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 伊藤桜、唯のOLである。


 仕事終わりのラーメンが私の幸せであった

 事務作業も大変だけど人間関係でストレスを溜め込む事が多い私は、豚骨ラーメン、海苔と小ライスをトッピングをして毎日優勝するのが日々のストレス発散方法なのであったが。



「血圧、コレステロール、血糖値、全部逝ったぁぁぁぁぁッ!」



 会社の健康診断で引っ掛かり、再検査、及び精密検査を受けなくてはいけなくなり、お医者さんから食生活を改善する様に言われてしまった。



「毎日健康にラーメンを啜っていただけなのに…どうして…」



 ガッシリと奥まで掴める下っ腹が「自業自得では?」と私に問いかけてきた。



 それから_脂っこい物や塩分が高めの物を避ける生活が始まった、半月も経てばラーメンから接種していた油分も無くなり肌が荒れてくる始末だ。動画で有名店のラーメンの作り方を見て食べた気になろうとしたがそれも逆効果だった。



「年貢の納め時か…いや待って、二郎系は野菜炒めパスタみたいな物だよね…?」



 全国のジロリアンには申し訳が無いが私の頭はおかしくなっていたのだと思う。

 

 太く短く。

 

 我慢するより美味しい物を食べて死んだ方がマシと思っている私は現実逃避を行い、数ヶ月後、突如倒れてしまった。




__




 意識が戻ったかと思えば「おんぎゃ、おんぎゃ」の異世界転生

 私は学生の頃遊んだノベルゲーム「聖女の愛と星の王子」に出てくる悪役令嬢

 

 

『ティア・フィル・エルドレット』に転生していた。



 ゲームの内容は昔の事でぼんやりとしか覚えていないけれど

 王子の婚約者ティアが裏で聖女の主人公をいじめて、王子が憤り証拠を集めて断罪する。みたいな内容だった気がする。


 そして今の私はサラサラ銀髪、パチクリ蒼目の幼女である

 私が良い子として振る舞い周囲の状況が原作よりも良い方に改善していく。


 という展開はWEB小説で使い古されすぎて、もし読者がいたら「はいはい、テンプレ乙」と言っている事だろう。



 こんなメタ思考の私は正直人生2周目の生きるモチベが無くなっていた。

 


「酸いも甘いも経験したズボラ女を転生させて一体何を期待してるの…」



 私が主人公に悪戯をしなかったらそのまま王子と結婚とかする事になるのだろうか?

 パパに頼んだらワンチャン一生独身のまま屋敷でグータラ生活とか送れない?



 私はお付きのピンクの髪のメイド、アリサを連れてパパの書斎へ向かった。



 コンコンっ



「パパー?入っていいー?」


「ダメだ、仕事中だ」


「入っていいだって、アリサ待っててね」


「えっ?はい、かしこまりましたお嬢様」



 扉を開けると机に向かい山の様な書類とペンを走らしている寡黙な銀髪のイケオジがいた

 だが、こいつは亡くなった奥さんから託された娘をネグレクトする野郎だ。

 親からの愛情を知らない原作のティアは性格が曲がっていったのだろう、まぁこれもよくある設定なので驚きはないよね。



「お仕事中にごめんね?でもパパいっつも仕事で話す時間がないし来ちゃった〜」


「…何の様だ?」


「私前世の記憶があるんだよね、言葉とか貴族様からしたら汚いでしょ?」



 パパが手を止めて私を見下ろすと鋭い目で見てきた

 迫力はあるけど一度死んじゃうと恐れる事がなくなった気がする。



「そういう事もあるだろう、言葉使いは教師に頼んで矯正すればよい」


「それだけッ!?あと私はやっぱり第一王子と婚約させられるんですかね?」


「あぁ、お前が10歳を迎えた時、セイン様と顔を合わせる予定だ」


「えぇ〜…結婚とか無理って言ったらパパどうする?」


「それが貴族の女に生まれた宿命だ、嫌だと言うなら屋敷から出て自由に暮らすがいい」


「冷たッ!?辛辣過ぎるよパパッ!」


「自由に生きる選択権を与えている、私は止めはしない」


「ニート生活したいよぉ…あ、パパってニートの意味わかる?毎日メイドさん達からお世話される堕落した生活を送りたいです!」


「…仕事の邪魔だ、出て行け」



 パパからお姫様だっこをされて部屋からポイっと閉め出されてしまった。



「あの…お嬢様、旦那様のお仕事の邪魔は…」


「寂しかったの…アリサもお父さんと話したくなる時があるでしょ?」


「お嬢様…!」



 アリサからしゃがんで抱きしめられたけど私は「計画通り」な顔つきをしていた。ま、本当に少し寂しかったけどね。



__



 そんな私もスクスク育ち8歳になりました

 お茶会や来賓用の言葉使いはスパルタ方式で直されたけど、家の使用人には変わらずフランクに接している。


 天蓋の付いたふかふかベッドに、豪華な家具と無駄に広い私の部屋

 朝はいつもメイドのアリサが私の長い髪を櫛で解いてくれた。



「あの頑固親父、何回言っても婚約を進める気だ」


「第一王子は端麗、聡明、温和な方らしいですよ?どうしてお嬢様は嫌なんですか?」


「良い男と思って同棲しても、ゴミを捨てないとか米の固さが合わないとか積み重なってごらんなさいな、直ぐに嫌気が差すよ」


「そういった物も含めて妥協案を探っていく、それが交際ではないのでしょうか?それに雑用は使用人の仕事ですし」


「アリサは大人だね、良い男が見つかると思うよ〜」


「いえ、私はここに仕えさせて頂いているので浮ついた話は御座いません」


「アリサって何歳だっけ?」


「22歳です」


「若!まだまだこれからじゃん」


「婚期はとうに過ぎておりますお嬢様」


「あ、そっか…なんかごめん」


「いえ」



 覚悟のキマった顔をしているアリサを横目に私は惰性で生きてきた今世の8年間を振り返った。


 あれ?私この世界に来てから何もしていなくない?

 いやまぁ、モチベが無いとかいって適当に生きていたけど…うかうかしているとこのまま原作が始まってしまう。


 主人公ちゃんと王子が結ばれるのが1番なんだけど

 私は主人公を虐めるなんて事はしたくないし断罪なんかされたくも無い。だから主人公と普通に仲良くなって、王子と接点を作ってあげようかな。



 だが、貴族の敷かれたレールは基本的に外れることは許されない。

 もし私が本当に王子と結婚する事になったら仮面を被り息の詰まった生活を送る事になるだろう。



(最近考える事が増えてきてストレスが溜まってきたなぁ…あぁもう一度ラーメン食べたい…)



 ん?

 もし王子と結婚して王宮生活になったら今の屋敷生活みたいな自由は許されない。


 逆に言えば、今は自由でありラーメンをこの世界で再現する事が出来たらレシピを王宮に持ち込めてラーメンを食べる事ができる。ラーメンを食べたくて王宮で訳の分からない料理を研究する女王など見聞が悪く、派閥争いが激しい女社会で面倒事になる可能性は高い。

 


 だから暇な今ラーメンを作り出すしかない

 ストレスを緩和するラーメン!ラーメンがあれば全て解決する!



「私初めてモチベが湧いてきたわッ!」


「何やら嫌な予感が…」


「アリサッ!今日から『ラーメン』を作るわよ!」


「やっぱり…お嬢様の分からない単語ですか」


「ふんふん♪周りにラーメンを受け入れてもらうなら癖の少ない醤油ラーメンかな?」



 ティアはパジャマ姿のまま部屋の真ん中で小躍りするのであった。



__




 王族と太い関係で繋がっている伯爵の屋敷、お金もあり他の家庭より食材の融通が効く、ただここはファンタジー世界、足りない材料は試行錯誤していかなければならない。


 そして料理人、というか使用人全員と基本仲が良い私は、広い厨房の一部を包丁はアリサが握るという条件で貸してもらえた。



「先ずはスープから作りたいんだけど、分量はフィーリングでー」



 廃棄される鳥の骨を洗って出汁が出易い様に金槌で割る

 1リットルの水に入れて強火で沸騰、アクをすくって弱火で2時間、その間に私は歴史や魔法の勉強を、鍋はアリサに暇が出来たら様子を小まめに見てもらっていた。



 スープのベースとなる鶏ガラスープ試作1号

 小皿に移して味を確かめた。 



「白濁が薄い、ズズッ…ただの臭いお湯では…?」



 もう少し骨を煮た方が良いかもしれない、が、そもそもこの鳥の骨がスープと合っていない気がした。



「あ、臭み取りでネギと生姜とかと一緒に煮込まなきゃだった」



 麺は普段の食事にも出るので材料の問題は無い

 ただラーメンは細麺である、スープと絡む細さを確認する必要があった。


 小麦粉と卵で生地を作り、麺棒で伸ばして1mmちょっとの間隔でアリサが切ってゆく。茹でて麺の水を切り、かえしは無い為、鳥ガラスープに付けて啜ってみた。



「私のコネる力じゃ、コシが出ないね」



 私は不味くて味のないラーメンですら「ズズズズッ!」と下品な音で啜っている事実に心が満たされていった。



「お嬢様…コレがラーメンという物なのですか?」


「ハハハッ!不味すぎてドン引きしないでよ〜」



 アリサも味見をしたがなかなかの不味さに眉間を寄せていた。まぁ、今は試作段階で味の付いていない臭いスープ麺だから仕方ない。



 鳥の骨は他に自分で調達する必要がありそうだ

 調味料のスパイスとソースは厨房に豊富にあるのだが肝心の醤油が無かった。



「醤油を作りたいけども」

 


 醤油といっても、『濃口』『薄口』『溜まり』『白』『再仕込み』など風味や味は様々だ。


 でも私の目指すラーメンはスタンダートな濃口醤油で味を決めたい

 厨房の裏手に複数ある、お酒や漬物を保管する石室に足を運んだ。


 

「小樽もあるし保管場所は良さそうね。醤油の作り方は分からないから気合いで!」



 醤油の作り方を詳しく知っている一般人は少ないだろう

 CMとかで色々長期間熟成しているという事は知っていたので時間は掛かるが数を撃って当てる戦法で行う事にした。



__



『厨房』



「ほらアリサ!力を入れて生地を捏ねてちょうだい!」


「私がやってもよろしいのですか?」


「大人の力で強く捏ねないとコシが出ないわッ!ふにゃふにゃ麺はナンセンスよ!」



__



『街の精肉屋』



「ティア様、お久しゅうございます、店まで来られて一体どうされたので?」


「コカトリスの肉って売ってる?骨をスープに使いたくて」


「いやぁ、希少な肉は少しでも売れ残ると赤字なんで、ウチは取り扱ってないのですわ」



 執事が店の店主に綺麗なお辞儀を交わす。



「ハッケン様、宜しければエルドレット家と取引をなさいませんか?」


「取引…ですかい?」


「はい、ティアお嬢様は希少な氷魔法をお使いになられます、店に氷室が御座いましたら鮮度の落ちやすい精肉も比較的長期間お客様にご提供出来る様になります」


「それは氷が溶けやしませんか?」


「1トンの氷の部屋をご用意致します、2週間程は溶けません。また定期的にお嬢様が足を運び部屋を冷却致します。取引としましてお店の方でコカトリスの肉を仕入れて頂けませんか?仕入れた分は全てエルドレット家が買い取らせて頂きますので」


「う〜ん…ちょっと家内と相談してみますわ」


「爺や、後の細かい話は任せたわよ」


「かしこまりました」



__



『浴場』



「お痒いところは御座いませんか?」


「ないわー、極楽ですわー」


「では髪をお流ししますね」


「ねぇアリサ、海藻とかって取り寄せられる?」


「海藻ですか?海はここから遠いので流通は少ないかと」


「また私が動かなきゃかー、パパの手伝いも忙しいってのに〜」



 海苔は海藻をただ乾かせばOK!な訳がないよね…

 海苔って海外の人が食べているイメージあまり無いけど口に合うかなぁ。


 ナルトは魚のすり身だったよね、赤色は…花を煮出したら着色料っぽいのが出来そうかな?




『書斎室」



「パパ〜、お願いがあるの!港町の商人さん達とコネとかない〜?」


「え、ない?そうですか、えっと…どうにかなりません?」


「王様に頼むしかない!?いやぁー親戚とかは?」


「あっ。パパって寡黙だし友達少ないんだったね、うん。なんかドンマイ!」


「え…パパが王様に聞いてみるッ!?嬉しいけど大丈夫なのッ?」




__



『石造発酵部屋』



(1ヶ月)


「全部!ただの!塩づけ!」

「菌がいるわ!菌が!アリサ!手当たり次第いくわよッ!」



(3ヶ月)


「豆と塩だけじゃダメかぁ」

「こっちに色々入れてみよっか」


(6ヶ月)


「麦は必要ね、あと材料の比率がよくない…」

「部屋を区切って10個並行で試してみましょうか…」



(8ヶ月)


「薄茶色の水に浸かって泡が出てる!これ発酵でしょ!!」

「いやぁ現代知識最強ですわよ〜!」



(10ヶ月)


「終わりよ終わり、全部カビてお終いよ」

「湿気が多い、それとも温度?」



(12ヶ月)


「なんか甘すぎる…赤豆減らそ」

「こっちはしょっぱいッ!」



(20ヶ月)


 白豆に対して赤豆は3割、発酵草と炒った麦を入れる

 室内温度20〜25℃をキープ、換気を良くして暑い日は魔法の氷で室温を下げて8ヶ月間、毎日室内の様子を伺った。



「まろやかでコクもある…日本の市販品には及ばないけど、醤油という形にはなったわッ!!」


「お嬢様、おめでとうございます」


「アリサ、私の訳分かんない行動にずっと付き合ってくれてありがと…」


「いえ、私も最初は戸惑いましたが、お嬢様のやる気は伝わっていましたので完成して本当に良かったです」


「ア…アリサっ!」



 流石の私もその時は涙を流してしまい、アリサと抱擁し喜びを分かち合った。



__




「さぁ、ちゃんとしたラーメンを作るよ!」




 生地に塩を加え、寝かせて薄く延ばす、幅0.9mmの細麺に切り、1分20秒茹でる。

 コカトリスの骨2.5kgを軽く砕いて、根野菜、黄緑ハーブ2束、魚の干物を2匹を入れて水9リットルで8時間程煮込む。そして丁寧に濾して黄金色の鶏がらスープを完成させる。


 かえしは醤油をベースに

 甘蜜、酒、魚の出汁、少量の胡椒と香味油を調合、鶏がらスープとかえしを12:1の比率で器に注ぎ入れる。(300ml、25ml)



「後は具材を乗せるだけ!」



 熱々のスープに麺を入れて整える。表面を炙ったチャーシュー2枚、斜め切りの白ネギを盛る。メンマの代わりにゴボウに似た野菜を細切りにして醤油に漬け込んだ物を乗せ、赤の渦巻きが入ったナルト、醤油で一晩漬けた半熟卵を半分に切り添える。


 最後に丼の縁にパリッとした海苔を立てて私の醤油ラーメンはついに完成した。



「アリサ、これが本当のラーメンよ、食べてみて」


「良い香りですね、それに具材も沢山です」



 アリサは胸の前で祈る様に手を握った後、前髪を髪を耳にかけて匙でスープをすくい口に運んだ。



「これは…私の口で表現するのは難しいのですが、とても美味しいです」



 今度はフォークでクルクルと麺を巻き取り口に運ぶ、アリサはスープと麺、交互にその動作を繰り返した。



「ほっ…お嬢様がラーメンに執着していた理由が分かりました」



 アリサは頬を赤くし、器を持って満足げな表情で上を向いていた。



「でしょー?まぁ私はもっと濃い味付けが好きだけどね」


「お嬢様はお食べにならないのですか?」


「勿論食べる!私はかえしの量を増やしてっと」



 麺をチャッチャッと湯切りして先程の工程と同じように醤油ラーメンを作った。



「いただきますッ!」



 ズズズズズズッ‼︎



 コクとキレのあるスープが麺とよく絡み醤油の風味が颯爽と鼻を抜ける。

 柔らかいチャーシューが食欲をさらに刺激し、漬け込んだメンマ風の野菜やネギがシャキシャキと食感を楽しませる。スープに浸した海苔を麺と一緒に包み啜れば、脳汁が放出され多幸感に包まれた。



「んんッ〜〜!!コレよ!コレ!まさに採算度外視の貴族ラーメンッ!材料費を考えたら死にたくなるけど…」



 ここまで出来たら次に豚骨ラーメンも作りたいが、豚の骨を煮ると臭いが充満する為、また準備が必要になってくる。

 それに豚骨ラーメンは万人受けするラーメンではない、まずは醤油ラーメンの完成をアリサと喜んだ。



「これほど美味しい料理でしたら貴族の間でも話題になるのでは?」


「まぁラーメンは私の趣味みたいな物だしね、今は家のみんなが食べてくれたらそれでいいかな?」




__




 私はパパの仕事場の書斎室にワゴンで運んだラーメンと一緒にやってきた。

 この日はラーメンを持ってくると言っていたので、机の上は綺麗に整頓されていた。



「パパ!やっと私の愛したラーメンができたよ!」


「よく別世界の料理を完成させる事ができたな」


「2年近くかかったけどね、ほら、冷めないうちに食べてみて」



 パパは胸の前で手を握った後、誰が見ても美しい所作で食事を始めた。



__




 ラーメンという初めての料理を口にする所を笑顔で見つめている私の娘ティア。

 髪の色以外は亡くした妻と瓜二つの容姿、楽観的でよく話しかけてくる性格ですら生き写しを見ているようであった。


 だがティアは違う世界の住人の魂が宿っているという、前世について話は聞かないが、この世界で伯爵家の女として産まれたからには、嫁いで貴族間で縁を結ぶ道具でしかない。


 男児であればエルドレット家の相続の為、息子に心血を注いで成長を見守っていた事であろう。だが出産と同時に亡くなった妻が遺した娘に、私がしてやれる事は何もないと思っていた。



「悪くない…」


「良かった!やっぱりラーメンの美味しさは世界共通だったんだ!」



 味など些細な事だった

 娘が父に料理を振る舞う

 そんな事で…私の冷えた心の中で、暖かい何かが広がっていくのを感じた。




__




 それから数ヶ月後_



「ラーメンをセイン王子に作る…?」


「そうだ、海岸の商人の件で王に理由を話した時から、ティアの作るラーメンに興味を持ったらしい」


「口に合わなかったら不敬罪とかになったりとか…」


「そんな事にはならない、元より婚約者の顔の見せ合い、言葉遣いにだけ気をつければいい」


「パパ!拒否権はありますか!」


「無い、ただし王子に婚約を取り下げてもらえれば、結婚はしなくていい」


「え!結婚しなくて良いのッ!?」


「それは王子次第、己の真の言葉で王子に伝える事だ、わざと嫌われる様な事はエルドレット家の名に傷が付くと心せよ」


「了解しました!」




__




 ノベルゲーム

『聖女の愛と星の王子』



 攻略対象の1人「セイン・アストラル」王子



「記憶が薄れつつあるなぁ、どんなストーリーだったっけ」



 たしかティアの独占欲に嫌気が差していたセインは、学園で出会った魔力を持った平民の主人公と親密な関係に成っていく。それに嫉妬したティアは主人公を虐めて国外追放…みたいなストーリーだったはずだ。



 騎士団長の息子、商人の息子、王子の親友

 他の攻略対象は確かこんな感じだった。



「明日、王宮でセイン王子にラーメンを振る舞う事になったから、アリサお願いね」


「分かりましたお嬢様」


「なんか緊張してきた…アリサ、今日は一緒に寝てくれない?」


「ふっ、お嬢様もまだまだ子供ですね」


「初王宮だよッ!?他の貴族っ子達とは比べ物にならないって!」


「はい、今日は横にお供致します」


「アリサって意外と度胸あるよね…」



 その夜、アリサの生暖かい目を横目に私は眠りについた。



__



 馬車に揺られる事2時間、王都の中心にある王宮へ着き中へ案内された。



「ティア、この後は中庭でセイン王子と会食する予定だ、粗相のないようにな」


「分かりました、お父様」



 王宮の中庭に足を運ぶと自然をモチーフにした美しい内観になっており、王宮のメイドから席に案内された。テーブルの上には菓子が盛り付けられたトレイがあり側にメイドが数人待機している。



(当たり前だけど、周りのメイドに私のマナーを見られてる)



「ティア様、セイン王子が来るまで少々お待ち下さい。」


「はい」



 周りのメイドの視線を背後に感じながら、程なくして王子が中庭へやって来た。

 爽やかな甘い顔の金髪の少年、ゲームでは王道の王子様と言える姿だったのでその様に成長するのだろう。



「待たせてごめんね、僕は第一王子セイン・アストラル」



 私は直ぐに立ち上がり、ドレスの端を摘みカーテシーを行った。



「セイン殿下、ご挨拶申し上げます、エルドレット家のティアと申します」


「ティア嬢ようこそ、さあ、席に座って」


「ありがとうございます、セイン殿下」



 メイドがティーポットをワゴンで運んで来ると、私に尋ねた。



「ティア様、紅茶をお淹れいたしますか?」


「お心遣い感謝します、ミルクティーをお願いできますでしょうか?甘めにしていただけると嬉しいですわ」


「かしこまりました、甘いミルクティーをお淹れいたします」



 王子は私とメイドのやり取りを微笑んで観察している。



「良い香りですね、ありがとうございます」



 私は優雅に見える姿勢を保ち、ナプキンで唇を軽く拭きカップをつまむ、ソーサーは置いたままスプーンも音を立てない様に混ぜ、スッと少量だけ紅茶を口に含んだ。



(肩が凝るなぁ…監視されて何飲んでるか味も分かんない…)



「ティア嬢、礼儀作法も大切だけど、この場は友人として楽にしてほしい、君達も下がってくれ」


「かしこまりました」



 数人のメイド達がこの場を去り、私とセインだけが残された。



「隠さずに言うと、僕は目を見たらその人の感情が分かるんだ」



 え?セインってそんな設定あったっけ!?

 推しは2周目に攻略した商人の息子だったから全く覚えてなかった…



「メイド達に緊張の色が見えていた、うん、珍しい」


「あの…殿下はその事を私に教えて大丈夫なのでしょうか?」


「そうだね、ティア嬢は僕に対して無関心、だったら僕から歩み寄らないと進展しないと思ってね」



 やばい!なんかバレてる!

 パパ!チート王子ですよこの子は!


(まぁ、主人公が言って欲しい言葉をずっと語りかけてくれる王子の整合性を取る裏設定だったりするのかも?)



「では、今回お招き頂いた婚約者としての顔合わせについてなのですが」



 私から破談の話はしない、あくまで王子からエルドレット家の娘は破談されたという事にしてもらう。私の悪評が少しは広がるだろうが、まだ私達は子供。噂も数年したら消えるだろう。

 

 それに感情を読めるなら、今回の婚約の件を望んでいないとセインは分かってくれる筈だ。



「ティア嬢、そう急ぐ事はないよ、僕の事はセインと呼んでほしいな」


「分かりました、セイン様」


「うん、僕もティアと呼んでも良いかな?」


「えっと…構いませんが」



 セイン君、まるで大人の様な余裕と落ち着きがある。

 英才教育の賜物ですかね…



「僕達は似た者同士だと思ってね」


「?」


「王族の第一王子、早く大人になる事を強要される立場であり、現に僕はそれを苦だと思った事は一度もないんだ」


「王族という重圧の中、セイン様はすごいと思います」


「すごいのはティアだよ、こうして僕と同じ目線で話してくれる」


「え?」


「普通という言葉は使いたくないけど、他のお嬢様は恋慕の感情、花や服の話しが多くてね」


「お茶会などは私もその様な話題しか上げませんが…」


「異性との会話だよ、だから普通の会話を楽しめそうな、ティアと友達になりたいと思ったんだ」


「では!友人になる代わりに婚約は無しという事にして頂けないですかッ?」


「ごめん、婚約は父上が決めた事、余程の理由が無いと厳しいと思うな」


「あ…そうですよね…」


「ティアはそんなに僕の事が嫌いなのかな?」



 セインが嫌というより、大変そうな王族に嫁ぎたくない。

 前世で敷かれたレールの上で働き、そのストレスからラーメンに逃げて亡くなった私。人生2度目というのは案外生きる活力が湧いて来ないもので、理想はアリサにお世話されながら屋敷でラーメン生活であった。



「感情がお分かりになるなら私の本心をお話しします、私は家では怠惰で言葉使いも荒く、こんな取り繕った女ではないのです、ですので他のお淑やかな女性を婚約相手にした方が宜しいかと!」



 感情が読めるなら逆手に取って、これが本当の事だと分かるはず

 私はズボラ女なのだよ!さぁ幻滅したまえ!



「ふむふむ、僕は相手に顔と階級なんて関係ないと思ってるけど、ティアは面白いね」


「へ?私に何か期待されても困りますけど…」


「時間はあるからね、まずは友人って事でよろしく」



 私の前に出されたセインの手。

 友人として交流するのは問題無いし、私の真の姿を見れば『この女は婚約者として無いな』と思ってくれる可能性は高い。

 

 お互いの小さな手で握手して、私は透き通ったセインの赤い瞳を見つめた。



「そうだ、僕はティアが考案したラーメンという料理を楽しみにしていたんだ」


「お口に合うか分かりませんよ?」


「僕の自慢できる所は嫌いな食べ物が1つもない事だからね」



 胸を張り自慢げに語るセイン

 初めて見せたセインの年相応の言葉と笑顔に私は少し安堵した。



(セインに子供っぽい所があって良かった、子供が教育で染められるのは可哀想だからね)



 しばらく筒が無い会話をした後に、アリサが完成した醤油ラーメンを運んできた。材料も全て氷で冷やして持ってきた為、品質は問題ない。



「セイン殿下、こちらがティアお嬢様が考案されましたラーメンで御座います、お熱いのでご注意して下さい」



 毒味の方が色々検証した後にセインの前に熱々の醤油ラーメンが出された。



「これがラーメン、想像を超えて美味しそうだ!」



 箸でズズズッと啜って欲しいなぁ

 なんて考えながらセインの行儀のいい食事を、お菓子を摘みながら見ていた。



「ふぅ〜…具材が沢山あるのに、全てスープと調和してる!」


「お口に合いましたでしょうか?」


「ふふ、僕が食べてきた料理の中で1番美味しかったと断言できるよ」


「それは良かったです、ではお父様がお呼びになっていますので」


「ティア、またラーメンを食べさせてくれるかい?」


「えぇ、またお会いする機会がありましたら」



 カーテシーを行い廊下にいるパパの方へ向かおうとした瞬間

 肩に手を置かれ、耳元で囁かれた。



「ティア、今度は僕が君の家に行くよ、お父様にもよろしくね」


「ひッ!?」


「アハハ、またね!ティア!」



 耳を押さえて振り返ると、笑顔のセインが手を振っていた。



「チッ、私の娘に唾を付けよって…」


「いや、パパの機嫌が悪くなるのは意味分からんって」



 こうして私の異世界ラーメン生活が始まったのであった。

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