されたままの右腕を睨んだ。
そこから透明なチューブが伸びていて、彼女の脇に立ててある点滴台に繋がっている。
点滴……。
どうして、俺を生かす―――?
あのまま殺してくれればよかったのに。
どうせ殺すなら、今殺せよ。
俺は彼女を睨む。
彼女は、俺の顔の脇に置いた洗面器の中でタオルを絞ると、俺のシャツのボタンを外していく。
「――すごい熱よ」
言いながら首筋から順に拭いていく。
その動作は妙に慣れていて無駄がなく、力が強くて気持ちいい。
「――――っ」
「気持ちいい?」
こちらをヘラがまた見下ろす。
その瞳がやけに優しくて泣けてくる。
「愛してるわ、パリス」
愛してるなら――どうして俺を殺そうとしてるんだ。
殺すなら――どうして俺を生かしておくんだ。
「ああ、パリス。かわいそうなパリス……」
言葉は出ない。
そのかわりに俺は、落ちてきた彼女の唇に、渇いた唇で精いっぱい応えた。
◆◆◆
俺は瞼を開けた。
窓から射しこむ光。
近所でやってる工事の音が喧しい。
バルコニーに足を投げ出して彼女が座っている。
長い髪を一本に結い上げる。
白い肩甲骨が見える。
彼女の裸体の向こう側に、白い煙が見える。
俺はベッドから立ち上がり、上から手を回す。
『……おいおい。禁煙したんじゃなかったのか?』
煙草を取り上げると、彼女は振り返りながら、
『あれー?おかしいな。身体が勝手にー』
と笑った。
◆◆◆
再び瞼を開ける。
点滴は何日間続けられたのかわからない。
だが俺の意識は安定し、夢も現実もわかるようになった頃、栄養と水分は口から強制的に与えられるようになった。
遺影の夢を見ることは無くなった。
工場の夢を見ることも無くなった。
そのかわり、いつも彼女の夢を見る。
夢の中で彼女はいつも笑っている。
「ああ……アッ、はぁ……ぁあ」
もう、会えることはきっとない。
本物のあなたも笑ってればいい。
俺なんかがいなくても。
俺なんかがいなくなっても。
ただ、笑ってくれていれば――――。
「あっ、気持ちいい……っ!気持ちい、パリス……!!」
やっと思考を現実に戻し、俺の上で腰を振る女を見上げる。
「―――殺せよ」
彼女は赤毛を掻き上げながらこちらを見下ろした。
「………さっさと、殺せ」
言うと彼女は俺のすっかり痩せた腹筋に両手をつきながら、馬鹿にしたように笑った。