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僕の宇宙ラジオ
「地球のみなさん、こんばんは。こちらは深宇宙探査船アルテネ号。私は乗組員のタカ。……今日も、何もありません」
タカの声が、誰もいない操縦席に響く。
彼の仕事は、地球から30光年離れた未開の宙域を航行しながら、毎日1回、地球に向けて定時報告(ラジオ)を送ること。
30光年。光の速さでも30年かかる距離だ。
地球を脱した時は光速を超える速度で発進したため、すぐ遠くにこれたが….そのおかげで燃料が少なくなっている。
タカは今日もラジオを送ったが、送った声が地球に届くのは30年後であり、もし地球から返事があっても、それがタカの手元に届くのは60年後。
それは通信というより、暗闇への独り言に近かった。
それでもタカが喋り続けるのは、この船に「人間」が彼一人しかいないからだ。いないからというよりは、いなくなったのである。
他の乗組員は突然死。残ったのはタカと効率のために最適化された無機質なAIだけだった。
「タカ、そろそろ通信を終了してください。電力の無駄です」
船の管理AI・ハルカゼが、淡々とした声で告げる。
「いいじゃないか、ハルカゼ。どうせ誰も聞いていなくても、こうして声を出さないと、自分が宇宙のチリになって消えてしまいそうなんだ」
タカは苦笑し、通信の録音スイッチを切った。
窓の外には、息をのむほど美しく、そして残酷なまでに冷たい、漆黒の宇宙が広がっていた。
ある日、奇跡が起きた。
船の超長距離アンテナが、地球方向からの微弱な電波を捉えたのだ。
「地球からの受信データを確認」とハルカゼ
タカは飛び起きた。「本当か!? 応答があったのか!」
「いえ、あなたへの返信ではありません。これは……今から30年前に、地球から送信された民間データです」
メインモニターに映し出されたのは、1通の音声ファイルだった。
タカが震える手で再生ボタンを押すと、ノイズの向こうから、少し緊張したような、でも芯のある女の子の声が流れてきた。
『……もしもし? アルテネ号のタカさん、聞こえますか? 私は地球の、日本の小さな町に住むハルナといいます。高校生です。
科学の授業で、あなたの「宇宙ラジオ」を聴きました。30年前のあなたの声が、今日、私たちの学校のアンテナに届いたんです。
あなたが寂しいって言っていたから、どうしても放っておけなくて……。こちらは今、春です。桜がとても綺麗ですよ。そちらの宇宙には、お花は咲いていますか?』
タカの時が止まった。
彼が数年前に孤独に耐えかねて吹き込んだ弱音が、地球の少女に届き、そして今、彼女の返事が30年かけてタカの元に届いたのだ。
「ハルカゼ、彼女は……」
「30年前のデータです、タカ。現在、このハルナという人物がどこで何をしているか、あるいは生存しているかは不明です。…..タカ、この女性は…. 」
「なんだよ」ハルカゼは黙り込んだ。
タカの目には、凍りついた宇宙を溶かすような一筋の輝きが灯った。
それから、タカの「ラジオ」は変わった。
誰も聞いていない独り言ではなく、30年前の、そして30年後の「誰か」に向けた言葉になった。
「ハルナさん、メッセージをありがとう。ここには花は咲いていませんが、今、窓の外にはアメジスト色に輝く美しい星雲が見えます。君に見せてあげたいな」
地球からのデータは、年に数回、不定期に届いた。ハルナからのメッセージも、少しずつ届く。
「タカさん、大学生になりました。星の勉強を始めました」
「タカさん、私はフラワーショップに就職しました。あなたが橙色の綺麗なガーベラをくれたから…..あっ、 私は毎日大変だけど、夜空を見上げると、あなたがそこにいるんだって励まされます!」
宇宙の距離が、二人の時間を奇妙に歪めていた。
タカがメッセージを受け取るたび、画面の中のハルナは大人になっていく。しかし、宇宙船の中で一人年齢を重ねるタカにとって、彼女は「今、共に生きている大切な人」だった。
届くはずのない距離で、二人の心は確かに重なっていた。
ある時、
アルテネ号は、深刻なトラブルに見舞われた。未知の彗星が船体に衝突し、メイン動力が大破。生命維持装置が停止しかけていた。
「タカ、予備電力はあと2時間です。地球への帰還は不可能です」
ハルカゼの声に、いつもの冷徹さはなかった。どこか悲しげに響いた。
タカは、白髪の混じり始めた髪をなでつけ、静かに笑った。
「そうか。思ったより早かったな。……ハルカゼ、最後の電力を、すべてアンテナの出力に回してくれ」
「しかし、それではあなたの延命措置が……」
「いいんだ。最後に、彼女にメッセージを送りたい。今までありがとうなハルカゼ」
「タカ、あの女性のことを思い出してください。あの人は…ジジジあなたの…たった一人の妹です!ザザザー」
タカの脳内にどこか懐かしいような映像が流れた。
小さな手。僕の服の裾をぎゅっと握りしめていた、頼りない指先。「お兄ちゃん、見て!星がいっぱいあるよ!いつか行ってみたいね」
「なんで俺は忘れたんだろう」
タカは限界の迫る意識の中で、マイクを握った。 操縦席のガラス越しに、地球があるはずの方向を見つめる。ここからは見えない、遠く、遠く、愛しい青い星。
「ハルナ。 僕の旅はここで終わる。
でも、悲しまないでほしい。
30年後、この声が君に届くとき、ハルナはもうおばあちゃんになっているかもしれなね。……
今まで、僕のワガママに付き合ってくれてありがとう。
僕を見つけてくれて、ありがとう….
僕の妹に生まれてきてくれてありがとう。」
タカは静かに目を閉じた。
ハルカゼは、主人の最後の願いを叶えるため、すべての電力を電波に変えて、地球へと解き放った。
ーーーーーーー
それから、さらに30年の歳月が流れた。
地球、国立宇宙天文台の巨大なパラボラアンテナが、かすかな電波を受信した。
それは、60年前に地球を発ち、宇宙の果てで消えた「アルテネ号」からの、最後の遺言だった。
音声解析室。
白髪の、しかし気品のある女性が、車椅子に座ってその音声を聴いていた。
彼女のデスクには橙色のガーベラが飾ってある。
スピーカーから、若き日のタカの、優しい声が響き渡る。
「今まで、僕のワガママに付き合ってくれてありがとう。
僕を見つけてくれて、ありがとう….
僕の妹に生まれてきてくれてありがとう。」
ハルナは、目から大粒の涙をこぼした。
そして、シワの刻まれた手で、ぎゅっと胸元のバッジを握りしめた。
「届いたよ、お兄ちゃん……。ありがとう」
ハルナは車椅子を進め、窓の外の夜空を見上げた。 そこには、満天の星空が広がっている。
かつて孤独な兄が愛した、優しく、美しい宇宙が、今日も静かに輝いていた。
コメント
1件
うわ、読んでて胸がぎゅってなった……「30光年」っていう絶望的な距離と、それでも繋がれた心が切なくて美しかった。特に最後、妹だってわかるシーン、鳥肌立ったよ。ハルナがずっとお兄ちゃんのラジオ聴き続けてたんだね……たまらないよ。あなたの描く宇宙、すごく優しくて、でもちゃんと冷たくて、リアルだった。続きもじっくり味わわせてもらうね🌙
#コメディ