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席替えの紙が黒板に貼られた瞬間、教室がざわついた。
「え、まじか」
「最悪〜」
「神配置!」
好き勝手な声が飛び交う中、大森は自分の番号を探す。
窓際がいい。
できれば前の方。
静かに過ごせる場所なら、それでいい。
(……あ)
視線が止まった。
隣の席。
そこに書かれていた名前を見て、ほんの一瞬だけ眉が動く。
——若井。
「お、隣だな!よろしく!」
紙を見終わるより先に、当の本人が声をかけてきた。
相変わらず距離が近い。
「……どうも」
短く返すと、若井は気にせず椅子を引く。
「大森さ、ここ数日見てて思ったんだけど」
嫌な予感がする。
「まだクラスに馴染めてない感じ?」
(…ああ、来た)
大森は心の中でため息をついた。
「別に、困ってない」
そう答えたのに、若井はなぜか納得していない顔をする。
「いやいや、そういうの強がりって言うんだぞ」
(言わない)
「昼も一人だしさ。俺らと一緒にいたほうが楽しいって」
(決めつけるな)
「……一人が楽なんだけど」
やんわり言ったつもりだった。
でも若井は、まるで聞いていない。
「まあまあ!席も隣だし、これも縁だろ?」
(縁じゃない。 ただのくじ運だ。)
親切なんだろう。
悪気がないのも分かる。
でも、大森にとっては全部、余計なお世話だった。
放課後。
若井は友達に囲まれながら、部活の話をしている。
「サッカー部、今日も走らされるわ〜」
「でも若井、うまいじゃん」
「まあな!」
笑い声。
楽しそうな空気。
大森は鞄を持ち、教室を出る。
(……やっぱり、住む世界が違う)
その方が、都合がいい。
近づかなければ、傷つかない。
期待しなければ、がっかりもしない。
そうやって今まで生きてきた。
「大森!」
廊下で呼び止められる。
振り返ると、若井が小走りで追いかけてきていた。
「明日さ、体育一緒の班だろ?よろしくな」
「……うん」
それ以上、話すことはない。
はずなのに。
若井は屈託なく笑う。
「そのうち、ちゃんと馴染めるからさ」
——違う。
大森は、心の中で静かに否定した。
(俺は、最初から馴染む気ない)
でも、それは言葉にならない。
若井は、そのまま手を振って階段を駆け下りていった。
一人になった廊下で、大森は立ち止まる。
(……本当に、余計なお世話)
家に帰ると、大森は真っ先に自分の部屋へ向かった。
制服を脱ぎ、机の上に無造作に鞄を置く。
窓は閉め切ったまま。
外の音が入らないこの空間が、一番落ち着く。
椅子に腰を下ろし、ノートパソコンを開く。
イヤホンを耳に差し込み、鍵盤に指を置いた。
——音を出す。
それだけで、世界が静かになる。
特別なテーマがあるわけじゃない。
ただ、浮かんできたフレーズを形にするだけ。
メロディをいくつか試しては消し、また打ち込む。
繰り返すうちに、頭の中が少しずつ整理されていく。
——そのはずだった。
『……馴染めてない感じ?』
不意に、昼間の声がよみがえる。
(……まただ)
大森は眉をひそめ、首を振る。
(関係ない)
鍵盤に視線を戻し、もう一度音を鳴らす。
でも、音がうまく続かない。
『昼も一人だしさ』
「一人が楽なんだけど」
言い返したはずなのに、
若井の顔が浮かぶ。
困ったような、でもどこか真剣な表情。
(…ったく、余計なお世話だっての)
そう思いながらも、指は止まったままだった。
再生中のループが、無機質に繰り返される。
(なんで、あんなに構ってくるんだ)
放っておけばいい。
そうすれば、お互いに楽なのに。
『そのうち、ちゃんと馴染めるからさ』
あの言葉を思い出して、
大森は小さく息を吐いた。
(……馴染む気、ないんだけど)
自分はこういう距離感が好きだ。
無理に輪に入らなくていい。
誰かに気を遣われるのも、正直苦手だ。
それなのに。
(なんで、覚えてるんだよ)
音を作るたびに、
なぜか若井の声が混ざる。
元気な声。
やけに近い距離。
勝手に心配して、勝手に話しかけてくるやつ。
(うるさい)
そう思うのに、
不思議と嫌悪感はない。
むしろ——
(……集中できない)
それが一番、腹が立った。
大森はイヤホンを外し、ベッドに倒れ込む。
天井を見つめる。
「……なんなんだよ」
独り言が、静かな部屋に落ちる。
別に、若井が悪いわけじゃない。
むしろ、親切なんだろう。
でも、その親切が、
自分の中に波を立てるのが厄介だった。
スマホが震える。
クラスのグループLINE。
スタンプと雑談が流れている。
その中に、若井の名前が見えた。
《明日体育だなー!》
《みんなよろしく!》
たったそれだけ。
なのに、胸の奥が、微かにざわつく。
(……だから、余計なんだって)
そう思いながらも、
通知を消さずに画面を伏せた。
もう一度、机に戻る。
鍵盤に指を置く。
今度は、さっきとは違うメロディが浮かんだ。
少しだけ、柔らかい音。
どこか落ち着かない、不完全な旋律。
「……これ」
無意識に、続きを打ち込んでいた。
音が重なり、形になっていく。
(……悪くない)
むしろ、今までより、少しだけ素直な音。
大森は、自分でも気づかないまま、
若井を思い出しながら曲を作っていた。
その事実に気づくのは、
まだ、ずっと先の話だ。
ただこの夜、
音の中に残った声が、
簡単には消えなかった。