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「今日の午後は部活見学の時間になります。気になる部活を自由に見て回ってくださいー!」
昼休みが終わり、担任の一言で教室がざわつき始めた。
「何部見る?」
「バスケ?」
「吹奏楽って演奏してくれるらしいよ」
滉斗はその騒ぎの中で、ぼんやりと自分の机に頬杖をついていた。
「……何見ようかな」
その時、隣から声がした。
「滉斗」
声の主はもちろん、隣の席の大森元貴。
その静かなトーンは、他のざわざわとは別の空気を纏っていた。
「ん? どうした?」
「部活、見に行く?」
「……あー、まあ。せっかくだし」
「俺も、行こうかな。入るつもりはないけど」
「入らないの?」
「うん。家で音楽やってるから。部活に使う時間があったら、自分の曲作りたい」
滉斗は思わず、少し目を見開いた。
「……音楽って、どんな感じの?」
「DTM。パソコンで作るやつ。ギターも使うけど、基本は打ち込み」
「……ガチだ」
元貴は特に誇る様子もなく、さらっと言っただけだったけど、その言葉には強い芯があった。
「……なんかすごいな。俺、そんなふうに本気でやってることないかも」
「そんなことないと思うよ。滉斗、サッカーとか似合いそうだし」
「そう?…じゃあさ、せっかくだし、サッカー部と吹奏楽部、見に行ってみる?」
「いいよ」
—
まず訪れたのはサッカー部のグラウンド。
まだ見学者は少なかったけど、部員たちはすでにパス練習を始めていて、活気のある声が響いていた。
「うわ、やっぱ気持ちいいな、こういうの……」
滉斗がフェンス越しにグラウンドを見ながら呟く。
「サッカー、やってたの?」
「中学まではね。ガチ勢ってほどでもないけど、好きだった」
「…うん、そんな雰囲気してる。なんか滉斗らしい。」
「……元貴って、褒めるのうまいよな。なんか、妙に嬉しい」
「本当に思ったこと言ってるだけだよ」
その言葉がさらっとしているぶん、妙に刺さる。
素直に照れるのも悔しいから、滉斗はそのまま笑って誤魔化した。
—
次に向かったのは、吹奏楽部。
部室の外には「見学歓迎」と書かれた紙が貼られていて、中からは練習の準備をする音が聞こえていた。
「演奏始まりますので、見学の方は静かにお願いします!」
そんなアナウンスと共に、空気が変わった。
ひとつ、またひとつ、楽器の音が重なっていく。
クラリネット、ホルン、サックス、トランペット……そして——
「……フルート、すごいな」
滉斗が口にしたのと同時に、元貴が前のめりになる。
フルートを吹いていたのは、一人の男性だった。年齢は若く見えたが、どこか落ち着いた佇まいで、音に迷いがなかった。
「……あの人が、藤澤先生?」
「っぽいね」
元貴は目を逸らさず、じっとフルートの音を追いかけていた。
「……音が呼吸みたいだ」
「ん?」
「生きてるみたいっていうか……無理に鳴らしてないのに、空気の中に溶けてくる感じ」
「元貴って、やっぱ音楽の見方が全然違うな」
「……そうかな」
「うん。俺なんか、“すげー”で終わってるもん」
「“すげー”って思えるのも、才能だよ」
今度は滉斗が黙った番だった。
不意に言われた言葉が、嬉しいとかじゃなくて、胸の奥の柔らかいところにふっと落ちた感じがした。
—
部活見学が終わる頃、帰り道の昇降口で。
「ねえ、やっぱり部活、入らないんだよね?」
「うん。迷いない。俺にとって、音楽が全部だから」
その言葉を聞いたとき、滉斗は少しだけ自分の鼓動が早くなるのを感じた。
(こんなやつ、今まで出会ったことなかった)
何かを本気でやってる人。
自分の言葉で未来を決めてる人。
「……じゃあさ、さっきの先生の演奏、また見に行こうよ。今度の昼休みとかでも」
「うん、いいよ。あの人の音、また聴きたいし」
並んで歩く帰り道。
まだはじまったばかりの春の午後に、ひとつの“恋”が、音を立てて目を覚ました気がした。