テラーノベル
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砂嵐の余韻が消えかけた頃だった。
小さな起伏の影に隠れて、男が一人、震える手で空に手を伸ばしていた。血に塗れた顔、破れた軍服。ただその命乞いの声だけが、荒野の風に微かに乗った。
「た、頼む……もう、武器は捨てたんだ……助けてくれ、なぁ……!」
応じる声はなかった。
代わりに――乾いた破裂音。
次の瞬間、男の額に小さな穴が開き、体は地面に沈むように崩れ落ちた。
「命乞いで生き残れると考えるなど……戦場をなめるな」
呟いたのは黒髪の女。白のロングコートを風になびかせながら、まだ煙る拳銃のスライドを引いていた。
「続けるとしようか。今日の狩りを」
黒髪の女が唇の端をゆがめて笑った。
そして傍らで無言のまま肩を並べる長身の男がいた。腕を組みながらその視線は冷ややかに前方を見据えていた。
その車両――黒く塗装された装輪式の突撃車は、荒野を静かに離れていった。
「右、接近!」
「見えてる――撃つわよ!」
ヴァルチャーの急旋回に合わせて、レナが身を乗り出すようにして荷電粒子砲を構える。砲口が閃光を放ち、数百メートル先の車両を爆発的に切り裂いた。
その一撃に、地を駆けていた敵兵が叫び声を上げて散っていく。
「ひぃぃっ! なんだあいつら、やべえ!」
「荷電粒子砲とか聞いてねえぞ!」
逃げる傭兵たちの声を背に、カイは静かに笑った。
ヴァルチャーがドリフトをしながら円を描くように荒地を駆け抜ける。運転席のカイは機体の傾きとタイヤの噛みを正確に読み取り、荒地を滑るように旋回し敵の射線をかいくぐっていく。
「……派手にやるなぁ」
ヴァルチャーの屋根に腰を下ろし、ボリスがいつもの調子で構えていた――その瞬間。
遠方の崩れかけたビル、その屋上からひときわ鋭い閃光が走った。
キィィィィィン!
甲高い金属音とともに、スナイパーの放った弾丸がボリスの目の前の空間で弾け、ありえない角度で逸れていく。
「ボリス! 大丈夫か!? ……お前、それ……!」
カイがハンドルを切りつつ声を張る。
「電磁誘導で弾を逸らすプロトタイプのディフレクターだ。前にもらったやつ、ずっと胸ポケットに入れてたんだよ。……まじで肝が冷えた」
ボリスが肩をすくめるように笑う。
「――狙撃ポイントはわかった」
レナが静かに言うと、すでに砲口は敵が潜む建物を捕えていた。
「隠れてるつもり? 甘いわ」
次の瞬間、荷電粒子砲が甲高い唸り声を上げて発射される。
光と爆音が荒野を揺らし、狙撃手が潜んでいた建物――そのビルごと、蒸発するように爆散した。
コンクリの破片が空を舞い、地面に焼け焦げた残骸だけが残された。
「あらかた片付いたかな……」
カイがヴァルチャーのハンドルから手を離し、遠くに立ち昇る黒煙を見やる。砂塵の中に崩れ落ちた建物と、逃げ散った傭兵たちの残骸だけが、静かな戦場の痕跡として広がっていた。
レナは荷電粒子砲の冷却レバーを引きつつ、深く息を吐く。砲身からはまだわずかに残熱が立ち昇っていた。
「じゃあそろそろ帰還しますか……」
ボリスがそう言いかけた、そのとき。
バキィィィィィン!
甲高い銃声。次の瞬間、ヴァルチャーの車上――ボリスが座っていた椅子が粉々に吹き飛んだ。
「うおっ……!」
座席から転げ落ちるボリス。地面に背中から転がり落ちた。
「ボリス!」
「今の、貫通した……!」
電磁誘導さえも破った高初速・重質量弾。
「いてててて……おいおい、今のはなんだ!?」
「どこだ……どこから撃たれた……」
カイが目を細めた先、見知らぬ黒い突撃車が、遠く砂煙をあげて迫ってくる。
車両の上で、コートをはためかせた女が、大型の狙撃銃を担ぎこちらを見下ろしていた。
「……ボリス、ちょっとここで待ってろ」
そう言って、カイはわずかにスロットルを吹かす。ヴァルチャーが砂を巻き上げながら、ボリスをその場に残してゆっくりと前進した。
レナは無言のまま助手席で荷電粒子砲を構えた。
40メートル、30メートル――
やがて両者の車両は、10数メートルを隔てて真正面に向き合い、停車した。
砂嵐の残り香が漂う荒野。空は夕焼けに染まり、全てが赤く、鈍く、沈黙に満ちていた。
風に煽られたコートが、ふわりと舞う。
突撃車の上で女が髪をかき上げ、冷え切った笑みを浮かべた。
火薬の匂いと鉄の響きだけが空気を支配する中、カイは咥えていたタバコを口から出し、
指でつまみ、ニヤリと笑った。
「……」
数秒の沈黙のあと、指でそれを弾く。
火のついたまま放たれたタバコは空を描き、突撃車の装甲板にパッと音を立てて当たった。
火花が散る、合図のように――
カイがスラロームで車体を跳ね回らせた。
同時に敵の突撃車も、タイヤを鳴らしてドリフトを始めた。
音楽もない。言葉もない。ただ、火と金属と怒りがぶつかる、西部の決闘のような静かな始まりだった。
レナの指がトリガーを引くたび、荷電粒子砲は猛光を放った。
炸裂する轟音、焼け焦げた空気、流れるような砲火。
だが――黒い突撃車は翻るように車体を傾け、その全てを紙一重でかわしていく。
閃光は地を薙ぎ、虚しく砂を焼き裂くだけだった。
「……当たらない……!?」
レナの声が震え、驚愕に目を見開く。
「お前、荷電粒子砲に頼りすぎだ。狙いが甘い」
男の低い声がスピーカー越しに響いた。その声音には、冷笑すら混じらない。まるで事実を突きつけるような、静かな断罪。
「なっ……!?」
「君のドライビングも分かりやすいよ」
今度は女の声。
冷ややかな笑みを含みながらも、その指摘は鋭い刃のように突き刺さった。
「左右の切り返しが単調なんだよ。スラロームの度に車体が一瞬“止まる”――そこが隙」
次の瞬間、雨のような弾丸が降り注いだ。
乾いた破裂音が幾重にも重なり、荒野全体を打ち鳴らす。
砲火を浴びる度に、ヴァルチャーの外装は表面を削り取られ、粉じんと火花を散らす。
削れた破片が砂に散り、煙を引きながら落ちていくたびに、機体そのものが少しずつ削り取られているのがわかった。
それでもカイは歯を食いしばり、ハンドリングを乱されながらも車体を横滑りさせて戦線に留めた。
「クソッ……!動きが読まれてやがる!」
敵車両は影のように無駄なく動き、こちらの射線を外し続ける。
同時に、正確無比な狙撃で弱点を突き破ってくる。
正当な二対二。
だが実力差は、痛ましいほどに歴然としており、その連携はもはや戦闘というより“処刑”のようだった。
荒野の斜面にうつ伏せになったボリスは、砂まみれの顔をしかめながら、腰を押さえて呻いた。
「いててて……まったく、どんな弾使いやがった……」
その時だった。
ゴォオォ……という重低音が空を割った。
上空からゆっくりと下降してくる機影――ボリスはうっすらと顔を上げた。
見慣れた深緑の機体。エリスだった。
「おーい! ボリス? なんでそんなとこで昼寝してんのー?」
ラビののんきな声が、コックピットから聞こえた。
「ラビ……!? いいところに……!」
「いやぁ、補給終わって帰ろうと思ったけど、なんか煙上がってるなーって来てみたら……あらビックリ、戦友が倒れてるじゃないですかぁ!戦場で転がるオジサンを救うのも、メカ少女の役目ってやつ?」
「冗談言ってないで、ちょっと起こして!起こして! 今すぐ! 」
ラビが操作盤のボタンを押すと、エリスのフレームから油圧アームがガチャガチャと伸びてボリスの服を掴んだ。
「乗って乗って。あ、でもあんまり変なとこ掴まないでよ。エリス、そこちょっと反応するから」
「そういうおふざけをしてる場合じゃねぇよ! マジでヤバいやつとカイとレナが今戦ってる!」
「おっと、そっちのテンションか。オーケー、戦場モード切り替えっと」
伸縮するアームにしがみつきながらボリスがコクピットによじ登ると、エリスは軽やかな音を立てて跳躍を行った。
ヴァルチャーの装甲は大破し、右のフロントタイヤが吹き飛んでいた。
車体は激しく傾き、金属が悲鳴を上げるようにきしみ続ける。
カイは歯を食いしばり、ハンドルを握り潰すように押さえ込む。制御はほぼ不能――だが、彼は強引にギアを切り替え、荒地に踏みとどまった。
カイの背筋に、冷たい汗が一筋流れる。
助手席のレナは、顔を苦痛に歪めていた。左腕から血が滴り、服を濡らす。荷電粒子砲を片腕だけで支えるその姿は、もはや限界寸前だった。
彼女の呼吸は荒く、それでも引き金から指を離そうとはしなかった。
「……お前たちは、つまらない。派手な武器を振り回し、必死に走り回っても……結局、同じパターンの繰り返しだ。読みやすくて、退屈で……ただの標的に過ぎない」
敵車両の上で、女狙撃手が冷ややかに嘲笑を放つ。
白いコートの裾を荒風に揺らし、その眼差しは獲物を弄ぶ捕食者のように鋭かった。
ハンドルを握る男が、苛立たしげに舌打ちをした。
「クロエ!遊ぶのはやめろ。余計な言葉はいらん、止めを刺せ」
女はわざとらしく肩をすくめ、唇をゆがめる。
「ライルはせっかちね……獲物をいたぶる楽しみも知らないの?」
「戦場に余興は不要だ」
男の声は低く、乾いた砂のように冷酷だった。
その瞬間だった。
「――どりゃあああああああああああああああッ!!!」
大気を裂く轟音。
エリスが遥か上空からの落下の衝撃で地面を叩き割った。
着地と同時に荒野が大きく波打ち、砂と岩が炸裂するように宙を舞った。
土煙の中から浮かび上がる逆関節のシルエット――。
眼下のヴァルチャーと敵車両の間に、唐突に割り込むように現れたその姿は、まさに戦場に落ちた隕石だった。
「どりゃーっ! お待ちかねのラビちゃん降臨! いやー、ギリギリの登場が一番カッコよく映るんだよね。……んーゴホン、我が名はラビ、駆けるは鉄騎エリス!無辜を脅かす者は、この一撃にて地へ還れ!推して参る!いざ尋常に――勝負ッ!!」
クロエ「…………」
ライル「…………」
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