テラーノベル
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季節は巡り、再び三門市に冷たい冬が訪れようとしていた。けれど、今年の冬は去年のそれとは決定的に違っていた。ボーダー本部内は、かつてない熱気と緊張感に包まれている。近界への遠征部隊を目指す隊員たちがしのぎを削る、遠征選抜試験が始まろうとしていたからだ。 影浦隊の作戦室で、絵馬ユズルは自分のアイビスのメンテナンスを入念に行っていた。パーツを一つずつ外し、丁寧に磨き、再び組み立てる。その一連の動作に迷いはない。ユズルの指先は、狙撃手として完全に仕上がっていた。
「ユズル、随分と気合が入ってるね」
ソファでポテトチップスを齧っていた北添尋が、のんびりとした声で話しかけてくる。ユズルは手を止めず、淡々と答えた。
「別に、いつも通りだよ。カゲさんたちは?」
「カゲは『めんどくせえ』って言いながら、光ちゃんに尻を叩かれて作戦を練らされてるよ。……まあ、お前が何のために遠征を目指してるかは、みんな分かってるからね」
ゾエの優しい、けれどすべてを見透かしたような視線がユズルに注がれる。ユズルは少しだけ気まずそうに視線を落とした。影浦隊の仲間たちは、ユズルが密航した鳩原未来を追いかけたいと思っていることを知っている。それを咎めることもせず、ただ「お前の好きにしろ」と背中を押してくれている。その温かさが、今のユズルの支えだった。
みんな、優しいな……
ふと、そんなことを思う。かつて鳩原が「ユズルは優しいね」と言ったときのことを、今なら少しだけ違う意味で捉えられる気がした。あのときの彼女は、優しすぎるがゆえに、誰にも頼れず、一人で境界線の向こう側へ行ってしまった。傷つけたくないからと、ユズルを置いていった。
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。 画面を見ると、以前鳩原と一緒に撮影した、他愛のない写真が保存されているフォルダが目に留まる。コンビニの前で、肉まんの湯気に顔を顰めるユズルと、それを見て楽しそうに笑う鳩原の姿。
『いつか、ユズルと一緒に遠征に行けたらいいな』
あの日、彼女が呟いたあの言葉。当時は、自分を安心させるための嘘だと思っていた。自分を置いていくための、その場しのぎの慰めだと。けれど、遠征選考という本物の戦いを目の前にした今、ユズルの心境は変わっていた。
あの言葉は、嘘じゃなかったのかもしれない
彼女だって、本当は怖かったはずだ。
ボーダーを裏切り、一般人の協力者を巻き込み、正解かどうかも分からない暗闇の世界へ飛び込んでいくことが、怖くないはずがない。 「一緒に遠征に行けたら」という言葉は、彼女の本音であり、叶わなかったからこそ、彼女が置いていってしまった一番大きな心の中の忘れ物だったのではないか。もしそうなら、残された自分がすべきことは、ここで立ち止まって泣くことではない。
「……待っててよ、鳩原先輩」
ユズルはアイビスをしっかりと組み上げ、その銃身を強く握りしめた。ユズルが生きるこの世界には、トリガーがあり、ボーダーがあり、近界へと繋がる門がある。切ない未練で終わらせるつもりは、毛頭なかった。逢えない時間を嘆く暇があるなら、その距離をゼロにするために、物理的に壁をぶち破って進むだけだ。
「どこかで元気でいてほしい、なんて、綺麗な綺麗事で終わらせない」
ユズルは立ち上がり、アイビスのケースを肩にかけた。
「オレが、あんたを直接見つけ出す。見つけて、思いっきり文句を言ってやるんだ」
なぜ何も言わずにいなくなったのか。なぜ自分を信じてくれなかったのか。そのすべての答えを、彼女の口から直接聞くまでは、絶対に諦めない。
作戦室を出て、本部の長い廊下を歩く。窓の外には、夕暮れ時の三門市の街並みが広がっていた。あのなだらかな坂道も、二人が通った古いトレーニングブースも、ここから一望できる。かつては彼女の広い歩幅に追いつけず、半歩後ろを必死に付いていくだけの子供だった。けれど、今のユズルの足取りは、力強く、真っ直ぐだ。もう、彼女の背中を見失うようなことはない。遠征艇に乗って、星の海の向こう側へ。 そこがどれほど暗く、危険な世界だとしても、ユズルの中にある狙撃手の眼は、すでにターゲットを捉えている。
「行くよ、鳩原先輩」
ユズルは前を見据え、選考試験の会場へと向かって一歩を踏み出した。君が置いていった忘れ物を、この手に取り戻すために。君が広げた歩幅の、そのさらに先にある未来へ。
オレは、いつかじゃなくて、今から、あなたに逢いに行く。
冬の冷たい空気を切り裂くように、絵馬ユズルの真っ直ぐな意志が、本部の廊下に響く足音となって力強く刻まれていった。
夜桜スピカ
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コメント
3件
第3話、読み終わったよー!ユズルの心境の変化がすごく丁寧に描かれてて、胸にくるものがあった…。特に「あの言葉は嘘じゃなかったのかもしれない」って気付くシーン、あれはグッと来たな。過去の記憶を新しい視点で捉え直すって、成長した証拠だよね。ラストの「いつかじゃなくて、今から逢いに行く」って台詞も熱すぎる🔥 アイビスを握りしめるユズルの決意、応援したくなるわ。続き、めっちゃ気になるー!