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馬車に揺られること3週間あまり。やっと王都に入った。
ルシアナがカチコチに凝り固まった身体を上下にググッと伸ばして深呼吸すると、モニカから「コラッ」とでも言いたげな視線が送られてきた。
「もうお尻と腰が限界だわ」
「2日後には王宮に着くそうですよ。あと少しの辛抱です」
窓から外の街並みを伺うと、王都の外れとは思えないほど道は綺麗に整備され、家が立ち並んでいる。街道沿いにはアーモンドの木が植えられていて、愛らしい淡いピンク色の花が春の訪れを告げていた。
ルシアナが故郷のルミナリア公爵領を発ったのは、まだ雪と雨が混じり合う季節だった。王都へと南下してきたので、随分と暖かく感じる。
ルシアナはあとひと月もすれば16歳になる。
この国では通常16歳で社交デビューを果たすのだが、今回ルシアナが王都へ向かっている理由はデビュタントボールへ参加するためではない。
王女から仕事を仰せつかったから。
ヘアケア製品の開発と普及をはじめてから3年半。ルシアナ印のヘアケア製品は、アルベリア伯爵夫人の強力なバックアップもあって、瞬く間に広まった。
生産量を増やす為にリンゴ農家や加工所、それから運送屋に商会など、ルミナリア中がてんてこ舞いで、嬉しい悲鳴をあげている。
そして髪型についても、同じことがジワジワと起こりつつある。
理容師ギルドを通じて今までにないカット方法や髪型が広まり、ルミナリアに住む民の髪型は皆一様ではなく個性的になった。
初めは変わった髪型だと奇異の目を向けてきた人たちも、オシャレに興味のある若い女性達を中心に広がりをみせ、今では領地外からわざわざルミナリアの美容室までカットしに来る者までいるそうだ。
このルミナリア公爵領から始まったヘア改革の立役者、ルシアナの名は社交デビュー前から世間で知られる事となり、とうとうその名が王室にまで届いたらしい。
――今からひと月ほど前。
王女のサインが施された手紙がルシアナに届き、家族一同で小首を傾げた。
いくらルシアナの高祖父が王弟だったからといって、王女との親交など一切ない。
「王女様からの手紙だなんて何かしら」
「デビュタントボールの招待状じゃないのかい?」
「あなた、デビュタントボールの招待状は王妃様から届くのよ。それに招待状ならとっくに来ているわ。ね、ルシアナ」
「ええ、既に参加のお返事は出しましたわ」
「とにかく開けて読んでみたら?」
姉に促され封を開けると中から出てきたのは招待状ではなく、お願いの手紙だった。
「なんて書いてあるの?」
良くない報せかと不安げな顔で聞いてくる母に、肩を竦めてみせる。
「王女様が婚約発表をなさるパーティーの前に、わたくしに髪の手入れをして欲しい。との事でしたわ」
「あら! ルシアナの話しがとうとう王室にまで届いたのね!」
「ルシアナ、どうするの?」
興奮気味の母に対して、姉は落ち着いた声で聞いてきた。
「王女様の頼みですもの。もちろん行きますわ。それにこの仕事を成功させれば、ルミナリアは最先端のオシャレを発信する街として知られ、更なる販路の拡大に繋がるでしょう?」
「はっはっはっ、ルシアナには頭が上がらないよ。全く」
――という訳でルシアナは、王女の婚約発表の前準備の為、侍女のモニカを連れて王宮へと向かっている。
「ケイリー様はよくもまあ毎年、こんな思いをして避暑になんて行きますわね。王都ってそんなに暑いのかしら」
「それもあるとは思いますが、各地を見て回るという意味合いもあるのでしょうね」
「ふぅん。でもここ何年かは、アルベリア伯爵様の所へは行っていないのでしょう?」
「そうらしいですね。やはりあの事件がありましたから、身の安全を考えるとおいそれと遠出する訳にもいかないのでしょう」
「そうよね……」
あの事件とは、4年近く前にケイリーがルミナリア公爵領へやって来た後の出来事。運悪くドラゴンに襲われたケイリーは大怪我を負ったものの、一命を取り留め回復したらしい。
幸い後遺症などもなく元気にしているとケイリーから返事の手紙を受け取り、その後も年に数回、季節の挨拶みたいなごく簡単なやり取りだけ続けている。
ルシアナが王宮へ行くことは知っているかもしれないが、一応出発前に手紙は出した。返信が来ても移動中のため受け取ることは出来ないけれど、王宮へ行けば会うことくらいはあるかもしれない。
「ベアトリス王女様ってケイリー様と双子なのでしょ? やっぱりケイリー様に似てお綺麗な方なのでしょうね」
ケイリーは中身はともかく、外見に関していえば欠点などまるでない、完璧な造形物のような少年だった。
あれから4年近く経つので、今はもう17か18歳だ。少年ではなく青年となり、数々の女性を虜にしている様がありありと浮かんでくる。
「ベアトリス様も大変な美女だと聞いております。猛アプローチをされた末に、とうとう王女様が折れたのだとか」
「ふふっ、そんなに愛されて嫁ぐというのは羨ましい限りですわね」
「お嬢さま、他人事ではありませんよ。もう16になるのですから、そろそろ御結婚も視野に入れませんと」
「はいはい」
ウィンストンの件があってから、ルシアナの中で結婚に対する期待とか夢とか、そういったピンク色のほわほわーんとしたものは一切なくなってしまった。
結婚相手はあくまでビジネスパートナー。このまま一生恋を知ることなく、仕事に生きることになるかもしれない。
「そんなことよりも、理容師の件について考えてみたのだけれど、ルミナリア理容師ギルド認定制度を設けるというのはどうかしら? 認定店にはお店に看板を下げてもらうとか。箔がついていいんじゃない?」
ルミナリア地方を発端としたヘアスタイルの流行が各地に広がりをみせるにつれ、当然、技術の流出は免れないだろう。今でこそルミナリアの理容師にしか出来ないからと、わざわざ公爵領にまでお客がやって来てくれているが、それもいつまで続くか分からない。
ほかの地域の理容師もただ指をくわえて眺めているだけではなく、きっと技術を盗んで真似する筈だ。
ルシアナとしては理容師全体の技術が上がるのは嬉しいが、ギルド長のサンチェス氏は眉根を潜めていた。
ルミナリアの理容師達が面白くないと感じるのも無理はないと思うし、だからと言って技術の流出は免れない。
ならば先手を打って、ルミナリア理容師ギルドの御墨付き制度なるものを作れば、ルミナリアの理容師達の溜飲も下がるのではないかと考えたのだ。
「はぁ……ここ最近のお嬢様は仕事の話ばかり……」
「うん、いい考えだわ」
小言を言うモニカを無視して、早速自分の考えを紙にしたためる。舗装された道を通っているとはいえ、多少揺れるので文字が歪になってしまうが、まあいっかと開き直った。
一分一秒でも時間が惜しい気持ちを、執事のルードルフなら理解してくれるだろう。
ルードルフはあえて今回の仕事には連れてこなかった。ルシアナが出す指示を的確に理解し実行してくれる人をルミナリアに残す必要があったから。ルードルフは今ではルシアナに欠かせない右腕となっていた。
「これでよしっと。ルードルフに届けてもらうようお願いね」
「かしこまりました」
あきらめ顔でモニカが手紙を受け取った。
ベアトリス様、いい人だといいんだけどなぁ……。
ひと仕事終えたルシアナは、馬車の中でウトウトと眠りについた。
頭に思い浮かぶ王女像が、いつの間にかケイリーの姿に変わっていることも気づかないまま。