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宗一郎は考える。
イツキは何者なのだろう、と。
言葉で表すなら、間違いなく天才。
それも数百年に一度の本物の天才だ。
祓魔師には、稀にそういう天才が生まれる。
そういう話は何度も聞いたことがある。
だから、イツキがそういう存在だと知った時は……嬉しかった。
なにしろ、祓魔師は殉職率が高い。
どれだけ強くても、“魔”を前にして死んでいった仲間たちを宗一郎は、数えきれないほど見てきた。
自分が死なずに家族と共に過ごせているのは幸運だし、イツキには死んで欲しくない。
それが、当たり前の親心というものだろう。
だから、安心したのだ。
少なくとも、そこらへんの“魔”を前にして死なないだろうと思っていた。
――ちゃんと、鍛えれば。
祓魔師の世界は甘い世界ではない。
弛たゆまぬ鍛錬。自分を死のギリギリまで追い込む努力。
決してそれが報われるとは限らないものの、“魔”を祓うためには訓練が必要だ。
イツキは、7歳になるまでにそれを学べば良いと思っていた。
いかに人手不足の祓魔師といえども、まだ5つになったばかりの子供が“魔”と戦う必要なんてないと思っていた。
高速道路で、“魔”と出会うまでは。
人と喋り、高速の防音壁を破壊するような強大な“魔”は『第三階位』の“魔”。
普通の祓魔師であれば、手こずるなんてものじゃない。まず歯が立たない。
あの時、宗一郎ではなく他の祓魔師であったら応援要請を飛ばしていただろう。
否、あの場から逃げ出したとしてもそれは責められるようなものではない。
自分より位階の高い“魔”に勝つことなんてできないのだから。
だが! だが、しかし!!
イツキはそんな“魔”を見よう見真似の魔法で祓ってしまった。倒してしまった!
他の祓魔師たちでは勝ち目の無い“魔”を前にしてだ!!
思わず、震えた。
息をするのを忘れた。
わずか5歳にして、5トントラックはありそうな“魔”の巨体をバラバラにするだけの魔力量。
そして、そんなことを成し遂げたというのにイツキはどこか不満げで……まるで、まだまだ底を見せていなんじゃないかなんて。そんな錯覚をしてしまう。
これが『第七階位』。
数百年は生まれることのない正真正銘の鬼才だ。
だから、宗一郎は考える。
……いったい、イツキはどこまでいってしまうのだろう、と。
そんなことを考えて、ちらりとイツキを見た。
「うぉぉお……」
『神在月かみありづき』家の階段を前にして、ちょっとビビっているイツキを見て宗一郎は思った。
それにしても、ウチの息子は可愛すぎないか???
―――――――――――――――――――――
2年ぶりに見た『神在月かみありづき』家の階段はめちゃくちゃ長くて、3歳の時はよくこれを1人で登ったものだと感心してしまった。
その長い長い階段を登りきると、そこには大きな屋敷がドンと建っている。
前回は建物を見るだけ見て、中には入らなかったのだが今回は違う。
当たり前だが『会合』は、建物の中で行われるのだ。
そして、それが如月きさらぎ家次期当主となる俺の初の顔見せになるらしい。いやぁ、緊張するな。
いかに中身が大人だとはいえ、そういうお披露目の場に慣れているわけではない。
むしろ俺はそういう人前に立つのが嫌だったので裏方となる仕事や役職をやっていたのだ。緊張しない方が無理というものだろう。
そんな言い訳じみたことを考えながら、『神在月かみありづき』家の屋敷に上がりこんだ。俺は自分で脱いだ靴を揃えようとしたのだが、
「大丈夫です。私たちの仕事ですから」
と、黒スーツのお兄さんに言われてしまって思わず手を引っ込める。
お手伝いさん、何人いるんだよこの家。
思わず口に出してしまうほど、神在月この家にはお手伝いが入っている。
そもそも、ここまで運転してきてくれたのも神在月家の人だ。
尋常じゃないくらい金持ちだってのは分かるんだが、祓魔師ってそれだけ儲かる仕事なんだろうか?
5歳にして将来の仕事の収入を考えるのも嫌らしい話だが、稼ぎは大事である。
とはいっても、前世の俺みたいにほぼ無趣味で干物みたいな生活をしていればお金がそこまで足りないってことにもなりづらいんだが。
「当主と次期当主の方はこちらへ。奥様はあちらへどうぞ」
靴を揃えてくれるスーツとは別の男性にそう言って、母親とは違う部屋に連れて行かれる。出たよ、ナチュラル男女差別。祓魔師ってこういうところあるからなぁ。
俺が半ば呆れながら、スーツの男を見ていると母親から『良い子にするのよ』とありがたいお言葉をもらって俺たちは別室に向かった。
正直言うなら、俺は人前に出たくはないので母親と同じ部屋に行きたいのだが……そうも行くまい。
「如月家当主、宗一郎様とご子息イツキ様のご到着です」
「おう、よく来たの。入れ」
中から聞き覚えのある女性の声が響く。
その声に導かれるようにスーツの男が扉を開けると、中にいた男性たちの視線が一気に集まった。
「期待されてるな、イツキ」
「……そうなの?」
「もちろん。ここにいる者たちはお前を見に来たんだ」
父親にそう言われて、俺は視線を向けてくる大人たちを逆に見つめた。
どいつもこいつも、健全な子供の前に連れ出したら一発で泣かれそうな風貌をしている。ええい、もっと穏やかなやつはいないのか!
しかし、祓魔師がそんな平凡な面をしているわけもなく……俺もそういう顔になるのかな、と将来の展望に暗雲たるものを感じていると、1人の男性が近づいてきた。
「元気してたか、イツキくん」
「レンジさん!」
そこにいたのは、霜月家の当主であるレンジさんだった。
ということは、アヤちゃんも一緒にいるのかな? と、思って首を回してみると……いた。アヤちゃんだ。
レンジさんにも、アヤちゃんにも会うのは1年ぶりとかだ。
3歳から4歳になるまで『絲術シジュツ』の特訓や父親がいないときの護衛を代わってもらっていたのだが、次第に予定が互いに合わなくなっていつの間にか修行は自然消滅したのである。なんだか大学時代の友人みたいだな。
「アヤ。会いたかったイツキくんだよ」
え!? 会いたがってくれたの!?
レンジさんの言葉を聞いて、俺は思わず喜んだ。
子供なんて出来たことない俺だが、別に子供が嫌いなわけじゃない。いや、そもそも子供になつかれるのが嫌いな大人なんていないだろ。まぁ、俺の見た目は子供なんだけど。
俺は思わずアヤちゃんに手を振った。
「アヤちゃん! 久しぶり!」
「…………」
しかし、アヤちゃんはそっぽ向くだけで何も言ってくれない。
え、嫌われた?
「ごめんね、イツキくん。アヤはいつも家ではイツキくんと遊びたいって言うんだけど……。アヤ? 挨拶しなくていいの?」
アヤちゃんにそう話しかけて手を差し出したレンジさんだったが、アヤちゃんはその手を払って一喝。
「パパ嫌い!」
「……困ったなぁ」
そういって頭をかくレンジさん。
俺も全く彼女の心理が掴めないので、思わず腕組みをしてうなった。
うーん。女の子って分かんねぇや。
「席につけ。そろそろ『会合』を始めよう」
そして、そのタイミングを見計らったかのように……あの、『神在月かみありづき』家の金髪の女の人が口を開いた。
その言葉に合わせて10人の男たちが用意してある座布団に座る。
俺も父親の隣にちょこんと座った。
「つまらぬ話をしても子供らは退屈するだけじゃろう。先に、彼らの顔・合・わ・せ・をしてから大人の話をしようと思うが……構わんの? ん?」
大人たちがその言葉に異を唱えることなく黙ってうなずく。
やっぱりこの人、偉い人なのかな??
「おん。同意も取れたようじゃし、まずは期待のホープから名乗りをあげてもらうかの。わずか5歳にして『第三階位』の“魔”を祓った英雄に」
誰だろう?
俺と同い歳はアヤちゃんと、あとは皐月さつき家のリンちゃんの2人だけだが、アヤちゃんはまだ“魔”を祓うほどの魔法は使えない。ってことは、リンちゃんかな?
と、俺がそんなことを思っていると、金髪巫女の瞳が俺を捉えた。
え、俺???
予想外のタイミングで白羽の矢がたった俺は思わず目を丸くする。
「皆のものもよく知っておるじゃろう。数百年に一度の天才。『第七階位』を手にし、3歳にて『廻術カイジュツ』と『絲術シジュツ』を扱う天才」
そこまで一息に言うと、彼女はにたりと笑った。
「如月イツキじゃ」