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「如月イツキじゃ」
神在月かみありづき家の金髪巫女がそう言った瞬間、空気が張り詰めたのが分かった。
今まで緩んでいた空気が一瞬で凍りつく感覚……小学生が先生のいないことを良いことに教室で騒いでいたら、めちゃくちゃ怖い先生が入ってきたあの感覚と言えば、伝わるか。
少なくとも、一般人カタギとして外に出せないような顔をしたいかついおじさんたちの視線が一斉に俺に集まったのだ。
泣き出さなかっただけで、褒めて欲しいと思う。
「おん? どうした? 挨拶はせんのか?」
「あ、えと……」
両親に教えてもらった挨拶なんて、緊張で吹っ飛んだ。
いや、そりゃあさ?
少しは注目されるかな、なんてことを考えてたよ?
自覚が無いから忘れそうになるけど、客観的に見れば俺は数百年に一度しか生まれない『第七階位』だし、他人の『導糸シルベイト』を見ることのできる『真眼』持ちだ。
そりゃ、自己紹介の時にちょっとは注目されるだろう……みたいなことを考えてた。
でも、流石に視線だけで人を殺せそうな連中から睨まれるなんて聞いていない。
「き、如月きさらぎイツキです。よろしく、お願いします」
大人たちの視線にビビり散らかした俺は、名乗るだけ名乗って頭をさげた。
その瞬間、俺に向かって1人の男性が口を開く。
「『第三階位』の“魔”を祓ったというのは本当か?」
「あ、え、えっと……」
そもそも俺がモンスターに出会ったのは2回だけだし、祓ったのは今日の高速道路のあれだけだ。
だから、そもそも『第三階位』の“魔”と言われても何がなんだかわからないのだが、
「お主が先ほど祓ったやつがそうじゃ」
「あの、高速道路にいた?」
「うむ」
金髪巫女が頷いたので、俺はいかついおじさんに振り向いくと、
「い、一度だけ……祓い、ました……」
おずおずと、そう言った。
というか、なんで金髪巫女このひとはそのことを知ってるんだろ?
……運転手の人に聞いたのかな?
流石に色んな価値観が昭和とかで止まっている祓魔師とはいえ、スマホくらいは持っているだろう。だから、俺が“魔”を祓ったという話をそこから聞いていてもおかしくないっちゃおかしくない。
俺は一度、深呼吸すると金髪巫女のことを頭から追いやった。
そして、目の前の男性に逆に尋ねる。
「あの、1つ聞いてもいいですか?」
「……何だ?」
「『第三階位』って、祓魔師だけじゃなくてモンスターにも使うんですか?」
「“魔”の位階も知らない歳か……。いや、それは失礼した。“魔”の位階は、即ち同じ位階いにいる祓魔師が祓えるかどうかで決まる。つまり、『第三階位』の“魔”は『第三階位』以上の祓魔師でないと祓えない」
「……ありがとう、ございます」
第三階位でも、才能に恵まれた扱いをされる……と、聞いた気がする。
あの高速道路ぶっ壊したやつそんなに強かったのかよ。
いや、よく考えてみれば防音壁を壊して時速100km近く出ている自動車と並走していたな。それくらいの強さがあると思っても良いかも知れない。
……え、じゃあ『第四階位』より上のモンスターってどんだけ強いの?
なんだか祓魔師の殉職率の高さの片鱗を見た気がして、俺はとても嫌な気持ちになった。
早く強くならないと……。
俺が人知れず決意を固めていると、俺に問いかけていた男性は聞く対象を俺から父親に移していた。
「宗一郎殿、彼は本当に“魔”を?」
「あぁ、祓った。しかも、『第三階位』だ。それだけではない。“魔”によって壊された防音壁の破片から、一般人も護った。わずか5歳にしてだ」
「……にわかには、信じられんな」
いや、信じなくていいっすよ。うちの父親、親バカなんで。
喉まででかかったその言葉を俺はなんとか飲み込んだ。偉いぞ。
ここで勘違いしてほしくないのは、俺は父親のことが好きだ。
好きだし、尊敬もしている。
けれど、親バカすぎて話を盛るというか、色々と話を大げさに捉えるところがあるのだ。
2歳とか3歳とかで親バカ発揮するならまだしも、5歳にもなってそんなことされると恥ずかしいので普通にやめてほしい。
しかし、父親にそんなことを言う機会もないので未だに伝えられていない。
俺が父親の親馬鹿トークに照れていると、今度は別の男性から声をかけられた。
「イツキくん。何か、魔法を使ってみてくれんか」
「え? ここで、ですか?」
「あぁ、ぜひともこの目で見てみたいんだよ」
「でも、どれに使えば……?」
俺は部屋の中を見渡しながらそう尋ねた。
あいにくとこの部屋には魔法の的になりそうなものが1つもない。
そうなると、この建物の壁とか柱とかに魔法を使うことになってしまって、建物を壊してしまうことは必至。いや、流石にそれはまずいだろ。
「イツキ。これを使うと良い」
俺が困っていると、隣りにいた金髪巫女が藁人形を差し出してきた。
それを受け取ろうとした瞬間、巫女から『導糸シルベイト』が人形に伸びる。
そして、『導糸シルベイト』の巻き付いた人形が巨大化した!
「わぁ!?」
そんな魔法もあるのか!
なんでも出来るな!!?
俺が初めて見る魔法に感心していると、金髪巫女が声援を送ってくれた。
「イツキ、存分にお前の力を見せてやれ。何、どれだけ強い魔法を使っても構わんよ」
「は、はい!」
すっかり人と同じくらいの大きさになった藁人形に向かって、俺は『導糸シルベイト』を3本伸ばす。
ひゅ、と勢いよく糸が人形に絡みついて、そのまま宙に持ち上げる。
このまま糸を刃にして切り刻むのがもっとも手軽な魔法だ。
だが、それだとちょっと華がない。
それにせっかく魔法が使えるチャンスなんだ。
今まで使えずに我慢してきた魔法を試してみても悪くない。
俺は3歳の時に父親が見せてくれた糸を炎にする魔法と、さらに独自に生み出した空気を送り込む魔法。この2つをかけ合わせて、糸を編む。
――爆ぜろ。
ドォォオオオオンン!!!!!
刹那、生じた爆発は藁人形を木っ端微塵にすると、衝撃波を撒まき散らした!!
だが、この建物が壊れるようなことはない。
なぜなら俺は、父親たちを信じているから。
「イツキ! 危ない!!」
爆発の一番近くにいた俺の盾になるように、父親が割り込んでくると魔法で『壁』を作って防御。衝撃波と爆風から護ってくれた。
「今の魔法はどこで習ったんだ? イツキ」
「パパが使ってるのを見て」
「……むむ。教えてないぞ」
「うん。見ただけだから……」
爆炎が収まると、『壁』を展開した祓魔師たちがざわめき出した。
「……本当に5歳で魔法を」
「属性変化の速さも申し分ないぞ」
「今の複合属性か? まさか……」
「これで『第七階位』の魔力量。将来が恐ろしいな」
騒然としだして収拾がつかなくなりかけたその瞬間――パン、と拍手の音がなった。
刹那、全員が黙り込んで手を打った人物を見る。
やはりというべきか、手を鳴らしたのは金髪巫女で、
「どうじゃ? 若き才能に触れてみるのも悪くは無かろう。ん?」
黙り込む男たちを楽しそうに見つめると、最後に俺を見た。
「まだ『破魔札』は持っておるの?」
「はい! 持ってます」
3歳の『七五三』で渡されたやつだ。
死にたくない俺は片時だって、離したことはない。
「うむ。よい返事じゃ。これからも離すなよ」
満足気にうなずくと、彼女はへらへらと笑いながら踵を返した。
「お主らもイツキに関して聞きたいこと知りたいことも山ほどあろうが、今宵のゲストはイツキだけではない。その者らを無視するというのもいささか礼儀にかける行いじゃろうて」
巫女はそう言いながら俺から離れると、1人の少女の前で止まった。
「のう、リン? お主とて天才である『第四階位』じゃ。皆に挨拶を」
「はい!」
そう言って立ち上がったのは、皐月さつき家のリンちゃんだ。
『七五三』の時にお父さんに肩車してもらってた子である。
あのとき以来なので、2年ぶりとかか。
絶対、俺のこと忘れてるんだろうなぁと思っていると、彼女は俺と違ってちゃんと挨拶していた。
「皐月家のリンです。階位は『第四階位』です。よろしくお願いします!」
こういう人前で注目を集めるのに慣れているのか、ハキハキと喋る子だ。
うーん、子供の頃から陽キャになるような人間って決まってるんだなぁ。
俺がしみじみとそれを感じ取っていると、リンちゃんは俺を見た。
そして、俺だけを見つめながら元気に挨拶してきた。
「イツキのいいなずけになれって、パパから言われてます! よろしく、イツキ!!」
……うん?
俺は思わず目の前の子が何を言ったのか分からず、内心首を傾げていると金髪巫女の紹介も待たずにアヤちゃんが立ち上がった。
「はじめまして、リンちゃん。私は霜月アヤです」
丁寧な喋り。1年前のアヤちゃんとは別人みたいだ。
しかし、子供はタケノコ。ちょっと見ないうちに大きくなるものだ。
俺がアヤちゃんの成長にちょっと感動していると、彼女はさらに前に乗り出して言った。
「リンちゃんは間違ってます。イツキくんといいなずけになるのは、私です!」
いいなずけってなんだっけ。
あぁ、許嫁いいなずけか。知ってるよ。
子供の頃から親に決められた結婚相手でしょ。
……うん? 結婚相手?
じわりじわりと言葉の意味を理解した俺は、思わず飛び上がりそうになった。
……この子たち何を言ってるんだ!!?