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謎の人影――パワードスーツに身を包んだクリスさんを連れて、拠点へと戻った。
逃げ出そうとする素振りひとつ見逃さないよう、常に剣の間合いに押し込めるような位置取りで歩かせる。ちょっとでも変な動きをしたら即座に対応できる距離だ。
木と魔石で補強された即席の門をくぐると、見張りのハンターたちが一瞬ぎょっとした視線を寄越し、すぐに「あの人なら大丈夫か」とでも言いたげに気配を緩めた。そういう空気が、逆に背筋を伸ばさせる。
家に着くと、玄関先で待ち構えていた沙耶がこちらを見て、あからさまに眉を吊り上げる。
「あ、私たちを監視してた不届き者じゃん。流石お姉ちゃん、捕まえて来てくれたんだね」
「知ってたんだ。ここに来た時からずっと敵意を含んだ不快な魔力垂れ流してたからさ」
この辺り一帯の魔力の流れは、もうすっかり把握している。
そこに混ざる“異物”は目立ちすぎて、居場所を隠す気があるのか疑いたくなるレベルだった。
「妙に素早いし、うち等はココを離れられないんで泳がしてたんすよね」
七海が肩を竦める。
確かに、攻撃して追い払うだけならまだしも、捕縛となると手間が増える。拠点を空にするわけにもいかない以上、追いかけっこは不利だ。
「どうする? これ。煮る? 焼く? 刻む?」
軽口のつもりで口にした言葉に、スーツ越しでもわかるほどクリスさんの身体が強張った。
「……このパワードスーツには私の生命反応を常に組織に送っているわ。私が死んだらこの地域は危険とみなされて全力で潰しに来るでしょうね」
「冗談だよ。そんなに警戒しなくても……」
「お姉ちゃんの冗談は分かりにくいんだよ、真顔で言うし」
沙耶に即座にツッコまれて、内心ちくりと刺さる。
魔界での五年間は、冗談と脅しの境界が曖昧な環境だった。気づかないうちに、私の感覚もそっち側に寄ってしまっているのだろう。
――ちょっと、発言には気を付けないと。
「それで、私をココに連れてきて一体どうするつもり?」
クリスさんの声には、明確な警戒と、ほんの少しの苛立ちが混じっていた。
「――沙耶。後は任せた。カレン、その人が不審な動きをしたら動けないようにしちゃっていいや」
「ん、承知」
私がそう指示すると、カレンは眠たげに目を細めながらも、獲物を逃さない猛獣みたいな気配でクリスさんの後ろに立つ。
その横で、三人の小声が聞こえてきた。
「絶対何も考えてないっすよ」
「だよね、分かってそうな顔してるけど……」
「虫捕まえて見せびらかす猫みたいですね」
散々な言われようだった。
図星な部分もあるので強く言い返せないのが悔しい。
肩を落としつつ、私は一旦外へ出た。
冷たい空気が頬を撫でる。そのまま庭先で空を仰ぎ、気配を探る。
――いた。
六つ。高い空の一点で、魔力の微かな揺らぎと、機械特有の金属臭のような違和感が混ざっている。
地面に落ちていた小石を六つ拾い上げ、指の間に挟む。
深呼吸ひとつ。魔力で軌道を補正しながら、石を弾丸のように放つ。
パンッ、と乾いた音が連続して響いた。
空に浮かんでいたドローンが、まるで糸が切れた人形のようにバラバラと落下してくる。ひとつは私の上に落ちてきたので、軽く跳び上がって腕で受け止めた。
両手にずっしりとした金属の重み。
外装の側面には、どこかで見覚えのあるマークが刻まれている。
「……どこだっけ」
喉まで出かかっているのに思い出せない、もどかしい感覚に眉を寄せながら、ドローンを抱えて家の中へ戻る。
「……お姉ちゃん、今度は何を持ってきたの?」
「飛んでたから落とした。外にあと5機転がってるよ」
「ぜっ……!?」
クリスさんが、スーツ越しでも分かるほど大きく反応した。
ということは、このマークを見せれば、どこの手先か白状するしかなくなるだろう。
「みんな、側面にあるマークに見覚えは無い?」
テーブルの上にドローンを置き、マークを指差す。
「うーん……初めて見たなぁ」
「ウチも知らないっすね」
「私も分かりません……銃がフラスコ?の中に入っているようにも見えますが……」
どこかで、確かに見た。
けれどそれは、この時間軸ではない。記憶の奥底――「回帰する前」の自分の中に沈んでいる。
霧の向こう側にある映像を掴もうとするみたいに、そっと目を閉じて探る。
「あ、思い出した。『秘密の錬金術師たち《シークレット・アルケミスト》』だ」
「どうして組織名をっ!?」
クリスさんが、椅子ごとひっくり返りそうな勢いで身を乗り出した。
その反応で確信する。やはり、間違いない。
『秘密の錬金術師たち』――回帰前の世界で、いち早く魔石を利用した技術を確立し、モンスターに溢れた世界の中で巨大な影響力を持つようになった組織。
私の知っている未来では、表舞台に出てくるのはもう少し先、十数年ぐらい後だったはずだ。
つまり、今はまだ「暗躍中」の時期。表には出ていないはずなのに、もうこんなところまで触手を伸ばしているのか。
「『銀の聖女』……何故我々の組織名を知っている? 返答次第では……」
「どうするの? そういうセリフは相手が自分より弱い時に使うんだよ?」
睨みつけてきたクリスさんに、軽く微笑んで返す。
彼女の唸り声がスーツの中でくぐもり、やがて音を失った。喉まで出かけていた脅し文句を飲み込んだのだろう。
無意味な虚勢や駆け引きに付き合うつもりはない。
私の本音としては、この組織が持つ技術が正しい形で世界に広まり、誰もが命の危険に怯えず生きられるようになるのなら、それで構わないのだ。
険悪な空気が部屋を満たしかけたところで、カレンが大きなあくびをひとつ零した。
「ん。これ、中に魔法陣刻んである。認識阻害と座標送信……音の通達と、魔法陣が外気に触れると反応して爆発するやつ」
ドローンの外装をいつの間にか真っ二つにしていたらしいカレンが、興味深そうに中身を覗き込みながら言う。
魔法陣の線が淡く光り始めた――嫌な予感しかしない。
もしかしなくても、爆発の予兆だ。
「カレン!」
私は即座にドローンをひったくると、剣を一閃させた。
機械と魔法陣の刻まれた金属片が、粉雪のように細かく散る。
設置型の魔法陣には、発動できる最低サイズというものがある。
刻まれた図形をその境界以下まで細切れにしてしまえば、魔法は発動しない――これも魔界で身につけた知識だ。
「おぉ~……流石あーちゃん」
「爆発するならもっと早く教えてよ……危ないじゃん……」
「ん。善処する」
絶対にしないやつだ、と心の中でツッコむ。
ここ最近のカレンは、どこから仕入れてきたのか分からない妙な言い回しを覚えている。「善処する」「前向きに検討する」など、魔王の父親あたりが好みそうな逃げ文句だ。
粉々になったドローンの残骸を、小森ちゃんが箒とちり取りで丁寧に掃いて、ごみ箱に捨ててくれた。
「ありがとう」
「いえ……ゴミはちゃんと捨てないと、足引っ掛けますから……」
「ん、でも分かった。この魔法陣書いたのは魔族。一人、心当たりある」
カレンが顎に手を当て、じっと魔法陣の名残を見つめたまま言った。
「……へぇ」
「姉上。王位に興味を示さず、魔法とスキル、魔法陣の研究に没頭して行方知れずになってた変人」
そういえば、カレンは第二王女だった。
そのカレンをして「変人」と言い切らせるなら、相当な筋金入りだろう。
魔界と人間界の技術が、最悪の形で結び付いた結果が、このドローンなのかもしれない。
「悪いけど……敵に回りそうなら躊躇なく斬るよ?」
「ん。大丈夫。姉上は臆病で根暗だけど家族思い。私の居る方側に着いてくれるはず……ダメだったらあーちゃんを餌に釣る」
「おい」
聞き捨てならない物騒な案がサラッと出てきた。
けれど、魔石技術の出所が魔界だと分かっただけでも収穫だ。魔族由来の魔法陣なら、こちらにも対抗手段がある。
――だからこそ、クリスさんの扱いはここで区切りをつけておく。
「聞きたいことは、カレンのところを辿れば何とかなる。クリスさんは……釈放しようか」
まだ完全に信用したわけじゃない。
だけど、ここで拘束し続ければ、この拠点ごと「敵」と認識される可能性が高い。それは避けたい。
私はそう心づもりを決めて、改めてクリスさんを見た。
この荒れ果てた世界で、生き残るために、利用できるものは利用する――その覚悟を、静かに胸の奥に沈めながら。