結局その日の回避訓練は、合計五回実施して一旦終了となった。
少し時間は早目であったが、最初にセットした蝋燭が終わったのを機に、善悪が終了の決断をしたのだ。
別にコユキの事を可哀想に思ってしまって切り上げた訳では無い、善悪は既に心を鬼にしているのである。理由は至極単純、このまま続けても成長を見込めないと、冷静に判断したからに他ならない。
実際二回目以降、コユキが被弾するピンポン球の数は増え続けていった。
対する蝋に当たる回数は反比例して、回を負う毎に減り続け、五回目には一滴の蝋もその身に触れさせる事は無くなっていたのだ。
恐らく熱い、怖い、という動物としての本能が、より前面に出て来てしまっていたのだろう。
故に、あのまま続けるよりも、成長を促す効果的な方法を考えた方が得策だと、善悪は思ったのであった。
何か良い方法を見つけなければなるまい、そう考えながら境内の立ち木から外したロープを片付けていた善悪の耳に、離れてボールを拾っていたコユキの呟きが届いた。
「こんなの両方避けるなんて無理に決まってんじゃん。 大体自分は安全な所からピンポン球しゅっしゅってやってるだけで良いんだから楽でしょうね~。 あ、あれか? 自分じゃ武器でも使わない限りアタシに指一本触れる事すら出来ないから、訓練にかこつけて復讐? 鬱憤(うっぷん)晴らしでもしようってか。 あーやだやだ、男の嫉妬ってのはタチが悪いねぇ~。 んなだからモテ無いんだろうねー。 あ、それは別の理由もあったか? ははは、そもそも只の坊主如きが先生気分かよ? 憧れの学園編ってか? あ? 笑っちゃうよ、鏡見て出なおして来いよ! アーデモコーデモ、ナンヤカンヤ…………」
本人は只、ボソボソ聞こえ無いように話しているつもりだろうが、僧侶として厳しい修行の中に身を置いてきた、善悪の鋭い聴覚はそのブータレを余すところ無くキャッチしていたのだった。
彼は静かに一段上の『心を鬼』へと覚悟を決める。
獄卒(ごくそつ)レベルの一般鬼から童子レベルの名持(ネームド)の鬼神へと極自然に進化を果たしたのである。
――――そっちがそういう態度でいるなら、こちらもそれなりに接する事にするのでござる。 憐憫(れんびん)? 人情? 友誼(ゆうぎ)? そんな物、大望(たいもう)の前には無視、無関心、無意味でござる。 ああ、確か愚痴は言わないって堂々と宣誓もしていたのでござったな。 はは、笑わせるでござる! これよりは容赦なく鍛えてやる事としようではないか。 まずはその腐り切った醜い性根からでござる! 有り難く受け取るが良い拙者の愛の鞭を!
覚悟を決めた善悪は片付けたロープを片手に、コユキに満面の笑顔で声を掛けた。
「あとは僕ちんがしまって置くでござるから、偶(たま)にはゆっくりお風呂でも浸かると良いのでござる。 その間に夕食の支度をして置くのでござるから」
言われたコユキは先程の愚痴などおくびにも出さずに、
「えー良いんですか? じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きますね。 お心遣い誠に恐れ入ります」
と、猿芝居を続けていたのであった。
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