『近づく距離』
その日から、私は氷堂凌雅と共に過ごすことになった。最初のうちは、彼の冷たい態度に戸惑うばかりだった。
「お前、何もするなよ。黙ってついて来い」
最初の日、彼に言われた言葉はそれだけだった。私はただ黙って彼の後ろを歩くしかなかった。彼が私に話すことはほとんどなく、気づけば、毎日が無言の時間で埋め尽くされていた。
しかし、そんな日々が続く中で、ふとした瞬間に彼の意外な一面を見かけることもあった。例えば、昼休みに図書館で本を読んでいたとき、彼が偶然その場に現れて、私が開いていた本をちらっと見て、「それ、面白いのか?」と聞いてきた。
「えっ、あ、はい。面白いですよ」
驚いた私は、少し戸惑いながらも答えた。その後、しばらく彼が何も言わずに黙っていたけれど、少しだけ表情が柔らかくなったように感じた。
そして、放課後。私は部活が終わってから寮に戻る途中、彼と再び顔を合わせることになった。
「…お前、ひまりだっけ?」
突然、彼が名前を呼んできた。
「はい、ひまりです」
「お前、あまり周りに頼るなよ。俺に頼んでも無駄だぞ」
「わ、わかりました」
また冷たい言葉だけど、なぜか今日は少し違って聞こえる気がした。彼の目が、いつもより少しだけ柔らかい気がして、私はドキっとしてしまった。
でも、すぐに彼は顔を背けて、無言で歩き去ってしまった。
(どうして、急に…?)
私はその日の出来事を何度も思い返しながら、自分の気持ちがどう変わっていくのかを考えた。凌雅くんの冷たい言動の裏に、少しずつ違う一面を見つけ始めていた。
でも、まだわからない。彼が本当にどう思っているのか、私には見えなかった。
(これからどうなるんだろう…)
卒業式が近づいていく中で、私はまだ答えを出せずにいた。結婚という選択肢が目の前にあるけれど、心が通じ合うかどうか…それがわからないまま、時間だけが過ぎていった。
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