コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
注意事項1話参照
「場地さんッ!肉まんありますよ!」
「寒くないスか?場地さん。」
「オレ、場地さんの煙草の匂い好きです。」
「場地さんいつも吸ってるけど、煙草って美味いンスか?」
犬だ。千冬は犬。道路の向こう側にいようが学校の窓から見つけようが関係ないと言わんばかりに、オレを見つけた途端「場地さァァん!!」とブンブンと手を振り叫ぶのは軽く迷惑である。オレだって人なりの羞恥心はあるんだ。
1回ノド壊さねぇか心配になってのど飴あげたことがあるが、途端にパァァと顔を輝かせ「オレは子供じゃねェっスよ〜」とか照れくさそうに受け取っていた。色々違う。まずテメェはガキだろ。
ただオレの気になる所はそこじゃねぇ。いや、改善できるなら善処して欲しいが。
どうやら千冬は圭介のことを場地さんと呼んでいたらしい。オレは圭介じゃねぇんだ。満開の笑みもオレに対する隈ない気遣いも、ちょっとした感情の変化にもすぐ気づくのはオレが圭介の兄貴だからってだけであってそれ以外の何物でもない。あれから圭介の幼馴染だっつーチビと話し合って、東卍は辞めないと言い出したがどの道アイツが着いていくべきなのはオレじゃねぇだろ。
千冬が圭介に対して抱いていた感情はきっと、尊敬だけではない。よくある遺愛だとか、そういうのではないことは理解している。ただ、たまにオレを見ては切なそうに笑う姿をみるとどうしても胸のモヤモヤを隠しきれなかった。
「千冬ぅ。オレは圭介じゃねぇンだ。」
結んでも跡のつかないサラサラの黒髪。上がった目尻に、笑うと見える八重歯や照れたときに髪を耳にかける仕草まで何もかもが大好きな人にソックリだった。
初めて敬語を使った人。あの時からオレの憧れで、目標でもあり尊敬していた。それに、それ以外の感情があったことも自覚していた。「千冬ぅ」とオレを呼ぶ声も、わしゃわしゃと頭を撫でてくれるゴツゴツしたデカい手も全部覚えている。覚えているから、どうしても重ねてしまう。
「千冬ぅ。オレは圭介じゃねぇンだ。」
今日もバーガー片手にだべっていたら困ったように言われ、思わず笑みが引きつった。そんなン、オレだって分かってるっスよ。最初、「圭介はもう死んだんだ」って言われた時から、場地さんはもう居ないんだって、心地よく低い声でオレの名前を呼んでくれることはないんだって知っていた。
それでも、その声で場地さんと同じように呼ばれると、どうしても柊介さんじゃない誰かに呼ばれた気がしてしまう。
「分かってますよ。柊介さんでしょ?」
「ならそう呼ぶンじゃねェ。そうやっていつも駆け寄ってくるのも分かんねぇ。」
「場地さんのお兄さんだから…。」
「それだけだろ。オマエにとってそれ以外のなんでもないんだ。もうやめろ。」
多分オレは、身勝手にこの人を傷つけてしまったんだと知った。顔は困ったような笑顔だけどきっと怒っている。1年とはいえずっと一緒にいた場地さんのことはよく理解しているつもりだったし、怒ると場地さんは本人も気づかない内に爪をいじっているから。
そこまで考えてはたと気づいた。なぜオレはこの人と場地さんをここまで重ねてしまうんだろう?10コも違う兄弟なら、顔が似ていても内面の幼さや大人っぽさぐらい見分けられるだろ。「千冬ぅ」って呼ぶのが悪いんだ。無自覚ならなおタチが悪い。
「柊介さん?」
「それでいい。」
すると満足そうに髪を耳にかけた。僅かに口角が上がっている。あ、機嫌直ったんだ。
そう思ってまたバーガーを口に運ぶ。今日は特別腹が減ってる訳じゃなかったけど、柊介さんが頼んでいたから同じ物にしてみた。結構美味かったからまた来たらコレにしようと思う。
「つかオマエ、食うの遅くね?オレもう無いんだけど。」
「柊介さんが早すぎるんスよ。」
「あー…そりゃ怒ったら腹減るだろ。千冬、ペヤング好き?」
一瞬、時間が止まったかのような気がした。
オレの名前を呼ぶ懐かしい声が脳裏に浮かぶ。けど、目の前のこの人はオレが憧れたあの人ではなくて、どちらもただ一人しかいない人だったから、そう思った。
好きです。そうやって気まずそうに目を逸らす貴方が、好きなんです。