テラーノベル
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声が出なくなったキーボードさんのお話。
まだ付き合ってないボーカルさん×キーボードさん
最初は、ほんのちょっと声が出しにくいかなってだけだった。それが段々と掠れ、次第には出なくなる。のど飴を舐めても市販の薬を使ってみても効果なし。これまずいかもな、と病院に行くと医者から告げられた現実。
「ストレス性のものですね。ストレスが緩和されない限りは声を出せることはないと思います。」
診察室を出て、待合室のソファに腰掛ける。スマホの画面とにらめっこして、電源ボタンを押す。どうやってメンバーに話そうか。正直、パフォーマンスだけなら声が出なくても問題はない。コーラスは若井も歌ってるわけだし、メインボーカルは元貴なんだから。問題は日常生活だ。最近は有難いことにバラエティ番組に呼んでもらえたりしているし、そうなると喋れないのは困る。
「藤澤さーん、藤澤涼架さーん。」
静かな待合室に僕の名を呼ぶ看護師さんの声が響く。立ち上がり、受付に向かう。お医者さんからとりあえず、と喉に効く薬を処方してもらった。処方箋を受け取り、薬を受け取るために調剤薬局に向かう。平日だからか人は少なく、変装なしでもバレなさそうだ。処方箋を出し、薬が出てくるのを座って待つ。その間も頭の中ではこれからのことがぐるぐる潜伏している。
「………はぁ、」
口元が漏れ出た溜息にふっと口元が緩んだ。ため息なんてついてられない。元貴は難聴になった時も笑顔でむしろ利用してくれと笑ったんだから。僕も見習わなくちゃな、と元貴とのトーク画面を開く。最後に来たメッセージは2日前。「りょうちゃん、最近無理してない?」それに僕が「無理してないよ、元貴こそ無理しないで」と返してる。…実際は無理していたのかもしれない。強がってしまった自分に悔いつつ、入力画面を出し打ち込む。まずはなんて送ればいいのだろう。うーん、とひとり首を傾げていると薬が用意できたのか、薬剤師が名を呼ぶ。慌てて携帯を仕舞い、薬を受け取って帰路に着いた。
家に着いて、ソファに腰を下ろすと疲れが湧き出たのか、そのままソファに体が沈む。これはまずい、と何とか起き上がろうと力を入れる。危うく寝てしまうところだった、背筋が伸びるように座り直し、またスマホと向き合う。なんて送ろうか、「久しぶり!」とか?いやいや、少し前にあったばっかりだから久しぶりではない。「ちょっと言わなきゃいけないことがあって」、これはなんか重すぎる気がするし、せいぜい二番目だ。あーでもないし、こーでもないし、そう頭を抱えていると若井から電話がかかってきた。電話って、出れても喋れないんだけどな、若井にも声のことは言ってなかったししょうがない、と応答ボタンを押した。
「おすー、お疲れ!りょうちゃん」
相変わらず元気。声が出ないので、メッセージで返す。
”若井もお疲れ様、どうしたの?”
「あれ、りょうちゃーん?もしかしていま外にいる?電波悪いのか全然聞こえないんだけど、」
あ、こいつ携帯耳に当ててるタイプだ。いや当たり前か、しかし困った。喋れても掠れすぎてて伝わらないだろうし、切ってからメッセージを送ってみようか。悩んでいると元貴からメッセージが。
”もしかして今、声出しにくかったりする?”
思わず目を見開いた。なんでわかったの、そう送りたくなる気持ちを抑え、「うん」とただ一言だけ返す。すぐに既読がつき「わかった」と返ってくる。すると若井の喋る声の裏に元貴の声が聞こえた。
「りょうちゃん声出しづらいんだって。電話切ってやれ」
「あ、マジ?全然気付かなかった、りょうちゃんゴメン!お大事にね!」
そう言って通話が切れる。なんだか嵐のようなやつだったな。ふぅ、とひとつ息を零しソファの背に凭れる。なんかどっと疲れた。結局、声が出ないことは言えずじまい。いつまで経ってもはじめの一歩が踏み出せない自分に嫌気が差し、涙で目の前が歪む。
「……っ、ふ、……ぅ、」
自分の泣き声だけがリビングを木霊する。つらい。苦しい。話したい。ふたりに会いたい。欲が溢れて、涙になって床に滴り落ちた。ぽた、ぽたとその雫はカーペットに染みを作っていく。ひとしきり泣いたあと、まだ顔の横に伝う涙の跡を無視するように眠気が被さり、そのままソファで寝落ちてしまった。
頬を撫でられている感覚で目が覚める。ぱち、と瞬きをすると目の前には心配そうに顔を覗き込む元貴の顔が。これは素敵な夢?もしくは疲れすぎた僕の幻覚?もうどっちだっていい。それに縋るように手を伸ばす。 夢の中は自分に都合がいい解釈になってると聞いたことがある。夢なら自分が主人公なのだから何しても許される、と。これが夢の中なら僕がこの世界の主人公でありヒロイン。口を開き、ずっと呼びたかったその名前を呼ぶ。
「もとき、」
まだ少し掠れているが、相手に伝わるくらいには回復している。僕の声を聞いて彼は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの笑顔で優しく微笑んだ。
「なぁに?」
ああ、好きだ。こうやっていつも春の風のように流れる元貴の笑顔が。頬に手を伸ばし、顔を近付ける。あ、メイクしてない。唇の色、自然で可愛いなぁ。まじまじと見ていると照れたのか僕の顔の前に手を入れ、これ以上近付けないようにされてしまった。
「もときてれてる、まっか、」
ふと赤く染った耳が目に入り、今度はそちらに手を伸ばす。きら、と揺れるイヤリングがやけに眩しい。
「ねぇ、どしたの?酔ってる、?」
戸惑いを隠せていない黒い瞳が僕を捉えている。今は僕だけを見てる。いつもキラキラしたペンライトを見ている目が僕だけを。また欲に駆られ、爆発してしまいそうだ。夢でもそろそろ覚めるだろう。もう一度ソファに体を沈ませ、目を閉じる。
「え、普通に二度寝しようとしてるじゃん。起きてー、」
今度は強めに揺らされる。あ、ようやく夢が覚めるかも。ぱち、と目を開けると戸惑ったように笑う元貴。…やらかした。さっきの多分、夢じゃない。夢じゃないのにあんなこと、そう思えば一気に顔から血の気が引いて怠かったはずの体を勢いよく起き上がらせる。
「へ、ぇ、ぁ、??」
さっきまで出ていた声が嘘みたいに小さくなる。くつくつと楽しそうに笑う彼を横目に机に置きっぱにしている薬の存在に気が付いた。もしかして、見られた?いや、絶対に見られた。いつも言う前にこうやってバレる。
「あー、ほんと急にびっくりした。…それで、本題に戻るんだけどさ、これなに?」
やっぱり。彼の指を行先は机の上にある薬の袋。飲もうと思って忘れて、そのまま寝落ちたのを思い出した。
「っー、」
説明をしたくても上手くできない。まぁ声が出ないから当たり前なんだが、諦めてスマホに文字を打ち込む。こっちの方が冷静になれるし、正しく話せるはず。
”4日くらい前から声が出しにくくて、病院行ったらストレス性だって言われた。”
画面を見た彼の顔が歪む。怒りなのか、悲しみなのか僕には分からず続きの文を打ち込み、また見せる。
”この薬は今日病院に行ってきてもらったやつ。飲んでマシになるかは分からないって言われちゃったけど”
反応を見るのが怖くて、俯く。目の奥が熱くなって彼の前なのに泣いてしまいそう。
「…りょうちゃん。」
想像以上に僕を呼ぶ彼の声を優しかった。恐る恐る顔を上げると、そのまま彼の腕に包まれる。同時にぶわ、と感情が溢れ出す。彼の胸に顔を埋め、叫び出したい気持ちを何とか抑えた。いや、実際は抑えられていないかもしれない。別にそれでも良かった。
「うん、大丈夫だよ。伝わってる。」
優しく背中を撫でる彼の手がやけに熱い。熱いけど、安心する。戻そうとした頭を元貴の手がまた胸元に戻す。まるで泣いていていいよ、と言うように。それに甘え、また彼の胸元を濡らした。これ結構高い服かもなぁ、僕の家の洗濯機で綺麗になるかな、とかどうでもいいことを考えて早く涙が止まるように。
「…も、だぃ、じょ、ぶ、…」
ふるふる、と首を振り彼の胸元から今度こそしっかりと顔を離す。案の定、元貴のオシャレな服が僕の涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。ティッシュの箱に手を伸ばし、2、3枚取ってそれを拭く。拭き終え、ぐしゃりとティッシュを拳の中に丸めた。
「りょうちゃん、ちょっとお話しよっか。…いつもの芯食ったやつじゃなくて、ゆったりしたやつ。」
小さく頷くとちょっと詰めて、とソファに彼が座ってこちらに向かい合う。目線が近いから話しやすいといつも彼がすることだ。
「今日、若井とご飯食べに行ったんだ。そしたら隣に俺たちのアクスタをつけてる子が座ってね。可愛いなーと思って見てたら目合っちゃって。変装も何もしてないから当たり前にバレたわけ。やべ、と思って目逸らす時に気付いたんだよ。その子、スマホカバーの中にりょうちゃんの写真入れてた。藤澤涼架ファン、こんなとこにいたわ。って若井と爆笑したんだよね」
本当に些細な日常のワンシーン。なのに僕の目にはいつの間にか涙が溜まっていた。悲しいわけじゃない、ただ嬉しかった。ラジオのあれはネタだってわかってるけど実際、僕を好きな人ってどれくらいなんだろうと不安だったから。それが積み重なってる時に声が出なくなって、もうあそこに居られないんじゃないか、って怖かったから。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を彼は一粒ずつ拾うように頬を撫でる。
「だから、大丈夫だよ。藤澤涼架ファン、たくさんいる。俺と若井を除いても、いっぱい。」
ようやく、解放された。僕がずっと欲しかった言葉。
「ぅん、うん、ありがと、元貴、」
ぎゅうっと目の前の彼に抱き着く。それまで蓋されていた声が堰を切ったように溢れ出す。
「りょうちゃん、声大丈夫になったの?」
「うん、もうすっかり。元貴のおかげ」
絞められていた感覚が緩く、軽くなったおかげで声が出しやすい。
「…それならよかった。jam’sにも感謝しないとね」
「んふ、そーだねぇ。感謝したい人ばっかりっ、」
元貴の体を離し、にこにこといつもの笑顔をみせる。どんな薬よりも元貴の言葉が僕には効くから。
「次無理したら、許さないからね」
目が笑っていない元貴に背中が冷えつつ、愛されているなぁというくすぐったさから口元が緩んだ。
お久しぶりです、███です。
二作目です。短い作品にしようと思ったら気づけば4000文字も書いてました(笑)
藤澤さん、映画出演おめでとうございます!
まさかの大森さんに引き続き、藤澤さんまで映画に出られるとは…幸せな限りです。あとは若井さんだけかな?楽しみですね。
映画関連のお話も出せたらいいなと思ってます。そして改めて、Mrs. GREEN APPLEデビュー10周年おめでとうございます。最近好きになったばかりの新規ですが、これからも細々と応援させていただきます。
(10周年生配信の藤澤さん呼びのキャスター大森さんが刺さりに刺さったので、どこかで出すかも…?)
それでは、そろそろこの辺りで。また次の作品でお会いしましょう。
コメント
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とっても優しくて心温まる作品でした!!言葉選びも素敵で‥読んでいて楽しかったです!