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『〇〇ちゃん』
桜の木を見上げて感傷に浸っていた私の後ろから聴こえた、大好きな人の声。
「…阿部先輩、」
私が振り返ると、先輩はふはっと柔らかく笑った。
「…なんで笑うんですか」
『だって、めちゃくちゃ寂しそうな顔してるから』
「そりゃ寂しいですよ。もう阿部先輩と会えなくなっちゃうんですから」
『会えなくないよ笑
そりゃ高校生と大学生じゃ生活スタイルはだいぶ変わっちゃうけど、予定合わせればこれからもいくらでも会えるよ?』
先輩の優しい言葉に、私は静かに首を横に振った。
「…ダメですよ。だって、」
ちら、と先輩の制服の胸元に視線を移してみれば、そこにボタンは一つも残っていなくて。
同級生からも後輩からも憧れの的となっている先輩だから、ボタンの競争率が高いことは当然予想していたけど、まさかきっちり第二ボタンまでなくなっているとは。
全般的に物知りで、勉強に直接関係のないことに関する知識も豊富な先輩のことだ、第二ボタンが持つ意味を知らないはずがない。
つまり先輩には第二ボタンをあげてもいいと思える人がいて、それが無事に受け取ってもらえたということは、おそらく2人は両想いだったんだろう。
私はそんなことにも気づかずに、先輩の優しさに甘えてしつこくまとわりついていた、とんだお邪魔虫だったというわけだ。
もはや投げやりな気持ちで、私はあえてへらりと笑った。
「……優しくしてもらえて嬉しかったです。もう充分ですから、先輩は好きな人と幸せになってください。
……好きな人がいたこと、気づけなくてすみませんでした」
最後くらいは物わかりのいい後輩になろう。そう思ったのに、私の視界は涙でどんどん滲んでいく。
もうこれ以上先輩を困らせたくなくて、ぺこりと頭を下げて踵を返した、その時。
『はい、ストップ』
「……へ?」
先輩に手を掴まれて、引き止められてしまった。
「阿部先輩……?」
『本当に君って、人の話聞かないし、思い込み激しいし、鈍感だよね。……まあ、それも可愛いんだけど』
「え、えっと……?」
『ほら、手開いてみて?』
言われて、つい先程先輩に握られた右手を開いてみると……そこには制服のボタンが一つ。
「これって……」
『俺の制服の第二ボタン。取っておいたんだ。
俺がこれをあげたいのは、〇〇ちゃんだけだから』
もらいに来てくれるかなと思って待ってたのに来てくれないから渡しに来ちゃった、と困ったように笑う先輩。
状況が理解できずに立ち尽くす私。
『大丈夫?処理落ちしちゃった?笑』
「……ちょっと待っててもらえませんか。
現実受け入れるのに時間かかりそうで……」
『えー、すぐ返事聞きたいのになぁ笑』
「わざわざ言わなくたって、もうわかってるくせに……」
『俺は、〇〇ちゃんの口から直接聞きたいの。
ねえ、俺のこと好き?』
「……好きです、大好きに決まってるじゃないですか……!」
『ふふ、ありがとう。俺も〇〇ちゃんのこと大好き。
俺の、彼女になってくれる?』
そんな先輩の言葉に大きく頷くと、隠れて見ていた阿部先輩の友達の佐久間先輩と私の友達が2人揃って出てきて『おめでとー!』とはしゃぎまわったためちょっとした騒ぎになり、最終的には周りにいた生徒みんなに注目されてしまって……
ものすごく恥ずかしくてものすごく幸せなそんな光景に顔を赤くする私を、桜の木が優しく見下ろしていたのだった。
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