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「動かないなぁ…」
自分の蒔いた種だけど、という言葉は胸の内だけに秘めておく。彼女がこうなってから、何年経っただろう。自分の感覚では、ざっと十数年といったところか。
(また暇になっちゃった…)
せっかくいい相手を見つけたと思ったのに、これではまた振り出しに逆戻りだ。
(…でも、これは前までと同じ状態に戻っただけ。前みたいに過ごしたら、何の変わりもなくできるはず)
そう考えたら、気が楽になってきた。
息を吸う。そして脳裏に光景を浮かべる。
かつて自分が見るはずだった世界を。
自分が歩くはずだった世界を。
いま、その世界を歩いているであろう存在を。
ぼくの代わりの、“主人公”を。
彼が歩む物語を想像していく。まるで御伽噺のようなものから、味変でシリアスめなものも混ぜながら。
(…でも、やっぱり暇なものは暇だし)
目を開ける。世界が元に戻る。
(そろそろ、春風の一つでも吹いてくれないか)
刹那、
(なぁ…)
“世界”の歴史が変わった。
「…!?」
“何か”が組み変わったみたいな、不思議な感じがした。
外側から捻じ込められたようだった。
その大きな圧力は、二人きりだった世界に「誰か」を増やした。
「な…ここは…!?」
その新しい世界には、ぼくたちの他に、赤く燃え上がる焔のような仮面の騎士が立っていた。
「…そなたらは…」
「ぼくはポポポ。覚えやすい名前でしょ」
定型文の名乗りを流す。いつからか初対面の相手にはこう言うのが定番になっていた。とはいえ、これを面と向かって言えたのは、目の前の彼を含めたった二人だけなのだけれど。
「で…キミは?」
「…私、は」
騎士は少し伏し目がちに言った。
「…分からない。自分が『メタナイト』であることは分かっているのだが…それは違う。名が付けられる前にここへ来てしまった故、私には真の名が無い」
「んー?つまり、『メタナイト』だけど『メタナイト』じゃないってこと?ややこしいなぁ」
堅い喋り方だなぁ、とも思ったがそれは言わなかった。仏頂面の彼の機嫌を更に損ねてしまいそうだと感じたから。
「じゃあ、ぼくが名前つけるね!えーっと…赤い…蝶、みたいだから…蝶…バタフライ…騎士…
…蝶の騎士とかはどう?」
「名にしては少々長くないか?」
「そう?じゃ、バタフナイトは?」
「…悪くない」
そう言った彼――バタフナイトは白く光る目を細めた。黒い肌のせいか、それはぼくの目にはより眩しく見えた。
「じゃあバタフ――キミはどこから来たの?」
「さっそくあだ名か…いや、別に良いのだがな。…どこから来たか、か。…それは、私にも分からない。何処かも分からない場所から、私は来たのだ」
「ふぅん…」
興味ないという風に言った。実際、彼が元いた場所の心当たりは自分にもある。ここに来るのは、大抵が『そういう』ひとたちだから。
――彼女のような例外を除いて。
「…ここに来るひとはみんな、世界に“歴史”が生まれる前に来る。…キミみたいにね」
「…つまり、そなたも…?」
「……」
わざとらしさを見せないように気をつけながら顔を曇らせる。この手の演技はお手のものだ。
「…すまない。不躾だったな」
そう言って彼は頭を下げた。真面目なのか、繊細なのかは分からなかった。
「――が、」
上げられた顔は、真理を見通せそうなほどに鋭い目をしていた。
「そなたは何故、答の分かっている問をした?」
ぼくの世界が、一瞬ゆらいだ。
「…確認だよ。思い込みはよくないからね」
「…そうか」
まだ納得はしていなさそうだったが、一旦は引き下がることにしたみたいだ。
「して…彼女」
――また、世界がゆらいだ。
「は…」
“王”の隣には、騎士と魔術師がいた。
「エット…彼女ッテ、ボクのコト?…悪いケドボク、一応は男ナンダヨネェ…」
黒いローブに身を包んだ、訝しむような目つきの彼は頭を掻いた。黒白の角のような長い部位がわずかに揺れる。その風貌は、どこか道化師のようにも見えた。
「あ…違うよ。さっきまでの話に、キミはいなかったからね」
「フゥン………チョット冷たいナァ…」
「聞こえてるよ?」
こっそり毒づいたつもりなのかは知らないが、とりあえず素っ気なく返しておく。
「そなた…名前は?」
バタフが問う。全く彼も冷たいようで面倒見がよい。情報収集のためと言われればそこまでだけど。
「ボク?…特に。どうしてもッテ言うナラ、『没さん』とデモ呼びナヨォ」
「なんでさん付け?」
「いいダロ別に…」
「…我々よりも年上なのか?」
「サァネ」
…調子を崩されそうな奴が来てしまったみたいだ。ちなみに年で言うとたぶんぼくが一番の年長者であると思う。
まあ設定だとどうかは知らないが。
「…先ほどの話題に戻るが、そこにいる彼女は、一体…?」
「ああ、あれね。…別に関わらなくていいよ。放っておいて大丈夫」
「しかし…」
制止したにもかかわらず、彼はアドに近づいていく。始めは堅物なのかと思っていたが、どうやら一概にそう言えるわけでもないらしい。
「…聞こえるか?まだ生きてはいるみたいだが…
…そのままでいい。聞いてくれ。
…私は、まだそなたの境遇を知らない。だが、今の貴殿は一人ではない。…少なくとも、私はそなたに寄り添うつもりだ。
…もし私を信頼してくれるというのなら、起きあがって、どうかこのような世界で生きてはくれないか 」
険しさの奥に、何か温かいものを感じた。
それは決して、ぼくが失ってはいけないもののようだった。
「………あ、なたは…?」
「…バタフナイト。バタフとでも何でも、好きに呼んでくれて構わない」
「ちなみニ、ボクのコトは没さんッテ呼んでネ!」
「いやキミには聞いてないから」
「相変わらず冷たいネェキミは…そう言エバ名前ナニ?」
「…ポポポ」
没さんには言ってなかったけどまあいいか。なんかこのノリが心地良い。気がする。
「…あたしの境遇、だったっけ。…聞きたい?」
「…そなたが、構わないなら」
少し迷ったあと、アドは自分が経験してきたことをゆっくりと話しだした。もちろん、自分の名前を言うのを忘れずに。
一つ話すごとに、アドの顔は晴れやかになっていった。今まで抱え込んでいたものを、バタフに受け渡していくみたいに。
「――そうか…やはりそなたも、大変だったのだな」
「そんな…みんなに比べたら、全然」
「いや、確かにそうなのかもしれないが…そなたは、少なくとも私と違って、元々“世界”に存在していたのだろう。…それを無かったことにされるのと、人知れずして自分が消されてしまうのとでは、受ける傷の大きさも違うだろう」
「……」
ぼくは思わず黙り込んだ。
彼のその言葉の一つひとつが、今のぼくにはとても重かった。
「…サテ!“シリアス”な話はコレでオシマイ!…折角『魔術師』のボクがココに居ルンダシ…
…遊ばナイ?好キな遊具トカアトラクショントカ、何デモ言っテネ!」
空気を変えるようにして没さんが言った。
「…いいね!ぼく、楽しいのは好きだよ!」
「オヤオヤ、早速掌返しカイ?」
それが、今のぼくにとっては丁度良い助け船になった。
モヤモヤした気持ちを切り替える。楽しい時間は、めいっぱい喰らわないと。
獄炎の蝶の視線から、楽園へと逃れるように。
暗い空間は見る間に明るくなっていった。