テラーノベル
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慰めではなく嫌味だ。お前たちが動かせるほど心は糸で繋がった安いものではないと。スカンダリは貴族社会がいかにして成り立ち、人々の生活を支えながら、その裏で踏み躙ってきたのかを知っている。そして、それを肯定していた。
「何よ、あいつ。あれがこの国の皇太子ってわけ?」
「いけませんよ、ルル。思っても大声で言っては……流石に場は考えて」
宥めながらシャーロットも心底腹を立てているような苦い顔だ。
「いいじゃねえか。どうせ私らが死ぬときは此処にいる奴らだって生きちゃいねえよ。こっちも図々しくいってやろうぜ」
「具体的にはどうするのだ。たらふく食べて帰るのか?」
「ナイスアイディアだぜ、クローディア。それで行こう!」
実に小さな反抗だが、せっかく来たのだから嫌がらせの如く食べまくって帰ってやろう、とスカンダリの言葉通り楽しむことにした。
もしかすると味方になってくれる貴族もいるかもしれない。そんな淡い期待もあった。殆どがそっぽを向くどころか、蔑まれるとしても。
しかし残念ながら、平民を相手にする者がいるわけもなく。その役目はシャーロットとルルに任せた。シレントとレアナは適当に酒と料理を楽しみ、周囲の陰口に耳も貸さずに堂々としたものだ。スカンダリも遠巻きに見ていて、目が合うとウィンクをして『その方が良い』と、他の貴族と話しながら口だけを動かす。
「どっちかっつうと中立なのか?」
「あの手合いが一番危険だよ、レアナ。敵に回すのはやめた方がいい」
チーズ片手にレアナはそういうものかと納得してワインを飲み干す。
女からの評価は最悪だが、男たちはそうではない。がさつではあるが、レアナは容姿が良く、スタイルも誰が見ても納得の良さだ。程よく鍛えられた体つきもあって、見慣れた女神のようなシャーロットより視線を集めた。
「なんか思ってるよりも視線がキモいんだが?」
「ハハハ、モテモテだね。君は綺麗だから仕方ない」
「……ちぇっ、気に入らねえ。ちょっと風でも浴びようぜ」
湿度の高い会話ばかりが聞こえてくる会場にいると、息が詰まりそうになる。シレントを連れてバルコニーへ出たら、深呼吸をして肩の力を抜く。
派手なことをして誤魔化してはいるが、貴族との価値観の大きな違いにはレアナもうんざりだった。あろうことか、自分たちの命が助かるためならば他人を犠牲にしても構わないと言うのだ。分かっていたとして、誰でも嫌な気分になる。
「結局、これって収穫がないどころか不作だったな。お前みたいなクソ真面目が荷運び人で、あんな連中が毎日遊び呆けてると思うと理不尽じゃねえか?」
「僕は好きでやってるから……。それにああいう人種も必要さ」
ぐぐっ、と体を伸ばしてふうっと息を吐き、シレントは言った。
「おかげで僕たちはまともだと思えるだろ。程々に飲み食いもしたし、そろそろ帰るかい? シャーロットとルルも、ちょっと囲まれてしんどそうだから」
「さすが伯爵家のご令嬢だな。仕方ねえ、助け舟出してやっか!」
戻ろうとしたとき、バルコニーにスカンダリがやってきた。
先客がいるのに気付くと少しだけ目を丸くして、そっと扉を閉める。
「疲れた顔だな。特に、そちらの……」
「シレントです」
「ああ、そう。シレントだ、良い名前だな。俺の親父よりも良い名前だ」
スカンダリはうんざりした顔で二人を通り過ぎて月を眺めた。
「見世物はどうだったね。猿が喚くのはお気に召さなかったかな?」
「僕らの方が見世物だった気がしますけど……」
「それは勘違いだな。俺よりも年上なのに、どうも物分かりが悪い」
馬鹿にされてムッとする。だが、スカンダリは気にせず続けた。
「いつだって見られている側に自覚はないものさ。君たちは覚悟をして此処に来た。だが、彼らは愚かだ。自分たちの社会的地位が命を守ってくれると思っている。しかし、これが現実だよ。誰も君たちには手を貸さない。貸そうとしない」
こびりついた悪意をスカンダリの視線から感じる。シレントが最初に感じた不愉快な視線は、どうやら自分に向けられたものではないと察した。
「つまりなんだよ、私らは馬鹿だけどマシな方って言いてえのか?」
「ハハハハ! そういう感性は嫌いじゃない、実に愉快なレディだな!」
豪快に笑い飛ばすと、スカンダリは笑いすぎて目に浮かんだ涙を指で拭う。今にも咬みつきそうな猛犬さながらの不機嫌ぶりを見せるレアナを見て、声を掛けた甲斐があるとばかりに姿勢を正す。
「いやはや、すまない。少々笑いすぎた。まあ、話は何も君たちを愚弄するためじゃないんだ。どちらかといえば────こちらの条件を吞んでくれさえすれば、君たちに俺が直々に手を貸してやらんでもない」
突然の提案は実に怪しい。身分を明かさない商人よりも信用ならない。特にシレントはそういった取引を持ちかけてくる人間の狡賢さを、嫌というほど見てきた。何か裏があるに違いないと強い警戒心を抱く。
「僕たちにできることは限られています。返事をするよりもまず、条件を教えて頂きたい。それができけなれば、話はこれで終わりにしましょう」
スカンダリの協力が得られれば、他の貴族たちでさえ手を貸すだろう。願ってもない話だが、そういった話には必ず裏がある。特にスカンダリには良い噂がないことはシャーロットから聞いていて、悪い印象もあった。
ここで終わらせたい。そんな雰囲気を感じ取りつつも、スカンダリがにやりとして、小さく不気味に舌なめずりをする。
「簡単な話だとも。俺は結構な遊び好きでね。……まあ、親父には程々にせよと言われているが、平民ならば気にもならない。レアナ嬢は実に美しい。────そこで、ひと晩。今夜、君を抱かせて頂けはしないかな?」
たったひと晩で国の助力が得られるなど破格の条件だとでも言いたげな、下品な視線。獲物に狙いを定めた蛇の如く、嘗め回すように全身を見つめられる。
レアナはほんの少し悩んだ。あらゆるものを天秤に掛け、そのうえで。
「……ひと晩だけで済むんだな?」
「レアナ、駄目だ」
受け入れようとするレアナを遮って、シレントが前に立った。
「でもよ。国の助けがあれば他の皆を失わなくて済むかもしれないんだぞ。私らはいいかもしれないが、ルルやシャーロット、クローディアはどうすんだ。私はお前に死なれるのだって嫌だけど、あいつらが死ぬのも同じくらい嫌だ」
分かっている。そんなことは分かったうえで、シレントは拒絶する。
「君に守られたいと誰が言ったんだ?」
「そ、れは……その……」
いつもより真剣で怖い顔にレアナは思わず目を伏せてしまった。
「軽く考えるな。君が信じるべき相手はどっちか、もう一度────」
「熱く語っているところを申し訳ないが、ちょっといいかね?」
スカンダリはポケットに入れていた小さな鉄のケースから煙草を一本取って、火を点けると肺に溜め込んだ煙を空に吐き出す。
「俺は良い女を抱き、美味い酒と煙草があれば文句はない。レアナ嬢は平民でありながら実に美しい。これほどの逸材を見てみぬふりなどできん。そこで、俺も馬鹿じゃない。断られることは大前提で、本命の提案をさせてほしい」
「……本命とはなんです?」
挑戦的な視線を受けるスカンダリが、指に挟んだ煙草をとんと揺らして床に灰を落とす。革靴の底でぐりぐりと踏み潰しながら────。
「決闘をしよう。君たちが俺の立てた代理人に勝てれば、無条件で手を貸してやる。だが、負けたときは問答無用でレアナ嬢を俺のモノにする。これなら公平性は出たと思うが、それでも拒むかね。いや、拒めないよな?」
#学園
大正
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*‥・うらら°🌱🐇☁・‥*
52
耀聖(ようせい)
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コメント
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読み終えました……第30話、重かったです。 貴族社会の空気感がひしひしと伝わってきて、読んでるこっちまで息苦しくなりました。特にスカンダリの“ひと晩”の提案にはゾッとしましたね。でもレアナが一瞬迷ったところに、彼女の覚悟と責任感が滲んでて苦しかった……。シレントが「君が信じるべき相手はどっちだ」って止めたシーン、すごく良かったです。あの台詞に彼の本気が詰まってる。 最後の決闘の提案でスカンダリの本当の狙いが見え隠れしてて、続きがすごく気になります。智慧砂猫さんの描く“悪意”って、ちゃんと人間の業として描かれてるから読む価値があるなって思いました。お疲れさまです、また読みにきますね🖤