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前書き
今回の話には、
『142.レゲエ(挿絵あり)』
『145.シヴァ』
『146.アヴァドン(挿絵あり)』
の内容が含まれております。
読み返して頂くとより解り易く、楽しんで頂けると思います。
「装着(イクウィップメントゥ)」
その声に合わせて紫の奔流と化したスカンダはリエの関節や胴体を守り庇うように覆い、鉱物の鎧へと姿を変えるのであった。
全身の関節と急所を大好きなお地蔵さまに守られたリエは嬉しそうな声音で叫んだのである。
「よしっ! 行っくよぉおぉー! 皆、『六道(りくどう)の守護者』! 見せ場が来たよォぉ!」
メンバーが答えた、最初はガネーシャであった。
「んんんんパ、ンパオオオオォォォゥゥゥッッッ!」
魔獣達の中でも巨体を誇る、象、犀(サイ)、キリン、ヌー、駝鳥(ダチョウ)、エミューを中心に南半球の野生動物達を集めて組織された面々は、スカンダを纏ったリエの後を追う、勇気凛々、一切の怯えを消した決死の行軍である。
目の前に広がった光景は、モンスターの群れ、大群と呼ぶのを憚(はばか)るほどに地を埋め尽くして、この高台にある幸福寺を目指して殺到する、異形の集団、元々は家畜だった、ミノタウロス、オーク、バフォメット、コカトリス、それ以外にも元々はワンちゃん、猫ちゃんだったであろう、コボルトやダークウルフ、ケットシーの群れの姿も見えた。
胸に装着されたアーマーからスカンダが話し掛ける。
『これは…… 死ぬかもだね? リエちゃ?』
齢(よわい)、六十六を迎えたリエは、自分の胸に向かって答えた。
「大丈夫だよ、お地蔵様! 美雪や長短(ナガチカ)には皆が付いている! あたし達は殿(しんがり)としてここのクラックが閉じるまで敵を近づけない事、それだけを考えるんだよ! うちからは馬糸(ばいと)さんが付いて行ってくれたからあっちは大丈夫だよ! リョウちゃんも一緒だしね! どう? 楽勝でしょぉ? お地蔵さまぁ!」
鎧や具足が答える、少し楽しそうな声音である。
『なるほど、クラックが閉じるまでここに留まって守った後は、退避、それだけに集中するのですね、それなら何とかなるかも知れないね、暫く隠れて、その後、皆の後を追うと言う事だよね? ふむふむ、それならば、なんとか…… おっと、来たようだよっ! リエちゃっ!』
「判ってるっ! 喰らえっ!」
ドゴォゥっ!
『ギャァァァー!!』
リエの飛び膝蹴りから流れるように繰り出される旋風脚(せんぷうきゃく)に、切り刻まれた数十のモンスターが一斉に断末魔の声を響かせた。
そのまま、敵勢の中に身を躍らせて、鋭い指を肘を膝を踵(かかと)を振るい続けるリエは、身内で言えば正しくカーリーの如き、戦神、闘神の一柱の域に達していたのだろう。
『ボフォォォァー!』
後に続く巨体を誇る魔獣達も恐れる事無く、モンスターの群れにその身を叩きつけて行くのであった。
一見、有利に見える戦場を素早く見渡したリエは、周囲の魔獣達に短く指示を出した。
「右っ! 誰か向かえるっ?!」
ヘラジカのオス、ジャックが困惑したように答える。
『黒熊のヘイズがやられたようですっ! アイツの配下は個々に遁走(とんそう)し始めていますよっ! これはいかんっ! 右から崩れ始めますね、リーダー!』
「むむむぅっ! ヤバイじゃないのぉっ!」
ダダダダダダダダダダッ!
「っ?」
リエがピンチを宣言した瞬間、右翼の崩れかけた辺りから、激しい重火器の発射音が響くのであった。
「だ、旦那様っ?」
驚いて右翼の崩れ掛けている戦場に目を向けたリエの視界に入ったのは、言葉通り、旦那、幸一の率いる一団が勢い良く、モンスターたちを屠(ほふ)り続ける蛮勇っぽい勇姿であった。
五十人を数える男達は、揃って目出し帽と防弾チョッキに身を固め、如何にも中南米を拠点にしていたであろうナントカカルテルの実戦部隊の姿をしている。
先頭に立つリエの旦那様、幸一は、メキシコ帽子、陽気なマリアッチでは無くカウボーイが被るソンブレロを頭に載せて、何のつもりか色鮮やかなポンチョまで身につけ、口にはキューバ産の葉巻を斜めに咥え、両手にはこれまたクラシカルなウィンチェスターのM87のショットガンである。
配下の目出し帽が揃ってミニミ、ハースタル社製の軽機関銃を使っているのを見れば、甚(はなは)だ時代を錯誤しているかに見える、筈だが、狂気の度合い加減か、はたまたやけに流麗なスピンコックの腕前のせいだろうか? 中々に指揮官としては似合って見えている。
見る見る間に右翼に襲い掛かろうとしていたモンスター軍を押し返した、サンチョ的な幸一は言った。
「リエっ! こっちは任せとけぇ! ヒャハァァッ! 皆殺しだぜぇっ! イエエエェェェッ!」
「だ、旦那様?」
自分の旦那に依る狂気の殺戮を初めて目にしてしまったリエが困惑した声をあげる中、彼女の装備に変じていたスカンダ、軍神アレキサンドロス三世が冷静に諭すのであった。
「リエちゃっ! これは慮外の幸運だぞっ! 幸一の火力部隊がこれ程だったとは……、このまま大井川の川縁まで相手を押し戻せれば、これはっ! この場を切り抜けれるだけじゃなくモンスターを殲滅(せんめつ)する事も出来るかもしれない! んむぅ! 希望が見えて来たんじゃないかな? ついでに大量の魔石もゲットだよっ!」
「っ! そうなんだね? お地蔵さまぁ! 了解っ! 押せ押せ皆ぁっ! 行け行けっ! 旦那様ぁ! 大井川に押して行けぇっ!」
リエの声に合わせて一気に攻勢に転じる魔獣軍団には、一旦潰走(かいそう)を始めていた黒熊達も戦列に戻り、魔物の群れをじわじわと、一級河川大井川の水辺へと押し戻し始めて行く。
残念ながら魔物に不覚を取ったヘイズの魔核は、以外にマメな幸一が拾って確保済みである。
勢いに乗る『六道(りくどう)の守護者』と魔獣の混成軍がいよいよ魔物達を渦を巻く大井川へと追い詰めた瞬間、モンスターたちの背後の川面から、十数メートルの巨体が姿を現すのだった。
しかも二体。
バフォーッ! × 2
揃って巨大な鼻と口から嵐のように荒い息を噴出しながら、二体はあっと言う間に周囲に居たモンスターを一掃、と言うか踏み潰してしまっていた。
唖然としながら二つの巨体を見上げるリエたちを、あちらも警戒しながらなのだろう、互いに無言でにらみ合う形になっていた。
リエは巨大で如何にも分厚そうな表皮を見上げながら思う。
――――でかいわね、それだけじゃなくて戦闘力も大した物だわ…… 数回伏せただけで魔物、モンスター達が声を上げる間もなくペシャンコだものね…… 敵かはたまた味方か? 兎に角全体が見えないのが辛いわね、野生動物由来か家畜っぽいヤツか、それが判れば良いんだけど…… 野生動物にこんな色のヤツって居たかなぁ? 濃い目のエンジ色、いいやカバ色か、ん? カバ? もっ、もしかしてぇー!
「ねえ、あんた等って若しかしてジロー君とユイちゃんじゃ無いわよね? どう?」
「お? 俺たちの事を知っているのか? さてはファンだな」
「こんなに巨大になっちゃっても気が付いてくれるなんて嬉しいね旦那様♪ ファンって言うより信者クラスなんだよ、きっと」
「なるほど信者か、立派なもんじゃないか」
「ううん、あたしはファンでも信者でもないんだけどさ、あんた等が昔憑依されたパズスとラマシュトゥ、それにあんた等を開放する為に彼等と戦った当時の聖女コユキを良く知っている人間、それに悪魔と魔獣だよ」
「「えっ! マジで?」」
「ガチ」
その後、パズスやラマシュトゥがコユキと共に空に旅立った事、彼等の志を引き継いだ仲間達が、モンスターと戦う為にハタンガ村に集結している事、モンスターを含めた全生物を正常な状態に戻す為の研究も、同時進行的に行っている事などを語って聞かせるリエであった。
何故かモンスターの事をガタコロナ? とかなんとか言い続けている件は、説明が面倒臭そうだったのでそのままにして置いた。
来る? じゃあ行く、的な軽めのノリで、ハタンガ行きを決定した二頭を連れて、スカンダが目一杯に展開した筋斗雲に乗り込む一同であった。
ゆったりと、大体東京ドーム二個分の広さを持ったピンクの雲の上に寝転がったリエは、気になっていた事を巨大なカバ達に聞いたのである。
「あんた等の正真正銘のファンだった長短もハタンガにいるから喜ぶわよ、きっと! にしてもまさか魔獣になっているとはねぇ、飼育されてたんでしょ? 普通はモンスターになるのよ? あ、ガタコロナって呼んでるんだっけか? 不思議よね」
ジローが答えた、見た目通り腹に響く重低音である。
「ああ、何でか判らないのだがある日目を覚ますと周辺が騒がしくてな、園内の動物仲間達が暴れ回って人間達を襲って居たんだよ、な? ユイ」
ユイの声も化け物染みていた。
「そうなんだよねぇー、皆、急に凶暴になっちゃってさぁー、取り敢えず宥(なだ)めようってね、壁に寄って何と無く手を掛けたらさぁ、ね? 旦那様?」
「どうなったの?」
「砕け散ったのさっ! それまで、何度挑んでもビクともしなかった強固な壁がな、飴細工みたいに粉々になったんだ!」
「ほぇー? 何でだろうね?」
ハテナを浮かべるリエに話し続けたのはユイである。
「ねー? それで皆を止めようとしたんだけど逆に襲われちゃってね! 降り掛かる火の粉ってヤツよ! 殺っちまったって訳…… んまあ、しゃーないよね?」
「んまあ襲われたらそりゃね、ねえ?」
ジローは余り気にしていない感じで淡々と話を進める。
「んで、俺等の飼育員が転んだからさっ! 襲い掛かったムフロンとの間に強引に割り込んで思わず叫んだんだよ、『早く逃げるんだ! おっちょこちょいっ!』ってな、そしたらベテラン飼育員が答えたんだよ、『ジロー、ありがとうっ!』ってさぁ、びっくりしたよ! まさか、言葉が通じるなんて思っても見なかったからさ! なっ? ユイ?」
「うん、本当、ビックリだったよぉ! んでその後は人間達から情報を聞いたりしてぇ、ガタコロナの群れを倒しながらここまで水辺を移動してきたって訳なのよねぇー!」
揃って興奮気味に話す二頭の大きな体からは、はっきりとした魔力がオーラとなって溢れ出していた。
具体的にはジローがパズスそっくりなオレンジ色、ユイの方はラマシュトゥと寸分違わぬピンクのオーラである。
二十年以上、彼等と行動を共にしたリエである、表情を神妙な面持ちに変えて隣で筋斗雲の操舵、大きなハンドルを握る運ちゃんのスカンダに問い掛けるのであった。
「ねえ、お地蔵様ぁ? これってどう言う事なのかなぁ? 判る?」
スカンダは筋斗雲のハンドルを大きく右、北に向けながら答える。
「そうだねぇ、やはり依り代になった経験が影響しているんじゃないかなぁ? 伯父さんと伯母さんにそっくりなオーラって事は、適正、スキルの性質も似てるに違いないと思うんだけどねぇー、ハタンガに着いたら試してみても良いかもね、上手くいけば『鉄壁』と『改癒』が復活、そうなるんじゃないかなぁ」
「っ! も、もしっ! そうだとしたら…… むむむっ! こ、これは……」
「?」
なにやら考え込んだリエはその後、一言も発さずに何やら必死に思い出そうとしている様であった。
――――高位の悪魔に依り代として選ばれた個体、動物はモンスターでなく魔獣、ううん、寧(むし)ろ似通った特性を持つ悪魔として覚醒する? のか? だとしたら今後の活動に大きな力となってくれるのでは? 確かオルクス君は無念の想念、後の七大罪、七大徳の想念を纏って顕現したんだったか…… んで、モラクス君は秋沢さんちの秋日影、か…… あの子は死んじゃったんだよねぇ…… 後はえっとぉ…… っ!
リエは起き上がってスカンダの着物を引っ張り捲って興奮気味な声を上げた!
「お、お地蔵様っ! コレは忙しくなりそうだわよぉっ! 大急ぎでハタンガに向かってよぉっ! んで、その後っ! 再び日本に帰るのよぉっ! ねっ! ねっ! ねえぇっ!」
スカンダは慌てた声を上げてリエを|諌《いさ》めるのだ。
「ちょっ、ちょっとリエちゃっ! 落ちる、落ちるってぇ! こ、幸一ぃ、何とかしておくれぇ!」
「お、おい、リエぇ! お、落ち着けってぇー!」
ドタバタと大騒ぎをしながらも、何とか墜落の憂き目を回避したピンクの雲は、無事? 仲間達が待つ極北の村、ハタンガに到着したのであった。
それから数ヵ月後、リエは自分の目の前に腰を下ろした三人の老人を前に、三つのワイングラスを差し出しながら、満面の笑顔で言うのであった。
「さ飲んで! この赤ワインには若返りの妙薬、サパが入っているからね! 飲み過ぎると馬鹿になっちゃうから、今後は魔力操作を覚えて徐々に若返ればいいからさっ! 取り敢えず老衰回避しようよっ! グッと行っちゃってぇ!」
プルプル震えていた老人たちは、素直に杯を飲み干したのである。
この三人の老人、かつてアジ・ダハーカが霞ヶ浦に顕現する際に依り代にした自由人のレゲエ男性と、下関でゆるキャラの中の人として活躍中にアヴァドンに取り憑かれた女性、それと山形県庄内地方で黒毛和牛たちに挑戦的な実験を繰り返し、シヴァに見初められてしまった肥育農家の男性、揃ってスプラタ・マンユの依り代経験者たちなのであった。
ワインが胃に収められると、途端に少し元気を取り戻した三人からは、緑、紫、金それぞれのオーラが溢れ出す。
後の世で、長く活躍した『虐殺』、『破壊』、『蹂躙』の名で謳われたお爺ちゃん二人と、お婆ちゃん一人が『抵抗者(レジスタンス)』に加わった折の経緯である。