(HUNTERを抜けて、真っ当な人間になる……正直、考えた事もなかったな……)
そもそも伊織は、愛する人に出会う事など無いと思って生きてきたから、まさか自分がこういう局面に立たされる事になるなんて思いもしなかった。
伊織にとって、円香との出逢いは運命全てを変える出来事だったのだ。
(駄目だ、考えが纏まらねぇ……やっぱり、円香にも話してみるか)
まだ別れてからそれ程時間が経っていないが、これからの事を考えるのは当事者である円香も一緒の方がいいと思った伊織はすぐに彼女に連絡をし、今から会いに行く事を告げた。
「悪いな、こんな時間に。親御さんに何か言われなかったか?」
「いえ、寧ろきちんと話し合って来なさいって言われました。ですからその……今日はもう帰らなくても大丈夫で……私、伊織さんともっと一緒に居たいです。ずっと一緒だったから……一人になると……淋しい」
「そうだな。それは俺も一緒だ。やっぱりお前が傍に居ねぇと落ち着かねぇや」
「伊織さん……」
「んじゃ、お言葉に甘えて、どこかホテルに部屋でも取るか。落ち着いて話もしたいから」
「はい」
今夜は帰らなくてもいいと言われている円香を連れてひとまずホテルに向かい、部屋で話をする事にした。
「悪いな、大した部屋じゃねぇけど。今日は我慢してくれな」
「そんな、部屋なんてどこでも大丈夫です! 私は伊織さんと居られれば、どんな所でも構いません」
「そういう可愛い事言うなよ。話しないといけねぇのに、抱きたくなるだろ」
「!」
円香の言葉にグッとくるものがあった伊織は、後ろから彼女を抱きしめる。
「あ、えっと……ご、ごめんなさい、そういうつもりじゃ、無かったんですけど……」
「分かってるよ。ま、とりあえず今は話をしようぜ」
「は、はい、そうですね」
抱きしめられた円香はちょっとだけ、その先までするのかと期待していたようで、どこか名残惜しそうな表情を浮かべていた。
ベッドの上に並んで座った二人は、昼間にも問題になった雪城の姓を名乗るかどうかという事を再び話し合う事にした。
「忠臣さんや雷には、雪城の姓を名乗るつもりなら、HUNTERから足を洗うよう言われたよ」
「え……そんな、どうしてですか?」
「どうしてって、お前……そりゃそうなるだろ? 雪城の名を名乗る人間が殺し屋だなんて知られれば大問題だ。仕事にだって影響が出るだろ? そうならない為にも、抜けるしかねぇんだよ」
「…………でも伊織さんは、これからもHUNTERとして生きていきたいんですよね?」
「……そりゃ、本音を言えばな。けど俺にとって一番大切なのは、円香……お前と居ることだ。その為なら俺は…………HUNTERを抜けるのも、仕方の無い事だと思ってる」
先程忠臣たちと話をした時や一人で考えている時にはHUNTERを抜けるなんて有り得ないと思っていた伊織だが、やはり円香に会い彼女と一緒に居ると、一番大切な事はこれから先も円香の笑顔を守り幸せな未来を築く事なのだと実感した。
「……私、雪城の事で伊織さんを悩ませる事になるなんて考えてもみなくて……浅はかだったって思いました。本当にごめんなさい……」
「そんなの、お前が謝る事じゃねぇよ。誰が悪いわけじゃねぇ。寧ろこれは、俺自身けじめをつけなきゃいけない問題なんだよ。考えてもみろよ? 仮にお前が名家の娘じゃなかったとしても、結婚したらきっと子供だって生まれる。そうなった時、結局俺は悩んだと思う。HUNTERを続けていくって事は、子供にまで過酷な運命を背負わせる事になるかもしれねぇんだ。それは流石にさ……。俺の考え方が浅はかだったんだ」
「伊織さん……」
そう円香に胸の内を話した伊織は、全てを決意した。
――HUNTERを抜けて、一からやり直そうと。
そして円香は彼のその表情を見て確信した。HUNTERを抜ける決断を下したのだと。
「円香、俺……決めたよ。俺はHUNTERを――」
伊織がHUNTERを抜ける事を伝えようとしたその口を、円香は自身の唇で塞ぎ、二人は短いキスをする。
「駄目です伊織さん。私は貴方にHUNTERを続けて欲しい。私の為に、全てを捨てるなんて……言わないで」
涙を浮かべた円香が、悲しげな表情で伊織にそう訴え掛けた。
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