随分と
長い夢を見ている気がする
ぼわぼわとした淡い光の中
自分は誰かに抱き締められていた
誰かの顔はよく見えない
周りの景色さえも、自分の姿も、
全てが遠い昔の出来事を思い出しているかのようにぼんやりと濁っていて
それが酷く心地良いことだけは理解していた
…自分は今、眠っているのか
夢を見ているのだから当然眠っているのだろう
でも、何処で?
というか自分は眠る前何をしていたんだ?
そんな疑問と共に、妙な焦りと不安が体を蝕んでいく
目覚めないと、
早く目覚めないといけない
そんな気がした
“…ねぇ、”
誰かの声が聞こえる
初めて聞く声
とても優しい声
“起きて”
そんな声に導かれるように
ゆっくりと、意識が浮上していった
目覚めるとそこは森の中だった
後ろにごつごつとした岩の感触がある
…崖下?
そして目の前には
「あ、ようやく起きた」
一匹の九尾がいた
気怠げに先程の台詞を口にして
行儀悪く煙管を持ちながら、攻撃的とも言えるような視線を此方に向けてきた
「…えっと…」
「ねぇ君。悪いんだけどそんな所で寝ないで貰える?そこ僕の定位置だから凄く邪魔なんだけど」
「えっ?…あ、はい、すみません」
定位置って何だよ
そんな突っ込みを抑えつつ、覚束ない足取りで立ち上がる
…少し癪に触った
こいつ性格悪い奴なんだろうな
初対面の人にこんな攻撃的なこと言うか?普通
大体こっちも気づいたら其処で寝てたってだけだし、そんな風に責められたとて…
「君は烏天狗?」
「…は?」
今この九尾何て言った
「俺が、烏天狗?」
「だってその翼とお面。どう見ても烏天狗にしか見えないんだけど」
恐る恐る後ろを振り返る
見覚えのない、六尺はありそうな黒い翼が、そこにはあった
驚きで声も出せずにいる自分を訝しく思ったのか
「…君、名前は?」
九尾はこんな在り来りな質問をしてきたけれど
「…えっと…」
…自分の名前が分からないだなんて、そんなことある訳ないのに
何とかして此処で目覚める前、自分が何をしていたのか思い出そうとしたけれど
目覚める迄の記憶が泥沼のように濁っていて思い出せない
自分は、何者なんだ?
「…あぁ、多分君は前世の記憶がないんだね」
冷や汗びっしょりの自分を気に留めることもせずに、九尾は軽い口調でそう言った
前世の記憶がない?
「烏天狗ってのは山とか森で死んだ人間の霊が生まれ変わったやつだから…君は元々人間で、此処らへんで死んで、それで生まれ変わって烏天狗になったってことなんだと思うよ」
…生まれ変わりだのなんだの正直意味が分からないけれど、取り敢えず理解したという体でいこう
「成る程…?」
「ってことは、君は行くとこがないってことだ」
九尾の無駄に綺麗な空色の瞳が、きゅっと細められる
不覚にもその美しさに胸がどきりと震えた
「此処らへんには妖怪を無闇矢鱈に祓おうとする人間はいないから、安心してくれて大丈夫だけどね」
「…そう、なんですか」
「敬語外しても良いよ。僕のことすっごく強い九尾だと思ってる?風起こすくらいしか脳がない雑魚九尾だから遠慮しなくていいよ」
あれ、なんか急に優しくなったなこの九尾
そんなどうでもいいことを考えていると、九尾が少しだけ微笑んでこう言った
「もし君が良いのなら、僕のところに来てくれない?」
「…え?逆に良いの?」
「うん。仲間の妖怪も人間もこの辺りには居なくて暇してたからさ、僕のお話相手になってよ」
ほんの少しだけ、九尾の瞳に寂しさの色が滲んだ
その寂しさを俺が埋められたら…なんて、変なことを思った
…この九尾、なんか何処かで会ったことある気がするんだよな
なんとなくその綺麗な空色の瞳には見覚えがある
口調はちょっときついけど意外と優しいし
この九尾と過ごすのも悪くないかもしれない
「…俺、話相手になるよ」
「いいの?」
「うん。一匹だけで生きてける自信ないし」
「…それもそっか。じゃあこれからよろしくね。烏天狗さん」
「あ、そう言えば名前教えてなかったね」
ふと気づいたのか、九尾は手をぽんと叩いてそう言った
「僕はほとけっていうの」
「…仏?九尾なのに?」
「あはは、僕もそう思う」
そう思うって…自分の名前をそんな風に言ってしまって良いものなのか
ほとけ、ねぇ…
「よろしく。ほとけさん」
「あぁ、さん付けしなくても良いよ。ほとけでもほとけっちでもいむでも何でもいいよ」
「いむって何?」
「ほら。仏って漢字を分解して、片仮名でイム」
「あ、成る程」
「君の名前はどうする?烏天狗さんでも僕は別に良いけど」
名前つけてあげようか?と言うほとけ
「ならお願い。烏天狗っていうのも不便な気がするし」
「…じゃあ、君の名前は」
「”りうら”ね」
告げられた平仮名三文字に、意味が分からないと言うように首を傾げる目の前の烏天狗
「りうら…って何?」
「適当に平仮名三文字集めたってだけ。じゃあ改めまして、これからよろしくね。りうちゃん」
「…何か釈然としないけど、こちらこそよろしくほとけ」
「ほとけって呼ばれんのなんかむず痒いなぁ」
「じゃあいむ。よろしく」
「ふふ、わざわざ変えなくてもいいのに」
「いむの方が呼びやすいから」
とても都合の良い夢を見ているだけかもしれないけれど
…もし、もし彼がまた帰ってきてくれたってことなら
今度は絶対
守るからね。君のこと
そんなことを考えながら
此方を見つめる緋色の瞳を眺めていた
二匹の出逢いを祝福するかのように
季節外れの赤菊が風に揺れていた
コメント
2件
大号泣すぎる😭(T ^ T) この展開は予想出来なかった✨ リクエスト答えてくれてありがとうございます♪ 絵も最高🫶🫰 全部が大好きです💞 神作ありがとうございました‼︎
ヤバいめっちゃ最高っ…!!🥹︎︎👍♡ こんな展開になるだなんて想像もしてませんでした!♪😊 この連載好きすぎます!ストーリーも、関係も、文字の表現の仕方とかもう何もかも好きですっ!🫰🏻💗 この作品マジで愛してます…(ᐡ o̴̶̷̥᷄ ̫ o̴̶̷̥᷅ ᐡ) 最後の絵もめちゃかわっ!!💘 こんな素敵な作品をどうもありがとうございます…🥺🥺💦 長文コメント失礼しました。( ՞ . .՞)"