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「ったく……朝晩だけじゃなく、昼間にも快速を通しやがれ……」
そんな愚痴をこぼしながら、駅から徒歩五分の場所に建つマンションのエレベーターに乗り込み9階のボタンを押した。
確かに首都圏への通勤圏内で通勤快速も走ってはいるが、昼間の各駅停車では片道二時間は掛かってしまう。正直、編集の仕事をしながら、あと約半月で原稿を仕上げなくてはならない状況で往復四時間のタイムロスはかなり痛い。
ほどなくして扉の開いたエレベーターを降り、オレは角部屋のインターフォンを押した。
『はい、どちらさん?』
しかし、聞こえて来たのは千歳とは別人の声。さりとて、聞き覚えのない声をでもなかった。
オレは一つため息をついてから、インターフォンへと顔を寄せた。
「オレだ、オレ――とっととドア開けろや」
『アタシにオレなんて知り合いなんていねぇぞ。それとも新手のオレオレ詐欺か?』
こ、この|女《アマ》……
「カメラに映ってんだろうが。それとも、背が低くてモニターが見えねぇのか? このちんちくりんっ!」
乱暴にインターフォンの切れる音に続いて『ドドドドドッ!』っという足音が聞こえてくる。
そして、乱暴にドアが開かれ――
「ちんちくりんゆーなっ!!」
と、物凄い勢いの蹴りが飛んでくる。
まあしかし、どんなに威力があっても当たらなければ、どうと言うことはない。
蹴り上げた足が天へと垂直に伸び、その勢いで自身の身体を宙へと浮かすほどの蹴りではあったが、オレはそっと後ろへ半歩下がって、その足を躱していた。
てか、んな短いスカートで気軽に蹴りなんて出してんじゃねーよ。恵太が泣くぞ。
そう、ドアが開くと同時に金的めがけ足を勢いよく蹴り上げたこの女は、オレの後輩である恵太の彼女にして金蹴り姫の異名を持つ小倉由姫である。
「ちっ……」
蹴りを豪快に空振りして、眉を顰めながら舌打ちする、ちんちくりん。
まあ、コイツと千歳は仲が良かったから、コイツがここにいること自体は不思議ではない。
そう、それは不思議ではないのだが――
「おい、ちんちくりん……? お前、ナニその格好?」
そう、不思議なのはコイツの着ている服――
その服はアキバ辺りでよくティッシュを配っているネェちゃん達が着ている服――いわゆるメイド服だ。
「ああっ? 千歳さんから、変なトコ触ったらパソコンが壊れたみたいだって呼び出されてな。バイト抜け出して来たんだよ。てか、ちんちくりんゆーなっ!」
ああ……そういえば、このちんちくりん。確かメイド喫茶でバイトしてるとかって、恵太が言ってたな――
って、ちょっと待てっ!?
「おいっ!? パソコンが壊れたって、あれはオレのパソコンだぞっ!」
「別に壊れてなかったから、安心しろ。単にローマ字入力から、かな入力に切り替わってただけだったよ」
おいおい……何やってんだよ、あの機会音痴は? ってか、そんなんで呼び出されるとか、コイツも災難だったな。
「まあ、その事を話したら、ローマ字入力よりそっちのが良いって言ってるけどな。実際、ワープロにも触った事ない人にゃ、かな入力のが分かりやすいだろ。てかお前もっ。フリーソフトでいいから、もっと使い易いテキストエディタ入れとけや。だいたい――」
ペチャクチャとうんちくを垂れながら部屋へと戻るちんちくりんに続いて玄関をくぐり、部屋へと入っていくオレ。
こんな中学生みたいな|形《ナリ》でも、一応は美大に行ってグラフィックデザイン――特にコンピューターグラフィックスなんかを専攻してるらしいからな。
PCの知識は、多分オレよりも持っているのだろう。
まあ、大学の方は一年留年してるそうだから、まだ三年らしいけど。
「ところで、千歳はどうした?」
「ん? 今、色々とPCで勉強中ぅ」
それはいい心掛けだ。アイツがもう少しパソコンを使いこなせれば、オレも色々と仕事を押し付けられる。
そんな事を考えながらリビングに足を踏み入れると、まず目に入ったのはローテーブルの前に正座する千歳の後ろ姿。
大き目のヘッドホンを耳にして、オレが来た事にも気付かず食い入る様にPCのモニターへと目を向けていた。
ほう、中々の集中力だな。
でっ? 色々って、何の勉強をしてん――――だ?
千歳の肩越しにモニターを覗き込み、その衝撃の内容にオレは思わず目を見張った。
そこに映し出されていたのは、肌色が多めで年齢制限のある動画……
そう、きっちりと隠しフォルダに設定してあったはずの、秘蔵コレクションの一つである。
機会音痴の千歳に、隠しフォルダの解除が出来るとは思えない。そもそも、千歳は隠しフォルダなんて言葉すら知らないだろう。
であれば、犯人は一人しかいない。真実はいつも一つである。
「おい、コラッちんちくりんっ!! テメッ何て事してくれてんだ、コラッ!?」
オレの秘蔵コレクションを晒した犯人に向かい、声を荒げて振り返った。
「いや、だって気になるだろ? Dドライブのファイル数と空き容量に、それだけの違いがあったらさ――とりあえず、隠しフォルダを晒してみたくなるのが人情だろうが? そして、ちんちくりんゆーな」
いや、そこは気付いても空気を読んで、黙って見ないフリをするのが大人の対応だろうがっ!?
「つーか、レイプモノに痴漢モノ、それと盗撮モノが無かった点は評価するけどよぉ……ちょっと、JKモノに偏り過ぎだろ。知ってるか? ソイツら制服着てるけど、実は全員十八歳以上なんだぞ」
「合法ロリの|見本《サンプル》みてぇなテメーに言われなくても知っとるわっ!」
「誰が合法ロリだっ!」
的確に金的を狙って飛んで来る前蹴りを、身体を横にして躱す。
「逃げんな、コラッ!? だいたい何だ、この『清純派美少女。セーラー服で肉欲ご奉仕』って矛盾しまくったタイトルはっ!? そもそも、清純派がAVなんぞに出るかっ!! それとも何かっ!? ロングの黒髪ストレートなら、それだけで清純派なのかっ!? メガネでおさげ髪なら、委員長なのかっ!? 貧乳がランドセル|背負《しょ》ってりゃJSなのかよっ、お前『ら』はっ!? このロリコンヤローッ!!」
ギャーギャー喚き散らしながら、スカートが捲れるのもお構いなしに連続してキックを放つ、ちんちくりん。
まあ、そんな攻撃は掠りもしないが、|口撃《こうげき》の方は中々痛い所を突いてくる……
ただ、さすがにランドセルのJSモノは無かったはずだぞ? てゆーか、『お前ら』って、もしかして|恵太《カレシ》に対する不満の八つ当たりか?
確かにアイツはロリ好きだが――
「ちょっと由姫ぃ~、何ドタバタしてんのよ。うるさくて集中出来ないじゃな…………………………い?」
ちんちくりんのローリングソバットを躱した所で、食い入る様にPCの画面を観ていた千歳がヘッドホンを首に掛けながら振り向き、そして固まった。
はぁ~、ったく……
「集中出来ないって……お前は真っ昼間から、ナニそんな集中してAV観てんだよ?」
「ち、違っ! コ、ココ、コレは違うっ! そうゆうんじゃなくてっ! 違うからっ!! コレは違うのっ!!」
支離滅裂過ぎて何が違うのかよく分からんが、千歳は顔を真っ赤にしながらモニターを隠す様に慌てて立ち上がった。
が、しかし……
『ああ~ん……い、いい~、いいぃ~っ! らっ、らめぇ~~っ!!』
長さの足りないヘッドホンのコードは、千歳が立ち上がった勢いでスッポリと抜けてしまい、1LDKの室内に清純派AV女優のあられも無い声が響き渡ったのだった……
つーか、どんだけ大音量で聞いてんだよオマエはっ!