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今日はスクールの日。いつものように始まる前の時間、私は下島さんと斉藤さんの三人でビルの一階にあるカフェに来ていた。
「お友達は残念だったけど、それでも橋本さんが元気で本当に良かった」
下島さんがしみじみと言う。
「ありがとう。最初はショックだったけど、今はもう大丈夫」
「早く警察に犯人捕まえてほしいですよ」
「そうよね」
斉藤さんの言うことに相槌を打った。
ニュースを見るとどうやら警察は最初の失踪事件と現在行われている連続殺人事件は別のものとして扱う方針になったらしい。
と、いうより失踪の方は本当に事件性のない「ただの失踪」という扱いなのだろう。
ニュースからはそんな感じを受けた。
滝川さんと話したときを思い出す。私のような素人の思い付きを滝川さんが捜査本部に反映させたなんて言うことはあり得ない。
きっと警察は以前からそうした流れに軌道を修正するつもりだったのだろう。
「それより来週は一華の個展が開かれるじゃない。みんなで行きましょうよ」
「それね。もちろん行くって」
「でも私の作品が一緒に飾られてるんですよね。高値で売れちゃったらどうしよう」
斉藤さんが幸せな妄想を膨らませた。
「それはないから安心していいよ」
下島さんがつっこむ。
三人笑いあった。
私には新しい友人がいる。大事にしないと。
スクールが始まると、まず最初に一華から来週開かれる個展の報告があった。
教室は拍手と喝采に包まれた。
その後で全員にチケットが配られた。
「みなさん。お忙しいとは思いますが、自分の作品が展示されているのを見るということは得難い経験になります。どうか時間を作ってこの機会を今後の創作に活かしてください」
一華の言葉を受けてまた拍手が起こる。
「そうそう。個展の初日には打ち上げがあるから、そっちだけの参加も大丈夫ですからね」
一華の言葉に最後はとても和やかな雰囲気になった。
授業が始まり、課題の作品を作っていると、私たちのグループに浩平がやってきた。
「どうですか皆さん」
下島さんと斉藤さん、それに私に声をかける。
みんなの手を見て浩平はそれぞれアドバイスを送っていた。
「大丈夫、ですか?」
「ええ」
笑顔で返す。浩平のこの言葉は、私が友人を亡くしたことへの言葉だと理解した。
あれから声は一度聞いていたが、こうして顔を見るのは今日がはじめてだ。
私たちが親しくしているのは他の人には内緒なので、ここでは講師と生徒の会話になる。
それが浩平にはちょっと物足りないのは雰囲気でわかっていた。
休憩時間になると浩平からLINEが来た。
「あとで連絡する」という内容に「待ってる」と、返しておいた。
スクールが終わって家に着くころに浩平からLINEの通知が届いた。
「今日は元気そうな顔が見れて安心した」
私がお礼を返すと、今度会いたいのでいつが空いているか尋ねる内容が来た。
私は明日と明後日の日中が空いていると返すと、明日の昼に会いたいと浩平は送ってきた。
なにか相談事があるので、食事しながら話したいらしい。
待ち合わせ場所は表参道駅の改札に決まった。
翌日になり、トマトへの水やりを終えた私は浩平との待ち合わせ場所へ向かった。
私は気楽に話せる方が良いと思って、通り沿いにあるファミレスに行くことを提案した。
浩平は最初、もっと洗練されたお店を提案したが、学生の懐では厳しくなるのは明らかだ。最終的に私が提案したファミレスで決まり、テーブルに着くと「実はお願いがあって」と、浩平から切り出した。
「モデル?私が?」
浩平の相談とは私に絵のモデルを頼みたいというものだった。
「そんな、私なんてダメだよ。無理無理」
笑って断る。
「俺は千尋だいいんだ。千尋の絵を描きたい」
真剣な目をしている。これは困ったな。
それより……私は浩平の服装に着目した。
良い生地を使ったブルーグレーのジャケット。
シャツもパンツも靴も真新しく、高級感がある。
系統も今までとは違い、どことなくシックなものだ。
「趣味変った?」
「えっ」
「服の趣味。なんだかお洒落でいいなって。それに似合ってる」
「そうかな?ありがとう」
照れたように笑いながら視線を落とす浩平。なるほど。これは誰かに見繕ってもらったものに違いない。
その点をとやかく言うつもりはなかった。もしもその件について問いただす時が来るなら、それは浩平次第になる。
「それよりモデルの件、なんとかお願いできないかな?」
「だって恥ずかしいよ。それに何時間も同じポーズで動けないんでしょう?」
「一日二時間でいいんだ。休憩ももちろんあるし、ただモデル料とかは払えないけど」
「お金なんて浩平に求めてないよ。でもどういう絵を描くつもりなの?もしかして服を脱いだりする?」
「大丈夫!服を着たままでいいから」
「う~ん……服を着たままか」
結局私は、浩平の熱意に押されてモデルを引き受けた。
私が絵のモデルか。そういうの初めてだな。
翌日も空いていた私は、さっそく浩平のモデルとして彼の家に行くことになった。
服装の指定はないか確認したところ、体の線が出るようなタイトな服装が良いとのことだった。
体の線が出るか……少し考えてタイトなワンピースを着ることにした。
浩平の住んでいるマンションに着くと、思ったよりもこざっぱりとした部屋だった。
玄関を入ったすぐ横にバスルーム。その横にトイレ、向かいに洗濯機。
今後必要になる可能性を考えて間取りを記憶した。
「意外ときれいにしてるのね。男の子の一人暮らしだからもっと散らかっているのかと思ってた」
「急いで掃除したんだよ」
1ldKの部屋には一番奥にベッド。そのすぐ手前にキャンパスが配置されて。キャンパスの前に椅子が置かれていた。
「そこに座ってくれればいいから」
「そこがクローゼット?見ていい?」
「いいけど。どうしたの?」
「ちょっとあなたの趣味が見たくなったの。服をプレゼントするときの参考にもなるでしょう?」
「俺にプレゼントを?」
「ええ」
微笑むと私はクローゼットを開けた。
すぐ目の前に昨日来ていたジャケットが吊るされている。
他にも似た感じのセンスのいいものが前列にあった。
後列には私と美術館に行ったときに見た服とかがある。
おそらくは後列にあるのが浩平の本来の服なのだろう。
前列の服はどれも新しい。真新しい服特有の臭いがした。
「センスいいね。私のセンスが邪魔しなければいいけど」
「そんなこと。千尋が選んでくれたものなら嬉しいよ」
「ありがとう。じゃあ始めようか」
上着を脱ぐと、置かれた椅子に座った。
浩平が側に来てポーズをとらせるために体に触れる。
「あれ?」
体をねじるポーズをとらせる際に、背中に触れた浩平は気がついたようだ。
「下着はつけてないの。この服はタイトだから線が出ると思って」
「そうなんだ」
浩平は若干驚いたようだった。そして少しの興奮を感じた。
浩平は私を描き始めた。
その目は真剣そのもので、芸術に打ち込んできたことが本当だとわかる。
私は描かれている間にキャンパスを走る鉛筆の音を聞きながら、真剣な彼の表情を見つめていた。
休憩をはさんで二時間のモデルが終わった。
「やっぱり動かないでいるのってけっこう疲れるのね」
肩を回しながら言う私に浩平は礼を言った。
「どんな感じになってんのか見せて」
私は浩平の側によると、方に両手をかけて体を密着させた。
「ふうん。こんな感じになるんだね。とっても綺麗で、なんだか私じゃないみたい」
言いながらキャンパスの傍らに置かれた鉛筆をさりげなく手に取った。
「ありがとう浩平。綺麗に完成させてね」
浩平の顔に自分の顔を寄せる。
するといきなり浩平は私を抱きしめてきた。
「ちょ、ちょっと!浩平!」
「好きなんだ」
言いながら私をベッドに押し倒す。
やっぱりこうなったか。残念だけど仕方ない。
「ダメよ浩平!こんなのダメ!」
「どうして?好きなんだろう俺のことが」
私を押さえつけようとする浩平の力はさすが男のものだった。
私はすかさず、手に持っていた鉛筆を浩平の耳の中に差し入れた。
「動かないで。動くと耳の奥に突き刺さるわよ」
笑顔で言うと浩平は動きを止めた。
「しばらくこのまま動いちゃダメだよ。これから私の質問に嘘偽りなく答えること。わかった?」
耳に入れた鉛筆を動かす。
「わ、わかったよ。答えるよ」
「いい子ね」
顔面蒼白になった浩平を見て、私は微笑んだ。
「いい?もし抵抗してこの手を無事に抜いても、私は警察にあなたのことを訴えるから。私の服にも体にもあなたの指紋がついているの。普段のスキンシップでは着かないような場所にね。あなたが私を強姦しようとした証拠。わかる?」
「ああ。わかるよ……」
「では質問するね。誰に頼まれたのかな?」
浩平の瞳孔が開いた。図星だったということだ。
「だ、誰にも頼まれてなんて」
耳の中の鉛筆を動かす。
「嘘偽りなく答えろと言ったでしょう?」
「だ、だって、なんで頼まれたなんて、俺はただ千尋が好きで」
「そんな噓バレバレだよ。だって昨日からのあなたはこれまでと違いすぎるもの」
「なんで?何が違うんだ?」
「教えてあげる。今までのあなたは繊細で紳士的な性格だった。こうして力尽くで女をものにしようという性格でないことはこれまで話していてわかっていたの。だって私と付き合おうと言って、私の説得に耳を傾けて納得した理性的な人が、なにをどうすればこうした犯罪行為に突然走るのか。そこであなたの昨日の服」
「服?」
「ええ。今までのあなたのセンスとも違っていたし、経済力でも無理があるものだった。そして強引なモデルのお願い。これは誰かに頼まれているなと思ったの。そして今日家に来てクローゼットを見たら同様の服がたくさんある。では、何を頼まれたか。私の絵を描いてほしい人がわざわざあなたに頼むとは思えない。そうすると頼まれたことは、自分の部屋に私を呼ぶことから考えて、今こうして私を襲っていること。私と無理やり関係を結ぶことを頼まれたのだろうと考えたの」
浩平の蒼白な顔には汗がにじんできていた。
「私の言ったことに間違いはある?」
「な、ない……」
「じゃあ誰に頼まれたの?私を犯す条件は?」
浩平は口を開かない。
「いい?このままゆっくり横になりなさい。余計な動きをしたら鼓膜を突き破って奥の器官にまで鉛筆が刺さるわよ」
浩平はうなずくと、ゆっくりと横になる。
私は浩平に合わせて体を起こしていく。
そうしていくと、私が浩平の上になった。
鉛筆は耳に入ったまま完全に体制を入れ替えた。
「言いなさい。誰にどんな条件を提示されたか」
「そ、それは……」
「言わないということは、口止めされているからかな?」
浩平は目を逸らした。
「庇い立てするなら良いけど、このまま突き刺したら死ぬか重篤な障害が残るかも。しかも強姦未遂の罪までセットで。私はあなたに強姦されそうになったのを防ぐ正当防衛。必死に抵抗して揉み合っていたら刺さってしまった。庇ったところであなたが得るものは死ぬか犯罪者よ。それでいいの?」
浩平の口許が震えながら動いた。
「か、一華先生に……お、俺の絵を売り出してパートナーにしてくれるって」
一華の名前を聞いた私は、さして驚かなかった。
「なるほど。それが人間性を曲げてまで浩平が欲しかったものなのね」
なんと浅はかな男だろう。
「私と不倫して、一華のパートナー?そんな美味しいどこ取りの話しなんてあるわけないでしょう」
思わず口の端がつり上がった。
「私ね、浩平のことちょっぴり好きだったの。純粋に芸術に打ち込んでいる浩平は見ていて清々しかった。だからこうならないことを期待していたんだけどね。残念。残念すぎて頭にきた。やっぱり死になさい」
鉛筆を握る手に力を込める。
「や、やめて」
「そんな情けない声を出すんだね。でもあんまり笑わせると手が動いて刺さっちゃうよ」
「ひい!」
「アハハハハハ!アハハハハハ!」
笑いが込み上げてきた。
「このままゆっくり体を起こしなさい」
浩平は左耳に入った鉛筆を意識しながら、引きつった顔でゆっくりと体を起こした。
私もそれに合わせて後ろにさがる。
「耳から鉛筆を抜くから。その後にもし変なことをしたら取り返しのつかないことになるからね。わかった」
「は、はい」
ゆっくりと鉛筆を抜いてベッドから立ち上がると、浩平はそのまま腰が抜けたようにへたりこんだ。
「これから私の言うことをよく聞いて。いい?」
「はい」
「あなた、もうスクール辞めなさい。そして二度と私の前に顔を見せないで。私にも一華にも関わらないこと。その方があなたのためだから」
「わかりました」
項垂れている浩平から目を離さずに、壁のハンガーにかけてある上着を着た。
窓から差し込む明かりに照らされるキャンパスをチラッと見る。
「来週また見に来る。そのときまだいるようなら容赦しないからね」
「はい」
そのまま玄関までさがると靴を履いた。
まだ手に持っていた鉛筆に気が付く。
「返しておくわ。あなたがまだ絵を続けるなら、いずれどこかであなたの作品を見るかもね」
下駄箱に鉛筆をそっと置くと浩平の家を後にした。
次は一華の魂胆を確認しないと。
私がどうするかは、その後決める。
スマホを見るともう夕方手前。
いけない。急いで帰ってトマトに水やりして夕食作らないと。
今日は慌ただしい一日になった。