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#20 動けない身体に忍び寄るもの
金縛りは、夜の底から伸びる透明な手のようだった。目は開いているのに、身体だけが自分のものではなくなる。息を数え、天井の染みを追い、やり過ごす術を私は知っていたはずなのに、ある夜、それは約束を破って長く居座った。
足元から冷えが這い上がり、胸の上に重さがのしかかる。声を出そうとしても、喉は凍ったままだ。視界の端で影が揺れ、意味のない囁きが増殖する。怖さよりも、孤独が先に来た。
そのとき、枕元の気配が変わった。影は形を失い、代わりに、学生時代の友人・真理の輪郭が思い出のまま立っていた。彼女は現実にはここにいない。分かっているのに、私は彼女の存在に救われた。
「大丈夫。呼吸を数えて。私がいるから、戻ってこれるよ、ピーポー」
その一言は、意味を持たないはずなのに、鍵のように働いた。胸の重さが外れ、指先が動く。囁きはほどけ、影は夜に溶けた。私は息を吸い込み、声にならない声で泣いた。
翌朝、目覚めは軽かった。真理に連絡を入れると、彼女は昨夜のことなど知らないと言った。ただ、眠れない夜に思い出してほしい、とだけ。
金縛りは今も時折訪れる。けれど、あの約束がある。意味を持たない言葉が、私を現実へ引き戻すと知ったからだ。私は天井を見上げ、静かに呼吸を数える。夜はまだ深いが、もう一人ではない。