テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
めあ
109
花丸満点
3,068
鮮やかな夕焼けが見える時のことだ。俺の横の座席で、バスの揺れと共に頭が揺れている彼は、いつの間にか眠ったように瞼を伏せている。
「…ライ、寝たか?」
「いや、おきてる……」
朧げな滑舌と、声をかけても瞳のマゼンタ色が見えない時点でほぼ寝たようなものだろう。床に落としそうで危ない電子機器を回収し、まだ駅まで遠いため寝てもいいと伝える。別に肩くらい使ってもいい、と話す最中で遠慮なく肩に重み乗せたところを見るに、余程お疲れだったのだろう。
ここまで伊波ライが眠たげにしているのはかなり珍しかった。
今日は高校で新入生を迎えるための準備をする日だった、と言っても2年生の俺たちは会場準備のみで、本当に大変だったのは生徒会の人達だ。疲れでサボり始める生徒たちをまとめ上げ、広い学園の隅々まで汚れや装飾の確認をしつつも入学式のリハーサルの司会もしなければならない。伊波もその生徒会に所属しており、普段何でもそつなくこなす彼が目を回しているところを星導とカゲツで笑ってやったことは記憶に新しい。
結局準備は朝から午後の三時まで終わらず、帰れると思っていた想定の時間よりずっと遅くなってしまった。帰り道は殆ど話さず、バスに乗ればすぐに寝落ちたライに何処となく違和感を感じていた。なんとなく大体を知り尽くしたつもりだったが、見たことがない部分を垣間見てはここまで新鮮に映るものなのか、ふと疑問を覚えてしまう。
伊波を中心に、視界の端に馴染みのある景色が忙しく流れていく。そろそろ俺たちが降りる場所だと気づけば、大人しく寝かせていた伊波を起こす作業に取り掛かった。
「……ライ、駅着くぞ」
声を掛けても動く様子はない。体を揺らし、ようやく夕焼けの朱色を写した目がうっすらと見えた。
「…オレ、寝てた?」
「おん、ガッツリやね」
回収したスマホを渡すなり、がた、とバスが大きく揺れ、目的のバス停で停まったことを知らせた。運転手のお爺さんに軽く礼をしてバスを降りて、固まった体を伸ばす。風は全くと吹いていない。
「あーあ、ほんと疲れた…ねえ、今日どうすんの」
どう、と言われても。毎週水曜日、予定が空いていればどちらかの家で遊ぶという暗黙の中にある約束はいつからだっただろうか。少なくとも5年は遊んでいるが大して厳粛なものというわけではなく、眠たいから今日は遊ばないと伝えば軽い文句の後でおやすみと返ってくるような程度のものだった。
「お前、疲れてるんじゃなかったのか」
定期入れを取り出して駅内に入れば、もう十分で来るだろう電車を待つ。周りには学校で見たような気がする顔も居れば、違う制服の人も、スーツを着た人も、それぞれがスマホを取り出しては無言だった。どこからか聞こえる雑音によって、なにも聞こえないことは無かったが。
「いや、ちょっと寝たし大丈夫でしょ」
「…そ」
本人が言うなら、と出しかけた言葉を飲み込んで今の時間を確認する。電車が来るまでの六分間をなぜかスマホで時間を潰す気分にはなれず、この1年で見飽きてしまった背景を見ることにした。
___
「…お邪魔しまーす…」
「……ふっ、」
「お前今ぎこちないなーとか思っただろ」
「いや別に?」
他人の家で『お邪魔します』と言うことが慣れないだけで、もはや第二の家とでも言える程度にはここに通っている自覚はある。慣れた足並みで洗面所で手を洗い、ライの部屋に入る。部屋の隅にバックを置けば、どこか枷が外れるような感覚がした。麻色のカーペットが敷かれた床に座って体の力を抜けば、ダル、と体勢が崩れ、ベッドにもたれかかる。
「ねえ、一応ここオレんちなんだけど?」
「悪かったか?何回も制服のままベッドに乗ったことあんだろ」
「……そういうことじゃない」
ふい、と顔を背ける伊波に思わずニヤけるが、別に今日はそういうことをしにきた訳ではない。
バッグから携帯ゲーム機を取り出して見せつければ、不機嫌そうな顔をしつつも棚に向かうライ。
「…顔ウッザ」
「はは、悪い」
ちゃぶ台ほどの高さの机を対面するかと思えば、当然に俺の隣に乱暴に座ったので笑いが込み上げた。かなりパーソナルスペースは狭いライだが、触れる肩も、遠慮がなくぶつかった膝も、俺相手だけだ。良くない独占欲だという自覚はあれど、それに浸って悪いことはないと思っているので。
「あー、やっぱ気分変わってきたかも」
携帯ゲーム機を片手に、すぐそこの首筋に鼻を寄せる。制汗剤特有の匂いと、それでもぬぐえない汗臭さに視界が細くなる。が、それも一瞬で突き飛ばされ阻まれた。耳を赤くしながら睨まれても怖いわけがない。
「……帰れ」
「すまんすまん、ゲームな?」
元の場所に戻ると、明らかに距離を置く様子には残念だが、いつの間にか直っていることだろう。
「……ボコボコにする」
「ふ、上等」
「ッッシャア!!!今のは上手いでしょ!?」
「は〜〜…お前は手加減っていうものをさぁ?」
「てめーから喧嘩売ったんだろうが!!!」
画面内での殴り合いに没頭すること凡そ数時間、ようやくライが満足したようでお手洗いに出かけた。時間を確認するとどうやら3時間経っていたらしく、秒針は7を指している。そろそろ帰るか、そう考えてライに伝えようとして、丁度軋みを鳴らしたドアの方向を見て固まってしまった。
「…なんだその、顔」
「……今、顔出てた?」
「何年お前といると思ってんだよ…。なに、ライくんはまだ帰ってほしくないって?」
「…ウッザ…」
俺が時計を見た時、ほんの少し、ほんの一瞬だけ寂しそうに見えたのは間違っていなかったようだ。両腕を広げてやると、不服ながらも正面に座ったライは頭を肩にぐりぐりと押しつけていた。こんなに甘えを表に出すライも珍しい。やっぱ疲れてたんだろうな、と頭を撫でると気持ちよさげに力を抜くから、ライが寝入るまでここに居てやるかと考える。
「…帰んなくていいのかよ……」
「ん〜?ライの家いるって言えばまだ許されんだろ」
「そ…」
とはいえ親に連絡しなくてはならないので、SNSで数行だけを送りつける。そうすればスマホはもう用済みで、適当にテーブルに置けばあとは彼を甘やかすだけだった。
うつらうつらとしている伊波に何かを話しかけるのは酷だろうと、様子を見つつ手を髪の流れに沿って動かす。今ならばキスも許されるか、考えては跳びはねた黒髪に唇を添えた。ピク、と肩は動いたが他に反応は無いので問題はないだろう、頭に顔をうずめては息を吸う。どこか安心するいつもの匂いだった。
「……ねむい」
「寝ろよ、俺なら勝手に帰ってるし」
「…もったいない……」
「じゃあまた明日来るよ」
「………はらたつ」
時計の秒針が機械的な動作が数回、そして怠そうに顔を上げる。いくらか血色が良くなっている頬に空いていた片手を添えると、手に頬を擦りつけるものだから可愛がりたくなる。
「…一回だけ、いいか」
「…ん…」
はっきりと認識できるほどに上がったまつ毛が涙袋に影を作る。男にしては珍しいほどふっくらした唇をなぞった。音もなく、一瞬触れる。ずっと慣れずに少し顔がくしゃりとした様子に、きゅう、と胸が苦しくなった。目の前の男は目をつむったそのまま、俺に倒れ込むようにして、規則的な息をする。もう限界だったのか、無理をして起きていたのか、遊び疲れた子供よろしく熟睡をしてしまった。それがどうしようもなく愛おしく思えて、このまま一瞬に寝てしまいたい気持ちと格闘する。ああでもこのまま寝たらライの体が痛くなるか。そう考えて、慎重に体を動かす。完全に脱力している人間をなんとかベッドに寝転がらせ、毛布をかける。先ほど毒を吐いていたとは思えないほど和らげな寝顔を晒していて、思わず笑ってしまった。
結局俺は時間も忘れライの様子をなんとなく眺めている内に寝落ちてしまったらしく、ライの母親が申し訳なさそうに俺を起こしにきた時には10時を回りかけていた。勿論怒られたが、小っ恥ずかしそうにするライを見れただけでプラスだな、と聞き流していた結果ライにも刺されたのはまた別の話で。
コメント
1件
この第1話、めちゃくちゃ良かった…!!💕✨ バスで眠るライくんに肩貸すとこから、家でのゲーム対決、そして寝るまでずっとそばにいる甘やかし方がエモすぎる😭💘「もったいない」って言うライくんに全力で「わかる〜〜!!」ってなった。そっと髪にキスするところとか、もう愛おしさが溢れすぎて胸が苦しいよ…。続きもめっちゃ気になる!早く読みたいな〜⋆♡