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「ずっと、どこに居たの?七日間も、もしかしたら誘拐されたかもしれないって思ったのよ?」
改札の外にいる親友はからからと笑っていた。親友の声を無視して改札口に切符を通して合流した。
「誘拐?そんなわけないじゃーん!こっちで仕事してたの。あんな職場、二度と戻りたくないし。」
たしかに残業多めで、新人いびりが強く、パワハラモラハラが多い職場で少しブラック企業かも知れないが無断で辞めることなど出来るのだろうか。
「でも、ずっと、ずっと、無視してたじゃん⋯七日間の間に行方不明者として提出⋯しちゃったし、もう大人だけれど。零香って全然頼りないからさ。」
「心配しすぎだって!こうして生きているわけだし、いーじゃん?」
「そ、そうだけどさぁ⋯⋯」
心配している星螺のことはそっちのけで改札から離れていった親友。その背中を追いかけていった。星螺は海を見に行ったことがなかった。だから、親友と見る海を楽しみにしていた。
だが、一向に親友はここに呼んだ理由を話してくれなかった。夕陽の名所だと伝えると知ってると熟知しているような言い方をした。
星螺はたまらず
「ねぇ、なんでここに呼んだの?」
と、先程話していた話を強制的に中止させた。その行為に驚いた親友は眉を顰めて、
「⋯そんなこと、どーでもいいじゃん。」
と、星螺に背を向けて歩き出した。星螺は構わず親友の手を引いて顔を振り向かせた。
「ちゃんと、ちゃんと言って⋯」
だが、親友は海の方に顔の向きを変えて寂しそうな声色で
「⋯⋯心中しない?」
と、呟いた。
「⋯⋯え?」
嘘でしょ?と、確認する間もなく。親友は明るく接した。
「なーんてね!嘘に決まってんじゃーん!」
「だ、だよね⋯!あはは⋯⋯」
この様に笑って受け流している。だが、親友は時々、本当に怖いことを平気で呟ていてくる。そんな時が多々あるのだ。星螺がいることで自殺衝動を抑えられるらしい。
「もう!早く夕陽!見に行こ♪」
「あ、ちょっと待ってよぉ⋯!」
その後、星螺は、されるがままに海辺へ引っ張られてベストスポットとやらに連れてこられた。
「これを見せたかったんだよね!ただ、それだけだったんだよね。」
親友に会うために来たはずなのに見せられたこの幻想的な景色を見てつい、言葉を無視していた。
星螺の目に映った景色とは、透き通った美しい海面に橙色の光沢と黄金色の波が浮かんでいた。その波が静かに砂浜を覆いかぶさせた。
紫色と紺色が混ざったかのような雲がもう沈みかけている太陽の周りを華やかに演出している。紛うことなき理想郷に立っている感覚へ陥った。
星螺が見ている景色はきっと親友とは違うのかもしれない。だから、せめてでも視点は寄り添ってあげたい。
「綺麗だね⋯⋯」
「うん!すっごく綺麗!」
きっと、親友も美しい景色をみて「綺麗」と思っているはずだ。この選択は間違っていなかった。そう確信している星螺は親友の手を握ってスマホを取りだして写真を撮った。
「うん、凄く綺麗に撮れたね!」
二人は太陽が完全に沈むまで話し続けた。海面に吸い込まれていく太陽を見つめつつ他愛もない会話を広げてはたまに心地の良い沈黙が訪れた。少しだけ経つと、月が海から顔を出した。
「ねぇ、なんか⋯⋯」
親友が急にもぞもぞしだした。星螺はそれを見て親友の顔を見つめて聞き返した。その声に驚いた親友は
「ちゅーしてもいい?」
と、真顔で真剣そうな眼差しで見つめてきた。え?と、取り乱した星螺は
「だめ、そういうのは好きな人とするの!」
と、顔を真っ赤にして伝えた。星螺の赤面を見た親友は満足したかのように笑い声を漏らした。
だが、少し経って
「じゃー、手ぇ繋いでいい?」
と、今度は何の許可もなしに勝手に手を繋いだ。星螺はその手を振りほどこうとはせずじっとその場に立ち尽くしていた。
「⋯⋯⋯もう。帰るよ?仕事、明日もあるし⋯⋯」
「じゃあ、駅のホームとは言わず私も一緒に帰ろっかな!」
「あ、そー?零香も一緒に電車に乗るの?嬉しい!」
繋がっている手を握りかえすと零香はボソッと何かを呟いたかのように見えた。だが、星螺には呟いた言葉を聞くことが出来なかった。
駅のホームに改札口を通って電車が来るまで話していようと手を引っ張ったが親友はその手を振り払った。え?と、困惑している星螺に親友は
「ねぇ、まだ星螺は此処にいたい?」
と、尋ねた。その質問に対して星螺は、
「んー、まぁ、正直、ここに居たいかな。」
と、笑顔で接した。その顔を親友は見ることが出来なかった。いや、詳しくは見なかったの方が正しい表現だと思う。星螺の目の前にはキーッという強い停車音を轟かせている電車だけだった。乗車しようと親友がいた隣を見ると誰もいなかった。
不思議に思い、星螺は、辺りを見渡した。もう乗車したのかもしれない─────だから、居ないんだ。そう思った。
だが、現実はもっと残酷なものを突きつけてきた。なんと、乗車しようと身を乗り出した所を駅員に止められた。説明は出来ないらしく立ち入り禁止となったホームを後にして親友に連絡を入れた。
「ごめん!ぼーっとしてたら、乗車し損ねて、いきなり立ち入り禁止になっちゃった。近くのビジネスホテルで予約入れてもらったからそこで一夜を凌ぐわ。だから、心配しないでね!おやすみ」
と、星螺は友達にも連絡を入れた。
だが、次の日になっても親友から連絡が来ることは無かった。悪い想像ばかりしてしまう星螺はあの時、繋がれた手を思い出して駅のホームに向かった。頭をフルに活用してあの時呟いた一言を頼りに駅員へ説明した。それを聞いて駅員は昨日、一体何があったのかを説明した。
「昨日、若い女性がこの駅で人身事故を起こして亡くなったんだ。だから、運行停止にしたんだ。」
それを聞いた星螺は頭をかいて電車が運行するまで駅のホームで待機することとなった。その若い女性が何故か、親友のような気がして体全体が震えた。ネットニュースを見ても人身事故による情報はなかった。事故が目の前で起きた気持ち悪さと朝の空気が心地よいのとで入り交じった複雑な感情は潮風によって一掃された。
結局、親友から連絡が来ることはなかった。あの日、美しい景色を知っている人は星螺だけになってしまったような気がしてもう一度思考を巡らせた。
─────よかった。二人だけの思い出が出来て⋯⋯⋯
ハッとした星螺はあの時握られた感覚を思い出して駅のホームのベンチで号泣してしまったのだった。