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諸伏警部を旦那様と呼ぶ可愛い18歳の新妻のあなた。無垢で素直なかわいいあなたに…諸伏警部、メロメロに
第1話 - 諸伏警部を旦那様と呼ぶ可愛い18歳の新妻のあなた。無垢で素直なかわいいあなたに…諸伏警部、メロメロに
15
16,378文字
2026年06月28日
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2026年06月28日
テラーノベル
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#ギャグ
ユイ
191
#風見裕也
その日の朝、諸伏は正面に立っていた。急に頭を下げる。
「私事ですが、結婚することになりました」
ざわざわする所轄内で、拍手が起きる。
「…しばらくは定時であがらせていただきます。もちろん仕事は今まで通りきちんと行うつもりです…」
「いいのよ、気にしなくて」
と言う上原に、派手に座った大和が足を組んで言う。
「で?相手は?」
「…」
諸伏しばらく頭を下げたままだったが、上げたときは明らかに困っていた。
「…今春に高校を卒業するので…今はまだ高校生です」
「えっ?」と上原含みまたざわざわする。
「…妻が…心配なので…しばらくは定時で上がらせてくださいーーよろしくお願い致します…」
諸伏また頭を深々と下げた。
名前の元に弁護士がやって来て、名前は開いた口が塞がらなかった。
名前の母は亡くなったばかりで、名前は父は知らずに育った。だが父は存命であり、すでに違う家族と共に生活していると。
だが名前を身籠っていた為に、許嫁がいた実家とは勘当同然で出てきたと。
その実家というのがーー長野ではとても有名な地主の名家だった。父親は自分を戸籍に入れるつもりはないとのこと。
それにはなんの疑問もなかったが、名前のことを知った祖父母が実家に呼び戻したいとのことで……というのも名前の母はひとり娘だった為に、婿か嫁ぐしかその家を継いでいけない。
なんて勝手な理由なんだろう。名前は素直に悔しくなった。今まで母に辛い思いをさせて、ひとりぼっちにさせたくせに…私達を世界から排除したくせに…。
名前は卒業すれば自由の身だが、学生の現在はどうしても後見人が必要だった。
母の実家の戸籍に養子として入るしか、名前には選択肢はなかった。
そして弁護士がさらに驚くべき事実を告げる。
「癌…?」
諸伏は和室で湯飲みに口をつけようとしてやめる。
目の前で着物を来た祖父母に、使用人たちが茶菓子を出し諸伏にも出して去って行く。
「…そのようだ」
はあ、と祖父は袖に腕を通し庭を見る。
諸伏の両親は他界しているが、こちらは分家であり、父には兄がいた。諸伏にとっては叔父だが、諸伏は両親が亡くなってからは弟とふたりでやってきた。その時点で本家の戸籍にふたりは入ったので、弟を警察学校へもやれたし、自分も私立を出ることが出来た。
だが長男の兄である叔父がいるので、次の当主は間違いなく叔父であるはずだった。
「…余命いくばくもないとお医者様が」
「…」
諸伏は弟と本家を出て暮らしていた為、叔父とはもう何年と会っていない。
だが何故諸伏が此処にいるか、その時点で予想はついた。
「…頼む。高明」
祖父母が頭を下げる。
「このままでは家を継ぐ人間が途絶える…」
「わたしは刑事なんですよ、お祖父様」
諸伏も眉をひそめる。
「いつ何があるか…そんな無責任なことひとつ返事で…」
それに、と続ける。
「当主であれば…次の跡継ぎのことまで考えなければなりません」
「どなたかいいお相手が?」
諸伏は首を振ってようやく湯飲みに口をつけた。
「それなら心配ないわね」
祖母がにこっとし、障子の向こうに声をかけた。
「名字様をお連れして」
名字?どこかで……と諸伏も庭を見る。
「お前は知らないかもしれないが、名字様はこの辺り一帯の地主様だ。この土地もそうだったが…」
はっ、と祖父が呆れたように声を出す。
「ご【近所】付き合いはしておくものだな。うちの土地も手に入り、また向こう側の土地も我々のものになる…」
諸伏はまた話の結末がわかり、なんとなく祖父を湯飲みの先から睨んだ。
「名字様には娘がいたわ。出て行ったと噂では聞いていたけど…そこで娘を生んだらしくて…」
すっ、と障子が開くと、3人が着物で頭を下げていた。
「ご機嫌よう…」と顔を上げる祖母と同じような年齢の上品な人間に、諸伏も同じように手をついて頭を祖父母と下げた。
「いやはや…こんな挨拶久しぶりでね」
「ご足労申し訳ない」
「さあ名前ーー」
名前は顔を上げた。諸伏と目が合うと、いっぺんに不安そうに俯く。
諸伏は素直に思った。とても若い。【そういう】話になるには若すぎるくらいだ。
諸伏の目の前に名字一家が座り、諸伏の祖父母が隣に来る。
「立派になったなあ、高明くん…」
「えぇ…次期当主様に申し分ありませんわ…」
「名字様、わたしはまだーー」
「名前、自己紹介しなさいな」
名前はまた頭を下げる。
「は、じめまして……名字、名前と…申します……」
少しずつ赤くなる名前に祖父母はどっと笑い出す。
「まあ可愛らしいこと…」
「花の女子高生とはよく言ったものだ」
……は?女子高生?
諸伏はちらと横目で嬉しそうな祖父母を見た。
「お気に召していただけた?」
そう言う笑みを浮かべた名前の隣の女性に、諸伏はまた名前を見た。もう泣きそうだ。
「それはそれはもちろん……」
と笑う祖父母に、諸伏は名前を見たまま呟いた。
「…申し訳ありません」
皆が諸伏を見上げる。
「…ふたりきりにしていただけますか」
しん。となった和室に庭にある池の音がする。
皆は名前と諸伏以外また笑った。
「もちろんだ」
「えぇ…お行儀よくするのですよ」
ぞろぞろと出ていく首謀者たちに、諸伏は廊下まで出て、違う和室に入っていくのを見届けてから座る女中にも頭を下げる。はっとしたように女中も頭を下げ、障子を左右から閉めるとすぐスタスタといなくなった。
名前が部屋中を見ていた。置いてある壷とか、掛け軸とか。
諸伏は目の前に座り、頭を下げる。
「…諸伏高明と申します」
名前もはっとして頭を下げる。
「…名字名前です…」
「…失礼ですが…おいくつですか…?」
「じ、18です…東都大付属高等部在学中の…高校生です…あ、でした…引っ越したので……」
諸伏はたまらず目をぐるりと回した。なんてこった。
人ひとりの人生を変えることを彼らは理解していない。
「…わたしは長野県警捜査1課の刑事です…」
「…」
名前はなんて反応したらいいのかわからない。という顔だった。当たり前だろう。
「…あなたは…何故本日此処にいらしたのですか?」
「…あ」
名前はきゅっ、と唇を結んだが静かに開く。
「…あ、あなたに…お会いする為です…」
「なんという名目で?」
「え…」
名前は大きな目をぱちぱちした。
「…わ、わたしは…あなたとご結婚する挨拶だと…」
「…」
諸伏たまらずに深くため息をついてしまった。そこまで手を回されているとは思わずに。
「ご、ごめんなさい…」
「いえ…失礼しました。あなたが謝る必要は何もありません…」
それから諸伏は一問一答のように聞いて知った。彼女の母親はおらず、実家に呼び戻されたこと。
恐らくだが、これは【厄介払い】だ。
いくら孫娘とはいえど、1度実家を裏切った娘の子供に敷居は跨がせない。という意図を感じる。
それに名字家は確かにこの辺りの大きな地主の家だ。仮にふたりが結婚したとして、繁栄、の2文字しか生まれない。何もデメリットはない。
ここに座るふたり以外には。
「…単刀直入に申し上げます」
諸伏は俯く名前を見た。
「…あなたは…本気でわたしと結婚するつもりなのですか?」
今日初めて会ったわたしと。
「…」
「…あなたが…それを背負うのは筋違いだと思わないのですか」
「思いません」
すぐきっぱり返ってきた返事に諸伏目を見開く。名前はゆっくり真剣な顔を上げた。
「…本来なら、母がそうするべきだったのはわかっています…でも!母だって何も悪くない…母はわたしと生きることを選んだ!わたしはひとりではなかった!」
名前は瞳を涙でいっぱいにする。
「その母はもういません…わたしはどこにも居場所がありません…だから!」
名前がぎゅっと目を閉じたとき涙が散る。
「だからっ…わたしの子には…!絶対にわたしのような思いをさせない!その為にはっ…」
名前は頭を深く下げる。
「わたしはあなたと結婚しなければなりません!お願いします…!」
震える名前に、諸伏たまらず名前の隣にまで行っていた。両肩を掴み、びっくりした名前が息もやめている。
「…お願いしますだなんて…やめてください…」
「…」
「あなたには…なんの責務もないのに」
諸伏もたまらず切なくなってしまい、顔が歪む。
「あ…」
「…あなたがそこまでの覚悟があるのなら…」
諸伏はそっと名前を抱き締めた。
「わたしが…あなたの居場所になります…」
「!」
「一生守ると…誓います……」
名前は咳を切ったように泣き出した。諸伏は胸元で小さく震えながら体を預けるその姿に、自身も覚悟を決めた。
どうせわたしにも自由はなくなる。それならもう…彼女を幸せにしよう…。そうするしか、諸伏にもできることはもうない。家柄から逃げることはできないのだから。
婚姻はその場ですぐ執り行われた。
名前を書き、判をし、本当に事務的なものだった。
祖父母同士が拍手する中、名前は耐えきれずに口元を押さえて激しく泣いていた。その涙を拭ってくれる者はいないまま、諸伏はそれを複雑なまなざしで見つめているしかなかった。
「…旦那様?」
諸伏ははっとして開けられたドアを見た。運転手が白い手袋をした手を外から中に入れている。
「すみません…あの、自分で勝手に降りますので…」
「そのようなわけには。わたくしの首が…」
運転手は首を振った。振れなくなる。
「では夕方17時45分に。こちらへまたお迎えにあがります」
行ってらっしゃいませ!と頭を勢いよく下げられ鞄を渡されて、もう諸伏恥ずかしくなりだっと玄関に駆け出した。
「…はぁ」
エレベーターに乗るとぎゅうぎゅう詰めになり何故かほっとする。
無理矢理降りる階で体を細くして出て、いつもの光景にこれほどまでにほっとしたことはない。
「ヨォ旦那。おはよーさん」
大和がくすくすして遠くにあるゴミ箱に紙を丸くしたやつを投げる。
「…入ってないですよ」
睨み付けてパソコンをつける。
「おはよう」
後ろから上原が通りすぎて隣に座る。
「もう新しい生活には慣れた?」
「慣れるわけないでしょう」
食い気味に言うと上原きょとん。
「どうしてよ。まさかあなたが地主の名家系だとはねぇ…」
「お前自分で知らなかったのか?」
「…本家は祖父母の家ですので、こんなものだと思っていましたよ…知らない人間だと思っていたのが使用人だと知った時期には、他人と口を利いてはいけないと言われて育ちましたので…私たち一家はある意味断絶されてきたんです。そんなものですよ…次男の家ですので…もう…毎日困ってばかりですよ」
「どうして?」
はあーっ、と諸伏はため息をついてしまった。
毎日帰れば名前が頭を下げてくるが、自分はそんな身分ではない。居づらそうにしてすぐいなくなるし、何を話せばいいかもふたりともわからない。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「お帰りなさいませ旦那様……」
ずらりと使用人が玄関で頭を下げて来て、諸伏はもうあぁっ…と言いたくなって顔を押さえる。
鬱陶しい!何をするにも誰かの手を介していなければならないなんて。
「…ありがとうございます」
「旦那様」
と使用人が微妙な顔をする。
「我々に礼など言ってはなりません。旦那様は我々を使うのが仕事なのですよ」
旦那様……もうそこから諸伏の頭には何も入って来ない。
ようやく靴を脱いだ瞬間、靴の向きを変えようと振り向けばもう変わっており、靴を磨き出す彼女ら。
長い廊下を歩こうとすれば鞄はもぎ取られ、時計はもうなくなっていたし、上着に手もかけられもう追い剥ぎにでも合っているよう。
「すみません…あの、大丈夫で…」
使用人また困った顔をした。
「旦那様、そちらではありません。お着替えはこちらです」
「…」
自分の家の間取りもよく知らない。
「旦那様!旦那様ァア!」
びくりと全員で肩をすくめて、走ってくる使用人を見る。
「奥様がまた勝手に火を使って!」
「まあ!なんてことを!?お怪我をしたらどうするの!」
「申し訳ございません!少し離れたら…」
「旦那様からもお伝えください!」
「は?」
諸伏ぽかんとしていたが、すぐ全員に背中を押される勢いでドタバタと駆け出しキッチンへ向かった。
「奥様!」
「ひぃ!?」
名前はセーラー服を着ていた。びくっ、とするとすぐ手元の卵焼きをもぎ取られ、火を消される。
「何していらっしゃるんです!」
「え、あ…」
「すぐお食事になさいますか!?」
「いえあのっ…」
名前ずり、と下がる。
「何かお召し上がりになりたいときはまず最初にお声がけくださいっ!」
「私たちは栄養士監修の元おふたりのお食事を作っております!」
「ハッピーターンをまた持ち込んで!あれは塩分が高いからと何度言えば…」
「…」
名前しょんぼりする。
「…ご、ごめんなさい…あ」
名前にこ、と諸伏に首を傾げた。
「お帰りなさいませ…旦那様…」
「…」
諸伏しばらく静かにしていたが、何故か「はい」と頷いた。もう自分でも訳がわからない。
「…ちなみに…お腹が減ったのですか?」
名前はちょっと赤くなった。
「いえあの…旦那様のお食事は…作るのも手伝わせていただけなかったので…」
名前はもじ、とした。
「…な、何かお酒のおつまみくらいはと…」
また口を開こうとする使用人に諸伏は手を出す。
「皆様、全員、背を向けてください」
?と皆思うが指示通りにする。
「そのまま歩いて…キッチンを出たら…」
ぞろぞろとキッチンを出る使用人ら。
「今夜はもう、離れへお戻りください。何かあればご連絡しますので本日もお疲れさまでございました」
「だんなさっーー!」
バタン!とキッチンの扉を閉め、しばらくぎゃあぎゃあしていた使用人らを背中で感じ、諸伏はちらと名前を見る。
名前はぷっ、と笑った。
「…大丈夫ですか?」
「ふふっ…はい…あ」
作りかけの卵焼きをまた火にかける名前。その隣に行く諸伏。
「…お上手ですね」
「え?だって…毎朝わたしがお弁当作ってたから…」
お母さんのも…と少し影を落とす横顔に、諸伏も少しだけ頷いた。
「できたっ」
名前まな板に卵焼きをおろし、どこだっけ?と言う唸り声で包丁を探す。
諸伏も同じように色んな場所を開けた。
瞬間。ごちん。と互いの頭が当たる。
「たっ」
「いっ…」
ふたりして顔を合わせる。吹き出してしまった。
「アハハハ…!」
諸伏も肩を震わせながら、頭を押さえて、年相応に笑う名前を見た。
その笑顔が見れて、とても嬉しかった。
「はっ!大丈夫ですか!?」
「!」
名前諸伏の胸元までひっついてきて、額を見上げる。
「…赤くなってる」
「な」
諸伏はかあ、と本当に赤くなってしまいそっぽを向いた。
「なってません…」
「なってるよ!冷やさなきゃ…」
「それより包丁こちらです」
「あ、ありがとうございますっ」
名前にっこりして卵焼きを切り出した。
「…もうここでの生活には慣れましたか」
名前困ったように首を振る。
「いきなりとってつけたお嬢様で…全然まだ…旦那様に相応しい振るまいにはとても…」
諸伏慌てる。
「わたしに相応しい?そんなの…」
「でも皆さんに怒られちゃうから…あ、どうぞ座ってください…」
諸伏テーブルではなくソファに座る。
え?という顔の名前に、諸伏疲れた顔で振り向いた。
「…旦那様はもうおしまいでいいですか?」
名前はくすくすして諸伏の隣に卵焼きを座って出した。
「お口に合いますように…はいっ」
名前はビールをつごうとして、すっと諸伏に取り上げられた。ぐびぐび瓶から直接飲む諸伏に名前ぽかん。
「…すみませんね…旦那様は行儀がよくないんです」
諸伏そのままテレビをつけた。ずり、とソファにぼやっとしながら寄りかかる。
名前はまた吹き出した。
「そのほうがいいです…あ」
「卵焼きおいしいれす」
モグモグする諸伏。甘口の卵焼き。
「ふふっ…ありがとうございます」
「いつかお返ししますね」
「え?」
「…中華、フレンチ、イタリアン…ひととおりは出来ますから」
「そんなに?」
「独り暮らしを何年していると思っ…」
と諸伏は名前を見て一瞬止まった。
彼女といったいいくつ離れている?
「…旦那様?」
きょとん。とする名前の頬に、たまらず手を伸ばしてしまう。
名前固まってしまった。すみません。諸伏すぐ頭を下げた。本当にやっちまったと思った。
「つい…すみません…綺麗な肌だなと…」
「いっ、いいえ…」
かあ…となりソファで正座している名前が俯く。
…可愛い。素直にじわじわ思ったが諸伏頭を振る。とりあえず今の思考、あっち行け。どう考えてもまだ早すぎる。
「映画でも見ますか…」
とチャンネルを変えていると、アナと雪の女王がやっていた。
「あ…」
と名前が反応する。
「…好きでしたら」
「いえ…わたし演劇部にいたんです…文化祭でアナを演じました」
「そうでしたか。わたしもミュージカルは好きです。こう見えて。シカゴもナインも見てますよ。ディズニーならリメンバーミーまで」
「そうだったんですね!アナ雪で好きな歌ありますか?」
「…とびらあけて」
名前目をキラキラして急に諸伏の手を引いた。
「ねえ、ちょっとおかしなこと言ってもいい?」
諸伏その変わる声音に気づいて、同じように笑って言った。
「…そういうの大好きだ」
「どこにも出口のない日々が~…♪」
と歌い出す名前に、諸伏もその手を引かれて笑いながら立ち上がってぐるりと回る。
「変わる~…」
「すべてが…」
ふたりしてキッチンを出て玄関でくるりと手を取り合ったまま、笑いながら回った。
「初めてのときめきだわ」
「初めてのときめきだよ」
ふたりで廊下を走りながら、スリッパをすっ飛ばし滑りそうに映画のように行く。
「「ふたりだから~…!」」
とびらあけてーー…!
「今!」
「今」
「もう」
「もう!」
「「ふたりだから…」」
ふたりで大笑いしながら適当に入った寝室に寝転がって笑いこける。
「…おかしなこと言ってもいいですか」
諸伏がからだを起こすと、名前も頷いてふふっ、とくすぐったそうに笑う。
「…わたしと結婚してください」
「もっとおかしなこと言ってもいい…?」
もちろん…!そう言った名前が目を閉じたので、諸伏は羽根のように優しくキスした。
「…」
ふたりで見つめ合って、諸伏名前の髪を耳にそっとかける。
「…厳しい生活かもしれませんが」
「…はい」
名前は頷く。
「…わたしは…」
そのとき名前のスマホがポケットで鳴り、名前すぐ取り出す。一瞬見えた画像に諸伏2度見。
「待ち受けの方どなたですか?」
「えっ?わたしですよ…」
名前画像を諸伏に見せる。あまりに加工されていて3人いたが誰が名前かわからず、諸伏眉をひそめた。
「旦那様ってば……」
名前は肩を揺らして笑っていた。スマホをいじると内カメラにして上に構える。
そこにいたのは宇宙人だった。
諸伏大爆笑してベッドに転がってしまう。あまりに酷い技術の進歩。
「こ、これくらい普通ですよっ!」
「あはははは……はははは…!」
はあ、と諸伏は落ち着くとまだによによしたまま名前を見た。
「…あなたをもっと知りたい、名前さん」
加工前の。と付け加えると、名前も吹き出してしまった。
名前も横に寝転んでくる。
「…わたし、ハッピーターンが好きです」
諸伏も自分の頭の下に腕を入れて、優しい表情で小刻みに頷く。
「…あれの粉ご飯にかけたことあります?」
「えっ」
「めちゃくちゃ美味しいです」
「嘘」
「わたしは嘘はつきませんよ。今度買ってきますから」
ふふっ、と名前は枕を握った。
「取り上げられちゃいますよ」
「わたしはこの家の旦那様ですよ?何故私物を取り上げられるんですか」
ははは…と名前は困ったように笑って口を押さえた。
「…旦那様…そんなことなさるんですね…」
諸伏きょとんとした。
「…そんなネットにしか載ってないようなこと…」
「わたし数日前まで独身だったんですよ。帰ってやることなんて、卵かけご飯食べながらyoutube真顔で見るくらいしかありませんよ…」
名前もう肩を揺らして笑う。
「…なんだか嬉しい。旦那様…あまりお話にならないから…」
諸伏少し眉をひそめた。
「すみません…居づらくしてしまいましたね…」
名前首を振ると、にっこりした。
「…わたしも…旦那様をもっと知りたい…」
その翌日、夕飯にも手をつけず、テーブルも片しもせず…テレビもついたまま。そのままふたりで話ながら横になっていたらいつの間にか眠ってしまって、使用人にふたりとも正座して大目玉をくらった。
ふたりでたまに目を合わせて、笑いそうなのをこらえていたら余計怒られた。
「うん。18歳差?ん?17かしら」
「会話噛み合ってんのかよ?」
「…昨日はおかげさまで…」
諸伏ぶっ、と笑ってしまいくすくすしだす。たまらず咳き込んだ。
「…でもあなた、幸せなのね」
「え?」
諸伏びっくりして上原を見る。
「笑顔。結婚してから明らかに増えたじゃない。いいことよ」
「そら10代のわけぇ嫁がいりゃ俺だってそうなるっつの」
「かんちゃんのはなんか違う笑みよね、それ…」
「あ?」
上原と言い合う大和を見ながら、諸伏はゆっくり窓を見た。
…彼女は幸せなんだろうか。突然母を亡くし、誰も知らない長野に越してきて…学校でもうまくやっているだろうか…。
そこまで踏み込むのも…と諸伏は手元に視線を落とした。
「それよりもうすぐクリスマスね。プレゼント、考えたの?」
上原の声に諸伏さらに固まった。
10代 女子 プレゼント
女子高生 年上 プレゼント…
財布はやめて。わたし2つ折り派なのに長財布とか…
香水は絶対好きな匂いに当たらないからやめときな。
花束も薔薇とか無理。枯れるだけ。
実用性あるのがいい。手袋とか?
スマホさわりづらいからやだな…
「…」
諸伏検索しなければよかったと天井を仰いだ。文句しかない。
一緒に買いに行けばいいのか…そうしたら軽井沢くらいまで行かないと…
夜適当にショッピングモールでも覗いてみるとしようか…
諸伏おもむろに運転手にそう伝え、名前にラインした。
遅くなるので先に休んでいてください
既読になったので諸伏は何も思わずスマホをしまった。
玄関を開けたら諸伏叫んでしまった。
「名前さん!」
慌てて寝袋に入ってみのむしの名前を揺らす。
「ん…」
「こんなところで何故寝てるんです!」
はっ、とする名前が起き上がり思い切り諸伏に抱きつく。
「!」
「よ、よかった……よかっ…えっ…」
だんだん泣き出す名前に諸伏意味がわからなくなる。
「もう…帰って来てくれないかと思いました……」
笑顔だがぼろぼろ涙を溢れさす名前に、諸伏顔をしかめる。
「何言っ…」
「遅くなるって…誰かと会ってるのかなとか…」
えっ、と名前は涙を拭う。
「…わたしがまだ未熟だから……帰ってきたくないのかなとか…」
「そんなわけ…あぁ、すみませんでした…こんな冷えるところで…」
諸伏名前をさすりながらリビングに行きすぐ暖炉に火をつける。
「…お湯を沸かしますから」
「イヤ!」
名前また飛び付いてくる。
「お願いです…旦那様……そばに…いてほしいんです……ごめんなさい…」
震える名前に諸伏たまらなくなってそのまま膝の中に彼女を抱いたまま毛布にくるまった。
なんて健気なんだ。もう胸が苦しいくらいぎゅうっ、となった。
「…どちらへ?」
「え?あぁ…」
はあ、と諸伏。
「…クリスマスが近いので…検討をつけに行ったんです。何かあなたに…差し上げたくて…」
「旦那様…」
名前はふふ、と笑い胸元に顔を埋める。
「わたしはもう…何もいりません…何不自由ない生活と…愛する人……」
「!」
「…幸せすぎて怖いんです…だから」
わたしから旦那様を取り上げないで
「…」
「約束…してくれますか…」
諸伏何も言葉にならず、ただ名前に口付けた。
やがて火が波打つと、諸伏もうとうとしてはっとする。すやすやと胸の中から名前の吐息が聞こえてきて、静かに名前を抱いて立ち上がった。
主寝室に行き、名前を寝かせる。暖房を即座にいれた。本当に冷える。すぐ布団をかけ、枕元にある加湿器もつけ、ようやくカーテンを閉めた。
すぐ名前の寝顔を振り向いて、諸伏は困ったように微笑んだ。
あの寝袋……まだ両親も、弟も生きていた頃。近所で熊が出たので、男3人で、日替わりで玄関で寝ていたときに使ったものだ……どこから見つけてきたんだろうか。そんなこと諸伏は今の今まで忘れていた。
「ありがとう……名前…」
諸伏は名前の頭を撫でながら。また、彼らに会えた気がした。
「んで?子作りは順調か?」
「かんちゃんっ!」
諸伏より先に反応した上原を諸伏は横目で見る。
「そんなのふたりのタイミングによるでしょっ!あなたが心配することじゃないのよっ!?」
「なにてめぇが赤くなってんだよ」
諸伏は静かにキーボードから手を下ろした。
「…正直」
上原が大和に投げようとしていたファイルを下ろした。
「正直…そういう気分に…ならないんです…」
「あぁ?オイ、お前のもう駄目になったのか?」
上原また投げようとする。
「…大事にしたいんです……」
そんな欲よりも、ずっとはるかにそれが上回った。胸元で自分を信頼しからだを預ける彼女を…守らなければならない。という方がずっと強かった。
「へっ。そらしっかり惚れちまいやがったなァ?」
「とても素敵なことだと思うわ」
上原ようやくファイルをしまって頷いた。
「大事なのは、愛してるって言うことじゃないもの。愛されていると感じてもらうことよ」
「だぁ、それをからだでやりゃ…」
上原ついにボールペンを投げた。何本もいっぺんに。
ふたりはドアを開けて頭だけ入れた。
「ここは…」
「恐らくあなたのパウダールームです」
「えっ?」
「メイクをしたり、着替えたりする専用の部屋ですよ」
ぱたん、と名前はドアを閉めて首を振った。
「…そんなにお洋服ないです」
隣をまたがちゃりと開けて同じようにする。
「…此処は…書斎のようですね」
ふたりはようやく時間が出来たので、家中の部屋を回っていた。知らない部屋がいくつもあったので、確認がてら歩き回っていた。
「…この家の作りが変なので。離れとわざわざつながるように増築しているんでしょう」
「旦那様…お2階もあるんですよ…広すぎて怖いです…」
「…2階も恐らく面白いものはないでしょう…行くこともないでしょうし」
「…」
ふたりは廊下で見つめ合った。
「リビングへ戻りましょう…」
「はい」
きゅ。と手をつないだまま。
「…結局こうして此処におさまってしまいますね」
ソファに座ってふたりで顔を見合わせぶっ、としてしまう。
「…名前さん、あなたの学業が終わったら…正式に式を挙げ終わったら」
「?」
「…本当にふたりで暮らしましょう。ワンルームでもわたしは構いません」
使用人も運転手もいらない。あなたがいればそれでいい。
「…うん」
名前は嬉しそうに諸伏に寄りかかった。思わずその頭に顔を埋める。
「旦那様…」
「はい」
「クリスマスツリー飾りませんか?」
「いいですね…その辺りに…」
「ねっ?だからもう手配していただきました」
ピンポーンと鳴り、名前は跳び跳ねて玄関へ出て行く。
「どうぞ中へ」
「失礼しやすーー」
諸伏びっくりしてのけぞった。本物のもみの木が運ばれてきて、天井に若干ついていたからだ。
「はんこお願いしやす」
「はーい」
「ありあとっしたー」
ぱたん、と静かになる室内に、諸伏唖然と指差す。
「こんなに大きくなきゃ駄目でした…?」
「すみません…寸法わかりませんでした…」
諸伏吹き出す。
「わたしに言ってくれたら…」
「それじゃ楽しみなくなっちゃう」
名前戸棚から溢れんばかりの装飾を取り出して笑った。
はしごに乗りながら飾り付けている諸伏。下のほうをやる名前。
「あ、わあっ」
名前ボール状の飾り付けをひっくり返す。諸伏はしごからなにも考えずにおりた。
「旦那様だめーー!」
「うわっ!」
ボール状のそれに足を乗せてしまった諸伏。バタバタとスケートしてるみたいになる。
「旦那様!」
名前が飛び付いてきたので諸伏名前にしがみついてそのままばたんと床に倒れた。
カラフルな装飾のなかで、ふたりは仰向けで寝転んでいた。
ゆっくり顔を見合わせ、ふたりで肩を振るわせてから、どっと笑いだした。
「あはは…あはははっ……」
「参りました…もう……くくっ…」
諸伏も顔を覆って震えていた。こんなに心から笑う日々が、存在するなんて。
すべてはーー
諸伏は名前を見つめた。愛のこもった、苦しいまでの愛おしさをこめて。
「旦那様…」
あなたが隣で笑っているからだ。
「…もうすぐクリスマスですが…お義父様が…」
12月25日。本家の広すぎるリビングはたくさんの装飾と、料理と人間でいっぱいになった。名前と諸伏は玄関で叔父一家と共に頭を下げて、誰か知らない相手に握手してはにっこりしていた。
「こんばんは!」と上原が手を振る。1課の面子もぞろぞろとやってきた。
「初めまして、お話は聞いています…」
「あなたが名前さんね…今夜はこんなお屋敷のパーティーに呼んでくれてありがとう!」
ちら、と上原はにやりと諸伏を見た。
「(可愛いわね…)」
「おーおー。こらすげぇな…」
大和も屋敷を背を上げて見回す。
「後が詰まりますので行ってください」
「けっ。旦那様、着物なんか着ちまってよ…」
ぶる、と名前は腕をさすった。諸伏すぐ自分に寄せる。
「あ…」
「おぉ、高明くんに名前」
名前の祖父母が手を上げて、すたすたと通りすぎた。
「こんばんは…」
列が途切れて、すぐ諸伏は名前の肩を持ったまま玄関に向かった。
「申し訳ありません。寒かったですよね…」
「だ、大丈夫です。わたしは…」
名前は笑って諸伏を見上げた。
「この家の奥方ですから」
祖父にとっては諸伏を次期当主として【御披露目】するだけだ。それをパーティーというのかどうかは別として、ふたりはこれからもう一生会わないような人間たちの挨拶まわりだ。
「…本当に申し訳ありません。あなたには…」
「例えわたしが隣で笑っているだけの仕事しかないとしても…わたしは…やりますから…」
「おぉ高明くん!立派になったのぉ!」
すぐふたりは外交用の笑みで振り向いた。
しばらくしてマイクに祖父が立った。
ふたりはお辞儀してそちらに向かう。
「えぇ、本日お集まりの皆様…お忙しくまた寒さの中…ありがとうございます…次期当主である、孫の高明と、その妻である名前をご紹介させていただきたく存じます…」
割れるような拍手の中、ふたりはお辞儀した。
「…ご紹介に預かりました。諸伏高明です……」
また拍手が鳴り、終わるまで諸伏と名前は頭を下げ続けていた。
「…妻の名前です。私達の出会いは…まあ、見ればわかると思います…」
諸伏にっこりするとどっと笑いが起こった。
「名前は名字様の孫娘です。ご存知の通り、わたしは運に恵まれました。これからさらなる諸伏家と名字家の繁栄と……」
しばらくして諸伏は話すのをやめて、はあ、と横を向いて息をついた。
だんだんざわざわする会場に、諸伏の祖父が小さく声をかけると。
「申し訳ありません。私たち夫婦はそんなことは微塵も思っておりません」
強くなるざわめきに祖父母がくっつけた笑みをして諸伏を横目で見る。
「私たち夫婦は、この場を借りて申し上げます…」
家柄に相応しい人間になるつもりはありません。
やがてざわめきに動揺が混じると、ぞろぞろと使用人が集まりだして列を作り出した。運転手まで。
「おいーー…」
「私たちは…お互いに相応しいと感じる夫婦になります…」
諸伏と名前は目を合わせて笑い合う。
上原には、その混じる視線でどれだけふたりが通じ合っているかすぐわかった。
「私たち夫婦はミュージカルが好きです」
ざわめきはもはや止まらなかった。諸伏が喋ると祖父母が笑顔で小さく首を振りだす。名前の祖父母のほうも顔をしかめていた。
「キャビアより明太子が好きです」
はっ、と笑う大和を上原は見た。
「トリュフより、一緒に採ったきのこで作る天ぷらがいい…」
やがて諸伏と名前が着物の帯を引き、着物を脱ぎ捨てると…ふたりはスーツと制服姿になった。
「私たちを知ってください」
音楽が鳴り出す。使用人たちがリズムを取り出して、コーラスを始めた。
「Just a small town girl livin’ in a lonely world……」
小さな町の孤独な女の子は…
諸伏が歌いながら名前に向かって歩いていく。名前は下がっていく。
「She took the midnight train goin’ anywhere…」
真夜中の列車に乗り…どこかへ消えた
「Just a city boy born and raised in South Detroitーー!」
サウスデトロイトで生まれ育った都会の少年はーー
名前の歌声に皆唖然として辺りを見回し出す。
「オイオイ…」
大和もまわりを見回した。
「He took the midnight train goin’ anywhereーー」
真夜中の列車に乗りどこかへ消えたーー
名前と諸伏離れていきながら手を伸ばす。
「A singer in a smokey room…」
諸伏走ってきて大和の煙草を取り上げる。ふっ、としてから灰皿にやった。
「the smell of wine and cheap perfume」
名前は上原のまわりを回ってケーキをひとくち食べてまた走り出す。
ワインと安っぽい香水の漂う、煙たい店で歌を歌う子ーー
「For a smile they can share the night…It goes on and on and on and on……」
ふたりは微笑み合って夜を明かし合う…
諸伏が名前と両手を合わせて上げていく。
そうやって夜がふけていくーー
ふたりは背中合わせになって指を鳴らしてリズムを取り出すと、上原が笑って左右にリズムを取り出した。
だんだんと会場の雰囲気が変わる。まだ名前と同い年くらいの子らはスマホを向け、飛び上がり出す。
「Workin’ hard to get my fill…」
生きていく為には必死で…
名前は違うテーブルの前まで行くと天井を見ながら、手を広げて回りだす。
「Everybody wants a thrill!」
皆スリルを求めてるーー!
「Payin’ anythin’ to roll the dice…Just one more time…!」
なんだって支払うさ
もう1度サイコロを振れるなら…
諸伏名前の前で跪いて手を伸ばす。
ふふっ、と笑う名前がテーブルの向こう側に行く。
「Some will win」
ある人は勝ち
「…some will lose」
ある人は負ける
諸伏はその向こう側から歌う。
今度は諸伏がくるくると回り笑って歌う。
「Some are born to sing the blues…」
ブルースを歌う為に生まれた人も
名前はそれを止めて笑い合ってから手を握る。
「Oh, the movie never ends」
「It goes on and on and on and on」
それぞれの人生に終わりなんてない
ずっと続いていくんだーー
ふたりは駆け出してコーラスの前まで来てまた背中合わせに指を鳴らす。
もう、誰もふたりを白い目で見る人はいなかった。
皆が楽しそうにグラスを上げて、左右にからだを揺らしている。
「「Don’t stop believin’!」」
信じることをやめないで
ふたりは向かい合う。
「「Hold on to that feelin’…」」
自分の気持ちを抱き締めて……
そのまま互いの頬に手をやったまま。ふたりは笑ってから、諸伏が名前を抱き上げてまわる。
「「Don’t stopーー!」」
名前を片手で抱き上げたまま、コーラスも含め皆は手を広げる。
パァン!と紙吹雪がどこからともなく降ってきて、皆は歓声を上げた。
祖父母たちは未だに口を開けたまま部屋の隅っこにいたが、拍手と喝采の波が会場を包むと、諸伏は名前をおろしてのけぞるほどキスをした。
帰り際には皆が笑顔で、まるで結婚式の後のように列になってふたりと挨拶をするのを今か今かと待っていた。
「あなた高校生よね?」
「はい」
「わたしもよ。いずれあなたと同じように、知らない誰かに嫁ぐことになるわ」
「…」
「でも、こんな人となら……」
その女子高生は諸伏を見て笑った。
「それでもいいかもって。ねぇ、今度遊ばない?」
「…うん!」
名前彼女と強く手を握った。
「高明くん」
「驚かせて申し訳ありませんでした」
「いやいや」
その着物の男は杖をつき直す。
「きみはすごい男のようだ。まだこんな…小娘ですら…こんな幸せな顔にしちまうんだからな……亡くなった妻に会いたくなった」
「!」
「期待しているよ…これからも奥さんを大事にしなさい」
諸伏と名前は深く頭を下げた。
「おい」
と杖がまた見えて諸伏は顔を上げる。
「なんだあのとんでもねぇノロケは?」
「すぅごかったわよー!」
上原目をきらきらさせてバタバタする。
「名前さんの歌もさることながらあなたも上手だったわー!もう!名前さん、警部をよろしくね!あなたしかいないわ!」
「…それはこちらの台詞です…上原刑事…」
名前は恥ずかしそうに肩をすくめて、あるものを渡した。
「ん?ハッピーターン…?」
上原がクエスチョンを浮かべると、ふたりはまた笑いをこらえて俯いた。
リビングに戻ると、片付けている使用人たちに諸伏は叫んだ。
「皆さん、ご協力ありがとうございました!」
ふたりは深く頭を下げる。はあっ、と使用人らはまたため息をついた。
「…旦那様、何度言ったらわかるのですか?」
「我々に礼などいらないと…」
名前が1歩前に出る。
「最初に言いましたよね…?」
私たちを知ってほしいと…
パチン!と指を諸伏が鳴らすと、ガラガラと料理がまた運ばれてくる。シェフがシャンパンをラッパ飲みしながら。
名前は大笑いして床に崩れ落ちる。
「これはいったいなんの冗談……」
諸伏はいちばんいつもうるさい使用人に、キッチンから花束を持ってきて目の前に立った。
「あなたの日々の勤労と、私たちへの敬意に…感謝致します。田中さん…」
諸伏はにっこりして続けた。
メリークリスマス
ひとりの使用人が泣き声を上げて顔を覆うと、皆も寄ってきて泣き出した。
「奥様…」
名前はカーネーションをひとつずつ渡してまわった。ひとりずつ名前を呼んで。
「…あなたたちはわたしの母です。これからも…」
「当たり前ですよっ!」
使用人は名前がのけぞるほど強く言ったが、顔をくしゃっとして泣き出した。
「…次にブロッコリー…残したら……許しませんからねえっ…!」
名前も泣き出した。その広い胸に飛び付いて、だが嬉しそうに。
小さく恥ずかしそうに立っていた運転手に、諸伏は頭を下げた。
「…あなたの運転はまるで揺りかごのようだ。これからも…よろしくお願い致します…竹田さん」
運転手は帽子を深くかぶり直し、震えながら頭を下げた。諸伏はその肩をさすり続けた。
「今夜はあなたたちが主役ですよ」
「みんな!」
また運ばれてくるシャンパンタワーに、そしてそれが自分達の為だなんてことがなかった彼らは、泣きながら笑っていた。
「では…」
と言う諸伏の目の前に田中いきなり立つ。
「我々の旦那様と奥様に…」
メリークリスマス!
「メリークリスマスーー!」
きょとんとしたふたりに、シェフらがクラッカーを鳴らした。笑い声が溢れだす。
クリスマスソングが流れだし、皆声を上げて跳ね回った。
「いったいなんの騒ぎですの!?まあ!?あなたたち何をやっ……」
祖母がやってきてシャンパンを飲む使用人らはぴたりと止まったが、諸伏が目の前に出て行く。
「すみません。招待客以外はどうぞおやすみください」
バタン!とドアに鍵して振り向くと、大旦那様にうんたらかんたら!と激しく聞こえたがうるさそうに諸伏は手をやった。
「旦那様!」
名前が飛び込んできて、最高の笑顔で見上げた。
「…これでいいんですよね。私たちは…」
諸伏少し瞳が潤みそうになりながら、名前の頬に手をやる。
わたしは、あなたを愛しています…。今はまだ、言えなくても。
「はい。私たちには…敷かれたレールの上は似合いません」
これからいくらでも、進むべきその地図は、ふたりで描いていこう。
自分たちの色で……。
「…家に戻ったら…また…ふたりだけで…クリスマスしましょうね」
「…もちろんです」
「あなたでよかった…わたしに居場所をくれて…本当にありがとう……」
諸伏は名前の腰に手をまわし、ふたりは互いを微笑んで見つめたまま。名前の瞳は輝いて、とても美しかった。
あの日の可哀想な女の子は、もう、そんな顔はしていない。これからもそんな瞬間は訪れない。
お互いが隣にいる限り……。
出会えてよかったと、心から思える相手が目の前にいることに胸がいっぱいになって、素直に目を閉じ合った。
いつの間にかふたりは拍手されていた。
「旦那様…!大好き…!」
名前を持ち上げて笑い声をあげてまわる諸伏に、名前は額にキスしてさらにスカートが広く回った。
これは、私たちが夫婦になるまでの物語。物語は……まだ始まったばかり…。
I hope your happiness lasts forever.
Happy christmas…
コメント
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わあ、もう…めちゃくちゃ良かったです…!最初は政略結婚の重い空気だったのに、ふたりが少しずつ心を通わせていく過程が丁寧で、特にキッチンで頭ぶつけて笑い合うシーン、あそこから空気が一気に柔らかくなったのが印象的でした。あと、パーティーで「Don't Stop Believin'」歌い出す展開、度肝抜かれたけど最高でした。あれ、絶対使用人さんたちも巻き込んで事前に仕込んでたんですよね?そういう「敷かれたレールの上は似合わない」って宣言、胸が熱くなりました。素敵な物語をありがとうございます。