テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
設定等
➞夢主さんは、男女どちらでもお楽しめると思います。
➞戌亥さんが、バーテンダーしてます。
お相手さま
➞戌亥とこ
───────────────────🍹
忙しかった日の夜。退勤して、疲労が溜まった体を動かす。
今すぐにでもベッドに倒れ込みたい衝動を抑えて向かう先は、家ではなく静かなバー。
カランコロン
私を迎え入れる小さな音。
その音にピクリと耳を反応させ、最初に私の来店に気がつくのは、優しく微笑む彼女だ。
「また来てくれたん?」
「戌亥さん、こんばんは。」
「こんばんは、いつものでええやんな?」
戌亥さん、私がそう呼ぶ彼女はカウンターの先にいる。その斜め前の席に腰を下ろせば、確認のセリフと共に、いつも頼むドリンクが出てくる。
「ありがとうございます…」
そのドリンクに一口口をつける。
うん。美味しい。
「それにしても相当疲れた顔してはるな〜?なんかあったん?」
「ああ、まあちょっと仕事で…」
「大変やなあ、そんな中せっかく来てくれたんやしここでは楽しんでいってな」
そう言って、口角をあげて問いかけるように笑う彼女。
視線が絡んで、離せない。
(ああ…来てよかった。)
多分、彼女に私の気持ちはバレバレだろう。
私にとって、彼女は支えだった。
苦しいことも辛いことも、彼女のその視線と声だけで、溶けて軽くなってしまう。
彼女とそういう関係になりたいだとか、特別に思って欲しいだとか、そういうんじゃ無い。
「…ふっ、見すぎちゃう?」
「戌亥さん、綺麗だと思いまして」
「またそういうこと言う〜。ほんま口だけは上手いなあ」
軽く笑って、流される。
それでも、その優しい瞳に私を映して。
「そういえばな、次の新作考えてん。アンタ飲んでくれへん?」
ただ、その落ち着く声で私に話しかけて。
「…もちろん」
それだけで、私は十分だ。
「あ、まいど〜○○さん!」
だから、戌亥さんが他の客に同じ笑顔を向けていようが、親しくお喋りしていようが、関係ないのだ。
私の目の前から彼女が居なくなる。
他の客に、ドリンクを作る。
楽しそうに、世間話をする。
…関係ない。
私は今のままで十分なのだから。
私は戌亥さんが作ってくれた、いつものドリンクへ再び口付ける。
かといって度数のつよいそれを、一気に流し込めるほど私はアルコールに強くない。
だけれど、
今、目の前にある”いつもの”ドリンクが無くなれば、彼女はきっとそれに気がつくだろう。
そうすれば、
他のお客との話を切り上げて、さっき話した”新作”のドリンクを出してくれる。
…だからなのか、グラスから唇を離せないでいた。
そのまま傾けて、戻せない。
口内に注ぎ込まれたそれは、喉をならして一気に胃へ送り込まれる。
身体が熱くなる。
じんわりとした熱が確かに広がる。
ハッとした時には、既にグラスは空で。
思考がふわふわと浮いてたのしい。
「ちょ、アンタどないしたん!そんな一気に…!」
「いぬい、さん」
心配を向けてくるその視線に、出来ることなら溺れてしまいたい。
その優しくて、落ち着いた声に沈んでしまいたい。
カウンターから伸びてきた手のひらに、頬が包まれて。
「つめらぁい…」
「アンタが熱いんよ!…もう」
細くて、綺麗な手
いつも美味しいドリンクを作ってくれる手。
たくさん見てきたけど、初めて触れた。
出来ることなら、離さないで。
まだ私を包んでいて。
…私だけを、包んでいてほしい
「…アンタ泣いてるで?」
「ないて、ないっ」
「じゃあ何であたしの手は濡れてはるんやろな?」
「…しらない」
そう視線を逸らせば、戌亥さんの手も離れて、タオルと一緒に新作のドリンクが出された。
「この新作な、アンタをイメージして作ってん」
そんな一言に、酔いは少しだけ醒めた。
「私、を?」
「飲んでみてや」
アルコールで赤く染まった手のひらで、グラスを口へ運ぶ。
ほんのり優しく広がったかと思えば、後味の甘さがアルコールを感じさせて照りつく。
手のひらの赤みが増したような気がした。
そんなつよさにびっくりしていれば、上から彼女独特の笑い声が降ってくる。
「どう?びっくりしたやろ」
「びっくり、しました…あまい…」
「甘くて、度数が強いんや。だからあんまり量は出されへん」
「これが…私を?」
そういえば、目を細めて笑う戌亥さん。
強いアルコールのせいか、戌亥さんの顔も少しだけ赤く染っているような気がした。
「最初はなんてこと無さそうで、優しく広がったやろ?」
「はい」
「それがまずアンタの外見とか、性格の話。優しくて、当たり障りがない。」
「はあ…」
「だけど最後に、急に強く甘くなって、熱くなる。
……アンタの熱い視線とか、たまに言うお世辞とか言われるとな、熱くなるんよあたし」
急に褒めているようで貶されの言葉を言われたかと思えば、的外れな、予想外の言葉が戌亥さんの口から飛び出す。
「…え?」
拍子抜けの、間抜けな声が漏れるのも、許して欲しい。
一気に酔いが醒めたはずなのに、身体は体温を上げて、心臓ははやくなる。
それは、どう意味で、
期待が溢れて、おもわず自惚れそうになる。
チラッと戌亥さんの顔を見れば、アルコールを含んでいないのにほんのり赤く染った頬が可愛らしい。
耳が脱力し、顔を隠すようにへにゃりと曲がっている。
「…戌亥さん」
名前を呼べば、絡まる視線。
その熱は私からだけじゃない。
私があなたを見る視線が、熱っぽいなんて今更だろう。
私がここに通う理由が、貴方に会うためなんてのも今更。
その理由が、もうとっくのとうに戌亥さんに気づかれているのも今更だ。
だけれど、自分の口から言った事は無い。
それでいいと思っていたから。
それで十分だと思い込ませていたから。
「私は、戌亥さんが好きです」
どうしようもないくらい、貴方が好きだ。
自分と同じように、他の人に笑うのを見ると、モヤモヤする。
あなたの特別になれないのが、モヤモヤする。
「ええん、知ってる。」
優しい視線で、落ち着く声。
優しくて、いつも通りで、それ以上は、何もくれない。
もう一口、ドリンクを、酔いの力を借りようとグラスを持ちあげようとした手が、少しだけ重たい。
さっきまで、はっきりしていたはずの声も、どこか遠くて。
「……アンタ、ほんまに弱いなあ」
くす、と笑う声が近い。
近い、はずなのに。
視界が滲んで、うまく焦点が合わない。
「……ちょっと、休み」
その言葉に甘えるみたいに、意識を手放しかける。
そのとき、ほんの少しだけ、頬に触れる温度。
柔らかく触れた指先が、ゆっくり離れていく。
「……ふふ」
小さな、吐息みたいな笑い声。
ふわふわ残る、あと少しの意識の中、落ち着く声が降ってきた気がした。
「……あたしも、アンタが好きやよ」
・
・
・
次に目を開けたとき、そこにあったのはいつも通りのカウンターと
「起きた?水、飲む?」
何事もなかったみたいに笑う、戌亥さんだった。
さっきのは………夢だったのかもしれない。
けれど
戌亥さんからグラスを受け取るとき、触れた指先に、少しだけ、熱が残っている気がした。