テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ジェシーは、ずっと髙地のことを「髙地」と呼んできた。
苗字で呼ぶ距離が心地よかった。
踏み込みすぎず、でも特別な位置にいられる気がしていたから。
ーーでもある日、髙地から結婚報告を受けた。
相手は慎太郎。
「おめでとう」って、笑って言えた。
言えたけど、胸の奥はぐちゃぐちゃだった。
そして、続いた一言で完全に壊れた。
「もう『髙地』って呼ばないで。これからは優吾か、森本ね」
――森本。
慎太郎の名前。
その名字を自分の口で呼ばなきゃいけない未来を想像して、吐き気がした。
その夜、ベッドで天井を見つめながら涙をこぼした。
「なんで俺が…」
⸻
ジェシーは、それでもわざと「髙地」と呼び続けた。
みんなの前でも、二人きりでも。
「やめて」
困ったように言われても、笑って流す。
『俺だけは、変わらない』
そう思いたかった。
でも髙地は、少しずつ距離を取っていた。
それが、我慢できなかった。
⸻
慎太郎に近づいたのは、その頃。
最初は世間話。
次に、過去の話。
「昔の髙地さ、もっと無邪気だったんだよ」
「今、無理してない?」
慎太郎は最初、笑って聞いていた。
でも毎日、少しずつ。
同じ言葉を形を変えて植え付ける。
「お前、あいつの全部知ってる?」
「俺の方が長いんだけど?」
冗談みたいに言いながら、確実に刺す。
慎太郎の表情が曇るたび、ジェシーは確信した。
――効いてる。
⸻
慎太郎は、次第に自分を責め始める。
「俺がいるせいで、あいつは…」
誰にも言えない独り言。
それを聞いた時、ジェシーは思った。
――もう少しだ。
⸻
別れ話を切り出したのは、雨の日だった。
慎太郎は理由を言わなかった。
言えなかった。
「俺が、いなくなった方がいい」
それだけ。
髙地は泣いて引き止めたけど、
慎太郎は何度も頭を下げて帰っていった。
⸻
数日後。
ジェシーは、何事もなかったように呼ぶ。
「なぁ、高地」
髙地は一瞬固まり、でも何も言えなかった。
ジェシーはにっこり笑う。
「ほら。これからも高地って呼べるね」
その声は、優しくて残酷だった。
慎太郎はいない。
名字も、もう戻った。
ジェシーは満足そうに目を細める。
――これでいい。
今日も変わらず、
優吾を「髙地」と呼び続ける。