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「準備できた?」
「ええ。こちらはいつでも大丈夫です」
「おっけー。じゃあ出して頂戴」
ネストが御者に指示を飛ばすと馬たちが嘶き、馬車はミスト領を目指し走り出す。
「この馬車も懐かしいわね……」
目を細め、しみじみと呟いたのはアーニャ。それはブラムエストへと向かった時に乗っていた、バイス特注の馬車である。
車体重量が玉に瑕だが快適な旅は約束されていて、走るホテルと言っても過言ではない。
俺たちの前を走る王家の馬車となんら遜色はなく、むしろ大きさ故にこちらが目立ってしまうほどだ。
前の馬車には第四王女であるリリーが乗り、その周りを騎士団が取り囲んでいるという形。故に進行速度は遅い。
出発前、ネストに紹介される形となり、アーニャとリリーが初対面を果たし挨拶を交わした。
俺は、以前のシャーリーのようにガチガチになるのを笑ってやろうと少々期待していたのだが、それははずれ。
リリー相手に、アーニャは全くと言っていいほど気後れしていなかったのだ。
ネストがリリーの前へと躍り出ると、サッと跪いて見せた。ネストなりの優しさだろう。アーニャはそれを真似るだけでよかったのだ。
しかし、そうはならなかった。アーニャがリリーに面と向かって発した言葉は「ふーん。よろしく。かわいいじゃん……」である。
それはどう考えても王家の者に対する言葉遣いではなく、その場にいる全員が凍り付き、ネストはガチギレしていた。
「精一杯褒めたつもりなんだけど……」
言いたいことはわからなくもない。確かにブラバ卿に仕えていた時も、なんとなくぎこちない敬語だなとは思っていた。今まではそれでもなんとかなったのだろう。
幼いころからフードルに育てられ、魔法以外はからっきし。常識、教養、作法なんて習ってないというのもなんとなくは想像できるのだが、それを相手が許容するかは別である。
幸い温厚なリリーだからこそ笑って許してくれたが、この旅中アーニャにはネストによって貴族式の教育が施されるであろう。南無三……。
そのお詫びとして、なぜか白狐がリリーの馬車に拉致されていった。
「俺のせいじゃないんですけど……」
「何言ってんのよ。後輩冒険者の面倒を見るのも先輩冒険者の役目でしょ?」
「いやいや、アーニャの方が俺より冒険者登録は早かったじゃないですか」
「それはアニタの方でしょ?」
「ぐっ……」
確かにそうだが、同一人物だろ……と衆目の中では言えなかった。とんだとばっちりである。
それに白狐が素直に応じてくれたのは不幸中の幸い。仕方なしというよりどちらでも構わないといった雰囲気で、それでリリーが喜ぶならと送り出した。
「アーニャだけじゃなく皆も聞いて。これから貴族の結婚式が何たるかを説明するから」
「ちょっと待ってよ。私は別に聞く必要ないわよね?」
「いいえシャーリー。残念だけど、あなたもアーニャもミアちゃんも、会場入りすることになるの」
「なんで!? ミアちゃんは九条の付き添いだとしても、私とアーニャは護衛なんでしょ!?」
「そう。今回限りの処置だと思うけど、護衛も会場入りできるらしいのよ。恐らくはニールセン公が九条を会場に入れても不自然じゃないようにと手配したからじゃないかしら?」
シャーリーは、顔を歪ませ俺を見る。
それは助けを求めているのか、俺のせいにしたいのか……。恐らくは後者だろうが、ニールセン公もそこまでして俺を招待したかったのかと思うと、期待度の高さが窺えてしまうので、やめてほしい……。
招待されたのは、ネストとバイスの貴族組。そして俺と気を利かせてか、ミアまでもが招待されている。
ギルドの仕事ではないため、シャロンは村でお留守番だ。
「どうしよう……。何も用意なんてしてないけど、普段着で入っていいものなの?」
「ダメに決まってるでしょ?」
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裏五条
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「アーニャは……持ってないか」
「ちょっと待ちなさいよシャーリー。まだ持ってないとは言ってないでしょ!?」
「じゃあ持ってるの?」
「持ってないけど……」
「大丈夫。皆の分のドレスはちゃんと用意してるから」
「どこに?」
「後ろよ?」
言われて振り返ると、小さな窓から見えているのは、後方から付いて来ている一台の馬車。
その大きさは旅客用ではなく荷物用だ。
「着替えとか必要な物は全部そっちに入ってるから何も心配はいらないわ。もちろん九条の着替えも、ミアちゃんのドレスもね」
片目をつぶってウィンクをして見せるネストは、実にエレガント。出来る女の面目躍如といったところか。
まさか、馬車まるまる一台分の荷物を持参とは恐れ入る。
そして、ネストの結婚式講座が始まった。
話を聞くに、基本的には日本の一般的な結婚式とやることはあまり変わらない。
教会での挙式が主流であるが、今回は参加人数も相まってニールセン公のお屋敷で全てを執り行うとの事のようだ。
だが、全てが同じというわけではない。それは、その期間である。
こちらの世界には結婚式の前に婚約式というものがあるらしい。それを踏まえた期間はなんと四十日。
そういうルールなのだから受け入れるしかないのだが、正直言って長すぎだ。
「別に四十日間拘束される訳じゃないわ。婚約式と結婚式に出席すればいいから、初日と最終日だけ空いてれば大丈夫よ」
そうは言われてもコット村とを往復するほどの時間はない。転移でも出来れば別なのだろうが、結局はシュトルムクラータに居座ることになるだろう。
「そもそもなんで四十日も?」
「婚約公示期間が四十日間だからよ。この結婚に異議のある者は四十日以内に申し立てることが出来るの。簡単に言っちゃえば考え直す時間ね。もちろん第三者が異議を申し立てることもできるわ。正当な理由がないとダメだけどね」
なるほど。ある意味いい制度なのかもしれない。
親の決めた結婚に不満があれば、一応は断れる機会があるのだから救済措置としてはアリだ。
もしそれで破談となってしまった場合、御祝儀は返ってくるのだろうか?
「ご祝儀とかは?」
「ゴシューギ?」
「あー……えっと、お祝い金というか……」
「こっちがお金を用意するってこと? なんで? 普通逆じゃない? 祝ってもらう側が御馳走を用意したり、社交の場を設けるのが普通でしょ? 最近の平民の結婚式ってそうなの? 聞いたことないけど……」
「いえ……式を挙げるのにもお金はかかるでしょうし……」
「九条って、たまに変な事言うわよね。公爵家がお金の心配をすると思う?」
「た……確かにそうですね……ハハハ……」
きょとんとした顔を向けるネストに、乾いた笑顔を浮かべ誤魔化す。
どうやらこちらにご祝儀の文化はないらしい。それについては大いに賛同する。
過去クラスメイトだったというだけで、大して話してもいなかった者から招待状が届くたび三万円を徴収されるのには抵抗を感じていたのだ。
しかもこちらはお寺の名を背負っているため、逃げ道はない。檀家としてお付き合いのある家族ならば、喜んで出すのだが……。
いや、この話は止めよう……。
「もしかして、さっきから九条が持ってるそれって、アレックスとレナに何か贈り物でもするの?」
「え? えぇ……まあ」
それは紐で束ねた二つの小さな木箱。贈り物というほどの価値はないが、もし何かしらを用意しなければならず、自分だけが何もないと恥をかきそうだったから急遽用意した物である。
それに興味を示したのはバイスだ。
「お? 何を贈るつもりなんだ?」
「変じゃないですか?」
「何が? 個人的に何かを贈るのはいいんじゃないか? ネストだって花束を贈るって言ってたよな?」
「ええ。貴族としてではなく、教師として二人にね」
「で? 九条のは?」
「いやいや、大したものじゃないので……」
そこまで言って、俺は言葉を詰まらせた。
逆である。俺の用意した物が、この世界では非常識な物……という可能性もありうるのだ。
用心のため、ここでそれとなく聞いておけるのは逆にありがたいのではないだろうか?
「アクセサリー……。所謂ブレスレット的なものなんですが……」
「へぇ。いいんじゃない? 喜んでくれると思うわよ?」
お墨付き……とまではいかないが、ひとまずは渡しても大丈夫なようで、ホッと安堵した。
コメント
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(第392話、読み終えました〜!) アーニャがリリー王女に「かわいいじゃん」って言った場面、私的には結構アリだと思ったけど、周りが凍りつく感じが笑えた😂 王族相手に無防備すぎるのも愛おしい…。 そしてそのとばっちりで白狐が拉致されていく流れ、好きです。笑 ネスト、全員分ドレス用意してるの、出来る女すぎます🥀 ご祝儀の文化がないっていうのも新鮮で、九条が持ってるブレスレット、無事渡せるといいな〜って思いました。 四十日間の婚約期間、長いけどその分ドラマがありそうで楽しみです🌙 #しめさば さんの書く空気感、毎回じんわり沁みます。