テラーノベル
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懐かしい、夢を見た。
『この際だからはっきり言うけど、俺は一人で頑張ってくつもりだった、この先もずっと。お前が2人でってしつこいから話合わせてただけで、お前とやってくつもりなんて最初からなかった』
『やれるだろ、お互いがいなくても。別に1人でさ』
『………俺は、』
『……俺は、もうお前とは一緒にいられない』
「………はぁっ、!」
バッと目が覚めた。懸命に酸素を吸って、いつの間にか上がっていた息を整える。身体を起こしてガシガシと頭を掻いた。吹き出した汗で全身がびしょ濡れだ。
カーテンから覗く空はまだ暗い。夜も明けていない静かな空間、隣のベッドではスンヒョンが穏やかな寝顔を晒しながら寝ていた。
「…………はぁ」
酷く懐かしい、夢を見た。
少し痛む額を抑える。俺はそっとベッドから抜け出すとベランダに出て、タバコに火をつけた。仄暗い煙を吐き出しながら外を見る。まだ眠る街は静かで、でもどこかで誰かが生きている音がする。
彼と再会し、暮らし始めて1ヶ月半を過ぎた。約束の2ヶ月は間もなく終わりを告げる。本当にあっという間だった。そんなときにあの夢を見たのは、今がまさにそのタイミングなのかもしれない。
「初めて交わした会話は君の長いまつ毛…」
いつまでも浸かっていたいぬるま湯のように心地よくて、でも歯がゆくて焦れったくてやきもきするような。
そんな曖昧な2人を終わらせる、タイミングなのかもしれない。
「じゃあそろそろ行くな」
「うん、頑張ってね」
そう言うスンヒョンを玄関まで見送る。今日彼は雑誌の撮影が2本、そのあとに打ち合わせがあるらしい。俺は昼頃オンラインの会議が1つあるだけだから1日留守番だ。
「…ねぇ、ヒョン」
靴を履き出ていこうとする背中に声をかける。彼は不思議そうに振り返った。
「今日終わるのどれくらい?」
「うーん…今日はそんなにかからないはずだから、帰りは遅くならないと思うぞ」
本当はドンスから終わりの予想時間をこっそり聞いていたから知っているんだけどね。
「そう。ちょっと話したいことがあって」
「?わかった」
「夕飯は作っておくから帰るとき連絡ちょうだい」
「お、ジヨンが作るのか?楽しみだな」
彼が歯を覗かせて笑った。時間もあるし、せっかくならちゃんとしたもの作るか。
「実はこの前一緒に仕事した人からワインもらってさ。明日休みだしどう?」
途端に彼の顔がパッと華やぐ。大人になった彼は無類のお酒好きになっていて、特にワインに目がない。
「本当か?いいな、飲もう」
「じゃあそうしようか。なに食べたい?」
「任せるが、ワインに合うやつがいいな」
「あはは、わかった」
行ってきます、と今度こそ出て行く彼を手を振って見送る。今日は来客の予定があるが夕方だし、オンライン会議までも時間がある。とりあえずワインに合う料理でも調べよう。
『今から向かいます。30分ほどで着くと思います』
と、メッセージを貰ってからきっかり30分後玄関のベルが鳴った。こんなところまでキッチリしてるのが彼らしい。
返事をしながらガチャッとドアを開けると、申し訳なさそうな顔をしたドンスが立っていた。
「……すみません、遅くなりました」
「いえいえ、むしろ忙しい中ごめんね?」
身体をずらして道を開ける。軽く頭を下げながら中に入ってきた彼は、スンヒョンの送迎でこのマンスリーマンションの下まではよく来るが、実際に部屋まで上がるのはスンヒョンの荷物を運び入れたとき以来だった。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
「待ってました。ようこそ、俺たちの愛の巣に」
冗談めかして言うと、ドンスはなんとも言えない顔でこちらを見つめた。
「……それツッコむところですか?それとも無視するところですか?」
「……………どっちかと言うと笑うところかなぁ、なんて……あはは」
俺の乾いた笑い声が虚しく響く。彼の哀れむような冷めた視線が余計に俺を惨めにさせた。
「…………結構綺麗にしてますね」
結局後者の無視を選んだドンス(酷いや)は、きょろきょろとあたりを見渡しながら、俺の勧めたソファにゆっくりと座った。
「まあね。俺もヒョンも基本的に綺麗好きだし」
「……この雑誌たちは…?」
「げ」
ジトッとした彼の目線の先、積まれた3冊の雑誌と漫画。
「い、今片付けようとしてたとこ…」
意味のない言い訳をしながらいそいそと片付ける。スンヒョンにはもう数え切れないほど注意されてるが、ドンスに言われるのは初めてだからなんだか恥ずかしい。兄の威厳が…いや、そもそも威厳なんてないかな。
「……ふふ、スンヒョンヒョンがよく言ってました」
「えっ」
「”ジヨンは綺麗好きなのになぜか雑誌とか漫画は読みかけのままその辺に積み上げてく”って、昔から」
「………そんなことドンスに言ってたんだ」
楽しそうに微笑みながら言われ、なんだかいたたまれない気持ちになった。きっとドンスも今が嬉しいのかもしれない。昔からずっと俺たちを見てきたのだから。
「まあこの話はこれくらいで。本当はいろいろ話したいところですけど、今日はあまり時間がないので」
「あ、そうだよねごめん」
今スンヒョンは仕事中だ。マネージャーであるドンスは”少しだけ抜ける”、と断りを入れ抜け出してきたらしい。
「近々出せそうじゃん?俺たち2人のCD」
「MV含め収録は全て終えてましたもんね。たしか7曲でしたっけ?」
「そう。まあミニアルバムみたいなものかな」
互いのソロが2曲ずつ、2人のものが3曲。MVはそのうちから2曲。ジャンルはポップなものからバラードまで様々な仕様になっている。互いに別の仕事を抱えながらの中だいぶ駆け足で作ったからかなりハードスケジュールだったが、ようやく形になった。
「実は、もう1つ撮ってて。それも入る予定……ヒョンにはまだ言ってないんだけど」
「……もしかして、あれですか?」
「うん。俺があのときからずっと書いてた一曲。完成したから、先に歌詞だけドンスヤに見てもらいたくて今日は呼んだの」
そう言って差し出したのは1冊のノート。もうよれてところどころ破けてたりする。
「最初の方は構成とか歌詞の殴り書きとかなんだけど……あ、ここのページ。これが完成形」
「……僕が先に見ていいんですか?」
「うん。ドンスには感謝してもしきれないほどの恩があるからね。ごめん、曲自体はどうしても一番最初にヒョンに聴いてほしいから、歌詞だけだけど…」
「十分ですよ、これだけでも」
彼はそう言うと、ノートに視線を落とした。俺はタバコの箱を掴んで立ち上がるとベランダに出る。煙を燻らせながら景色を眺めた。もう少しすれば日が沈み街は夕暮れに染まっていく。
(ヒョン、仕事頑張ってるかな)
干したての布団みたいな、お日様みたいな、落ち着く君の匂いが鼻を掠めた気がして小さく笑う。毎日顔を合わせてるのに、もう会いたいなんて本当おかしな話だね。
タバコを灰皿に押し付けて部屋に戻った。渡したノートは既に閉じられローテーブルの上に置かれている。ソファに座っているドンスが、右手で顔を覆うようにして俯いていた。
「……ドンス?大丈夫?」
「………すみま、せん…大…丈夫です…」
震えた声がそう答えた。そしてゆっくりと顔を上げる。眉間にシワを寄せ、真っ赤に充血した瞳がそこにはあった。
「………ドンス、」
「…とても、よかったです。素敵で、美しくて……すみません、上手く言えないですけど…」
「……」
「なんか、こう…いろんな感情が、一気に身体をかけ巡って、そしたらもう、僕…泣きそうで…っ」
ポロ、と彼の瞳から涙が零れた。彼が泣いているのを見るのは2回目だ。初めて彼にスンヒョンのことを頼んだとき、彼は声を上げて泣いていた。
「ドンス、」
隣に座り、その身体を抱きしめた。あの頃よりもずっと逞しくなった身体、身長はいつの間にか俺よりも遥かに高くなってて困っちゃうな。
今まで抑え込んで仕舞っていたものを全て吐き出すように、ドンスは涙を流し続けた。
「ありがとうね」
でもあのときと違うことは、今腕の中の彼は嬉しそうに泣いているということ。なんだか俺まで泣いちゃいそう。
「本当に、長かったです…っ、」
「…うん」
「どうしていいか、わかんなくなりそうなときも、ぅっ…何回もあって…でも、その度思い出すのは、2人の楽しそうな姿でした」
「……うん」
「絶対、ジョンヒョンなら…約束、守ってくれるって…信じてました…信じて、待ってました」
「……」
「信じて、よかったです……本当に、嬉しい」
彼はそう言って笑った。目を細めて、心の底から嬉しそうに笑っていた。クールな彼のこんな笑顔、初めて見たはずなのに、でもどこかに昔の面影が残ってて酷く懐かしい気持ちになるから不思議だった。
「ありがとうございます」
「それはこっちのセリフだよ。何回言っても足りないくらい……ありがとう、ドンスヤ」
君が弟で本当によかった。
今までも、これからも、その気持ちは変わらない。
「……ではそろそろ戻ります」
そう言って立ち上がったドンスを見送りに玄関まで向かう。先程まで散々泣いていたのが嘘のようにケロッとしていた。が、よく見ると目が充血して縁も少し赤くなっている。スンヒョンに心配されなきゃいいが…。
「戻ってからまた連絡しますが、おそらく予定通りの時間に終わると思います」
「わかった、ありがとう。またいつでも来てよ……って言っても、ここもあとちょっとなんだけどさ」
そう思うとなんだか寂しい。もちろん俺はこの仕事が終わっても彼を手放す気なんてないけど、彼はどう思ってるのかなぁ、なんて。
「………ジヨンヒョン」
靴を履き終えたドンスがこちらに身体を向ける。やっぱり目が赤い、大丈夫かな。
「ん?なに?」
「これは……忘れろって言われてたので、本当は黙っておこうと思ってたんですけど…」
「?」
あれはいつだったか、多分スンヒョンが独立して間もなくだった、と唐突に彼が話し始めた。
「ジヨンヒョンならわかってると思いますが、スンヒョンヒョンてすごい朝に弱いじゃないですか」
「そうだね」
「前にも言いましたけど、起こすのにだいぶ苦労してました。電話で起きないときは家に乗り込むことも割とあって」
「うん」
「……その日……何回名前呼んでも起きなくて、いつも通り身体揺すって、それでもなかなか目が覚めなくて……どうしたものかと思って呆れてたときに…」
「……」
「突然、布団の下から手が伸びてきて、ガシッと手首を掴まれたんです。そんなこと初めてだったから、もうびっくりして声も出なくて…」
「……うん」
「そしたらヒョン…急に……すごい小さい声で言ったんです」
“ジヨン…まだ俺、寝てるけど…?”
「……って」
「っ!」
ピシッと身体に稲妻が走るような衝撃がした。その後を追うように心臓が速くなっていく。
「寝ぼけて僕のことジヨンヒョンと間違えてるんだって……離れて、何年も経つのに……無意識に呼んでた感じでした」
「……そんなことが…」
「そのあとすぐ我に返ったのか、急いで手を離して身体起こして…今まで全然起きなかったのが嘘みたいに。まだ呆然としてる俺を見て1人でわたわた慌ててて…顔なんてもう、茹でたこみたいに真っ赤でしたよ」
うん、多分今の俺も顔赤いんだろうな。
「”今のは忘れろ!絶対!いいな!?”ってものすごい勢いで言われて…気圧されて頷きました。忘れられるわけないですけど」
ドンスは目を細めたあと、楽しそうに笑った。
「今日、ジヨンヒョンからあのノートを見せてもらったら、どうしても言いたくなっちゃいました」
「そ、そっか…うん」
「……きっとスンヒョンヒョンにとって、あの言葉はなにか大きな意味があったんでしょうね……もちろん、ジヨンヒョンにとってもでしょうけど」
「……」
なんだか項のあたりがそわそわして落ち着かない。むずむずする。
「まあ、あの歌詞を見たあとで今更ですが………このことに関してこれ以上突っ込まないでおきます」
「………そうしてくれるとタスカリマス」
では、と言ってドンスが出て行った。たまらずその場にしゃがみこんで膝に顔を埋める。顔が異常なほどあっつい。
「〜〜〜っ、」
こりゃ一本取られたや。
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この話、ガチでやばかったわ…🔥 冒頭の夢のシーンからもう心臓掴まれた。10年前に突き放した言葉がフラッシュバックする感じ、めちゃくちゃ刺さる。しかもその後に、スンヒョンが寝ぼけて「ジヨン…」って呼んでたエピソードをドンスから聞かされる流れ、反則級に良かったな…。無意識に名前が出るって、どんだけ想ってんだよって胸が熱くなった。ドンスがノート見て泣いたのも、あの曲がどれだけ想いの塊か伝わってきた。長かった10年が報われた瞬間を見せてもらった気がするわ。続きマジで待ってる🔥