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「私にルードをくださいな。私と夫は夫婦仲が破綻してるの。夫の不貞行為はたくさんあるから、それを理由にいつだって離婚できる。離婚したら、ルードと一緒になって、今度こそ幸せになってみせるわ。だから、ルードと別れてくださる?」
(メリア様は、何を、言っているの?)
どこまで身勝手なのだろう。自分が幸せでないから、ルードをよこせと言うのだ。ルードが氷の瞳だった頃は音信不通だったくせに、ルードの目が治ったと知った途端、ルードを欲しがっている。ルードが一番嫌うタイプの人間だ。怒りにも似た思いが、ソフィアの中にふつふつと沸き上がって来る。ソフィアは震える両手を握りしめ、真剣な眼差しでメリアを見つめてから小さく深呼吸をした。
「お断りします。ルード様は、メリア様にはお渡しできません」
ソフィアの返事に、メリアの顔が引きつる。だが、ソフィアは臆することなく言葉を続けた。
「メリア様は、心のどこかでずっとルード様のことを思っていたとおっしゃっていました。でも、ルード様と再会するまで、ずっとなんの連絡もなさっていなかったのですよね?氷の瞳が治ったと知った途端、急にルード様へ手紙を執拗に届けるなんて、おかしいです。メリア様がルード様のことを本当に慕っているとは思えません。それに、ご自分が今幸せでないからと、ルード様に自分の幸せを押し付けるような言い方をしています。そんなの、ルード様に失礼です」
「なっ!あなたに、何が分かるのよ!」
カッとなったメアリは、持っていたティーカップの中身を思わずソフィアへかけた。ソフィアの服に紅茶がかかり、紅茶のシミが広がっていく。
「たまたまルードの目を治せたからって、いい気にならないで!あなた、上級の治癒魔法を使えるらしいけれど、ルードの氷の瞳がなぜ治ったかはわかっていないんでしょう?それなのに、いけしゃあしゃあとルードの隣に居座って、図々しいにも程があるわ。子爵家の娘らしいけれど、本当の娘ではないそうじゃない。その家では侍女のように使われていたくせに、ルードの目を治したからっていい気になって――」
「いい加減にしろ」
突然、地を這うような低い声がして視線を向けると、ルードがソフィアの近くに来てメアリを睨みつけている。それは氷結辺境伯の名にふさわしく、メリアの心を凍りつかせるかのような冷たく恐ろしい瞳だった。
「ル、ルード!いつの間に……」
「仕事で必要な書類を取りに戻って来たら、君が来ていると聞いて嫌な予感がしたんだ。なぜここにいる?それに、ソフィアにずいぶんと失礼なことをしてくれたみたいだな」
ソフィアの服についた紅茶のシミを見て、ルードは怒りに満ちた顔をする。
「そ、それは……!」
「いいか、手紙でも俺は君と一緒になるつもりはないとはっきり断っている。俺は君のことを何とも思っていないし、むしろ今回のことで嫌悪感さえ抱いた。君は俺と一緒になれれば幸せになれると勘違いしているようだが、俺は君のような女を幸せにしたいとは思えない。夫が浮気性だからと自分も他の男と自由気ままに浮気しておいて、俺の目が治っていると知ったら急に俺にすり寄ってくるような女を、どうして幸せにしたいだなんて思うんだ」
ルードの言葉と気迫に、メリアは顔を青ざめてカタカタと震えている。
「君のことは、かわいそうだとは思う。だが、君と一緒になることは絶対にない。もう二度と、俺たちに近づかないでくれ。わかったなら、お引き取りを」
そう言って、ルードはソフィアをゆっくりと立たせて、エスコートするようにガゼボから離れる。ソフィアは、メリアの方を見て小さくお辞儀をしてからルードに続いた。
ルードはガゼボからソフィアを連れ出すと、自室に戻って扉を閉める。そして、ソフィアをきつく抱きしめた。
「ソフィア、大丈夫だったか?まさか俺の留守中にやって来るなんて……しかもあんな失礼なこと、本当に許せない」
「ルード様、大丈夫です。私は何ともありませんから」
ソフィアがそう言うと、ルードは体を離してソフィアの顔を覗き込んだ。ルードの美しいオッドアイは心配そうに揺れている。
「メリア様は、自由奔放そうに見えて、本当は寂しかったのかもしれません。でも、だからと言って、ルード様に自分の幸せを押し付けるような言い方をするのには納得がいきませんでした。ずっと連絡もせず、ルード様の氷の瞳が治ったと知った途端にルード様に近づこうとするなんて、ルード様に対して失礼だと思ったんです。だから、メリア様を怒らせてしまいましたけど、私は自分の発言に後悔はしていません」
両手を胸の前で握り締め、ルードの瞳をしっかりと見つめながらそう言い切るソフィアを、ルードは両目を見開いて見つめる。そして、いつの間にかルードはソフィアに食いつくようにキスをしていた。
(⁉)
突然のことにソフィアは驚いてルードから離れようとするが、ルードの片手はソフィアの腰に、もう片方の手はソフィアの後頭部にしっかりと添えられている。ルードの唇は何度も何度もソフィアの唇を食み、次第に濃厚な口づけへと変わっていった。
「んん!んん!」
ソフィアは声にならない声をだしながら、ルードの胸を叩いている。ようやく、ルードがソフィアを解放した頃には、ソフィアはすっかり蕩けた顔になっていた。
「ルード様……急に、どうして……?」
「すまない、どうしても、ソフィアへの思いが溢れて止められなかった」
ぎゅっとソフィアを抱きしめると、ルードは唸るように呟く。そして、体を少し離してまたソフィアの顔を覗き込んだ。
「君が俺と一緒にいてくれたおかげで、俺の瞳は治った。治った原理はわからないが、それでも君のおかげなのは確かだ。だが、俺が君と一緒にいたいと思うのはそれだけじゃない。君と一緒にいると、世界が輝いて見える。ソフィアと一緒にいると、俺の心は幸せに満ちるんだ。そして、君にもそうであってほしいと思う。誰が何と言おうと、俺はソフィアを愛している」
ルードの言葉に、今度はソフィアが両目を見開く番だった。そして、ソフィアは心底嬉しそうに微笑む。
「私も、ルード様と一緒にいると幸せな気持ちでいっぱいになります。私も、ルード様を愛しています」
ソフィアの言葉に、ルードは嬉しそうに微笑みながら、頬を摺り寄せる。そして、またソフィアにキスをした。
「服が汚れてしまったな。早く脱いで洗濯に出さないと、シミが残ってメイドに怒られてしまう」
そう言って、ルードはひょいっとソフィアを抱きかかえ、部屋の中にあるベッドへ連れていく。
「え、ルード様?」
「服を脱がせるなら、することはひとつだろう?俺はソフィアを全身で愛したい」
欲の孕んだ瞳と色気のある顔でそう言われてしまえば、ソフィアは何も言えない。顔を真っ赤にしながら、されるがまま、ベッドへ優しく落とされる。
「愛してるよ、ソフィア」
優しくそう言って、ソフィアの服に手を伸ばしながら、ルードはソフィアに覆いかぶさった。
◇
ソフィアの部屋の本棚に、一冊の古びた本がある。それはありとあらゆる古代の魔法が記された古文書でソフィアの実家に代々受け継がれてきたものだ。
そこには、古から伝わる紋様とその能力について詳しく書かれており、その紋様がどうしたら消えるのかもかかれていた。だが、ソフィアは義父の家にいる間外に出るのを禁止されるのと同時に本を読むことも禁止され、その本は開かれることもなく荷物のずっと奥底に眠っていた。
ルードの家に来てからも毎日が忙しく充実した日々で、本のことはすっかり忘れて本棚に放置したままになっていた。
ルードとソフィアが結婚して数年後、二人の間には玉のように可愛らしく好奇心旺盛な子供が誕生する。その子供はすくすくと成長し、ソフィアの部屋の本棚でその古文書を見つけるのだった。
「なになに?紋様の種類とその能力について――これって、お父さまがお母さまに出会う前に手首にあったという紋様のことかな。その紋様を持つものは、氷、石、炎、風といずれかの能力一つを発揮して、体に紋様が現れた側の瞳で見た命あるものを氷もしくは石に変え・炎で焼き尽くし・風で切り刻む、か。聞いていた通り、すごい物騒な能力……この能力は使い方によってはギフトでもあり、また呪いでもある。この能力が唯一効かない血筋があり、その血筋の家はその能力を消すことができる。その方法は……」
その一文を読みながら、子供の顔に笑みがこぼれる。そして、読み追わって本を静かに閉じると、子供は満足そうに息を吐いた。
「そっか、やっぱり、お父さまとお母さまは心から愛し合っていたんだ。相手を思いやり、大切に思う純粋な心、つまり愛こそ、その能力を打ち消す方法、か。すごくロマンチック」
本を本棚にしまうと、窓の外を眺める。自分も、いつか両親のようにお互いを思い合い、愛し合うことのできる相手に出会えるのだろうか。
「いつか出会えるといいな」
ぽつりと呟いた言葉は、部屋に鳴り響いた。ふと、廊下から自分を呼ぶ声がする。
「はーい!今行きまーす!」
ソフィアとルードの子供は、大きな声で返事をして、慌てて部屋を出て行った。部屋が静かになると、本棚で一冊の古文書が一瞬だけ光り輝いた。