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そのメッセージは、深夜0時ちょうどに届いた。
《貴方の人生は正しいですか?》
差出人不明。
リンクがひとつ。
それだけ。
「……は?」
スマホの光が、暗い部屋で浮いている。
俺はいふ。高校二年生。
くだらん広告やろ、と思って画面を閉じようとした瞬間——
《回答してください。制限時間 59:59》
カウントダウンが始まった。
「は?ちょ、なんやこれ」
電源ボタンを押す。
消えない。
再起動。
消えない。
Wi-Fiを切る。
消えない。
カウントは減っていく。
59:42
59:41
59:40
「……気色悪……」
画面に、選択肢が出た。
Q1.
あなたはこれまでの人生で
誰かを本気で傷つけたことがありますか?
【YES】 【NO】
「……は?」
こんなん、誰でもあるやろ。
でも、指が動かない。
なぜか、答えたらあかん気がする。
ピロン。
別の通知。
『なぁ、これ見た?』
ほとけからやった。
「……は?」
俺はすぐ電話をかけた。
「もしもし!?」
『いふくん?』
ほとけの声は、いつも通り落ち着いてる。
でも、少しだけ震えてた。
「お前も来たんか!?あのメッセージ!」
『うん。“貴方の人生は正しいですか?”ってやつでしょ』
同じや。
『今、カウントダウンしてる』
俺の背中に、冷たい汗が流れた。
「お前、答えたか?」
『……まだ』
沈黙。
『いふくん。これ、いたずらじゃないよ』
その声が、妙に真剣で。
「は?なんで分かるんや」
一拍。
『だって』
『さっき、“NO”を押したら』
『画面に、小学生の時の写真が出てきた』
血の気が引いた。
「……は?」
『いふくんが泣いてるやつ』
心臓が止まった。
小学校五年の夏。
俺は——
ほとけに、最低なことを言った。
「なんでお前、そんな暗いねん」
クラスで孤立してたほとけに。
俺は、みんなの前で笑いながら言った。
「お前とおったら、俺まで変に見られるやん」
あの日。
ほとけは、何も言わなかった。
ただ、笑った。
あれが、初めて。
あいつが、俺の前で泣かなかった日。
「なんで……その写真……」
電話口の向こうで、ほとけが息を呑む。
『僕も分からない』
『でもね』
『画面に書いてあった』
《それは正しかったですか?》
俺のスマホが震える。
Q1の画面が、勝手に進んだ。
【YES】を押した記憶なんてない。
なのに。
《あなたは他人を守るために、誰かを切り捨てましたね?》
心臓が痛い。
カウントダウンは進んでる。
58:02
『いふくん』
ほとけの声。
『これ、多分……僕たちのことを知ってる』
画面が、真っ黒になる。
次に映ったのは——
校舎の屋上。
夜。
フェンスの向こうに、誰かが立ってる。
白いシャツ。
——俺や。
「なんや、これ……」
映像の俺は、フェンスを越えようとしている。
《あなたは一度、消えたいと願いましたね?》
喉が締まる。
あの夜。
ほとけが不登校になって。
全部、自分のせいだと分かって。
俺は、屋上に立った。
でも——
『いふくん』
後ろから、ほとけが来た。
『死なないで』
泣きながら。
初めて、俺の前で。
『僕、別に恨んでないから』
『だから、消えないで』
あの夜。
俺は飛ばなかった。
画面が揺れる。
《しかし、あなたは謝罪していません》
「……っ」
《逃げましたね?》
「違う……」
《正しさから》
「違う!!!」
スマホを投げる。
床に叩きつけたのに——
画面は割れない。
光は消えない。
《制限時間 30:00》
半分。
ピロン。
ほとけからのメッセージ。
『いふくん、今から会える?』
『直接話したい』
俺はすぐ家を飛び出した。
夜の空気が冷たい。
公園。
ブランコ。
ほとけは、そこに立っていた。
白いパーカー。
月明かり。
「……ほとけ」
振り向いた顔は、少しやつれてる。
でも、いつものほとけや。
『僕ね』
静かに言う。
『さっき、Q2が出た』
「なんやった?」
『あなたは今、幸せですか?』
沈黙。
『僕は……YESを押せなかった』
胸が締め付けられる。
『だって』
『いふくんが、ずっと自分を責めてるから』
息が止まる。
『僕はね』
ほとけが、笑う。
でも目は赤い。
『あの時、傷ついたよ』
「……」
『でも、それ以上に』
『いふくんが消えようとしたことの方が怖かった』
涙が、勝手に出た。
「俺は……」
声が震える。
「俺は、お前を守るつもりやったんや」
『うん、知ってる』
「でも結局、傷つけて」
『うん』
「謝るの怖くて」
『うん』
「ずっと逃げとった」
ほとけが、一歩近づく。
『じゃあ今、答えよ』
俺のスマホを差し出す。
《あなたの人生は正しいですか?》
カウントダウン。
05:00
『正しさなんて』
ほとけが、静かに言う。
『途中で変えられるでしょ』
「……」
『いふくん』
その目は、まっすぐやった。
『僕は、今のいふくんが隣にいる人生がいい』
『それは間違い?』
涙が止まらない。
俺は、震える指で。
【NO】
を押した。
画面が白く光る。
《不正解》
空気が凍った。
地面が揺れる。
ほとけの体が、透ける。
「……は?」
《あなたの人生は、他者の犠牲の上に成り立っています》
「やめろ」
《正しくない》
「やめろや!!!!」
ほとけが、消えていく。
『いふくん』
声だけが残る。
『僕はね』
『あの日からずっと——』
音が途切れる。
画面に、最後の文字。
《第二問に進みます》
世界が、暗転した。
目を開けたとき、俺は屋上に立っていた。
夜の校舎。
冷たい風。
フェンスの向こうは、闇。
「……ほとけ?」
返事はない。
ポケットの中でスマホが震えた。
《第二問》
《あなたは彼を救えますか?》
喉がひくりと鳴る。
「彼って……」
分かってる。
画面が切り替わる。
映像。
暗い教室。
机に伏せているのは——ほとけ。
高校一年の春。
クラス替え直後。
ほとけはまた、孤立していた。
俺は同じクラスだったのに。
——声をかけなかった。
周りの目が、怖かったから。
「……っ」
映像の中の俺は、笑ってる。
クラスの中心で。
ほとけを見ないようにして。
《あなたは彼を救えましたか?》
「違う……」
《見捨てましたね?》
「ちゃう……俺は……!」
《正しさとは、選択です》
《あなたは常に、自分を守る方を選んだ》
膝が震える。
「俺は……あいつを守りたかった」
《言葉ではなく、行動で示しましたか?》
胸が、抉られる。
突然、風が止んだ。
振り返ると、フェンスの向こうに——
ほとけが立っていた。
白いパーカー。
あの公園で見た姿。
でも。
目が、真っ黒だった。
『いふくん』
声は優しい。
なのに、冷たい。
『僕を救える?』
「当たり前やろ……!」
一歩踏み出す。
足元が、軋む。
屋上の床がひび割れていく。
《制限時間 10:00》
「やめろや……!」
ほとけが、フェンスに背を預ける。
『僕はね』
『あの日から、ずっと考えてた』
『いふくんは、僕を選んでくれるのかなって』
「選んどるやろ!」
『じゃあ、どうして』
黒い瞳が揺れる。
『どうして一回も、ちゃんと謝ってくれなかったの?』
心臓が止まった。
謝罪。
何度も言おうとした。
でも。
「今さら重いかな」とか。
「蒸し返す方が傷つけるかな」とか。
「俺が楽になりたいだけちゃうか」とか。
言い訳ばっか並べて。
結局。
逃げた。
「……ごめん」
声が出ない。
「ごめん……ほとけ」
ほとけの表情が、歪む。
『遅いよ』
フェンスの向こうに、後ろ向きに倒れ込もうとする。
「やめろ!!!!」
走る。
手を伸ばす。
でも距離が、遠い。
足が重い。
《あなたは彼を救えません》
「うるさい!!!!」
俺は叫びながら——
フェンスをよじ登った。
その瞬間。
時間が止まる。
空中で、ほとけの体が止まっている。
スマホが光る。
《最終質問》
《あなたの人生は正しいですか?》
選択肢は、二つ。
【YES】
【NO】
カウントダウン。
01:00
「……正しいわけ、あるか」
俺は、泣きながら笑った。
「俺はずっと間違えとる」
守る言うて、傷つけて。
大事言うて、逃げて。
好き言うて、誤魔化して。
「でもな」
空中のほとけを見る。
「それでも俺は」
「こいつと生きたい」
カウント。
00:30
《正しさを放棄しますか?》
「なんやそれ」
《彼を救う代わりに》
《あなたの“正しい未来”は消えます》
映像が流れる。
大学に進学する俺。
就職する俺。
笑っている俺。
その隣に——
ほとけはいない。
《これは、あなたが“正しく”生きた未来です》
胸が痛い。
「……」
ほとけが、空中で微かに動く。
『いふくん』
声が震えている。
『僕は、いふくんの足枷になりたくない』
「黙れ」
『正しい未来に行って』
「黙れ言うとるやろ!!!!」
涙で視界が滲む。
「俺の正しさはなぁ」
「お前がおる未来や」
カウント。
00:05
俺は、迷わなかった。
【NO】
押した。
世界が、割れる。
白い光。
落下する感覚。
目を開けたとき。
俺は——
公園のブランコの前に座っていた。
朝日。
鳥の声。
「……夢?」
スマホを見る。
何もない。
履歴も、通知も。
「……」
足音。
振り向くと——
「いふくん、何してるの?」
ほとけ。
いつもの顔。
普通の目。
「……お前」
声が詰まる。
「消えてへん……?」
『何それ』
ほとけが笑う。
『僕が消えるわけないでしょ』
涙が溢れる。
「……ほとけ」
立ち上がって。
俺は、真正面から言った。
「ごめん」
空気が止まる。
「小学校の時も」
「高校の時も」
「俺、自分守ることばっか考えてた」
「傷つけて、ごめん」
ほとけは、じっと見つめてくる。
長い沈黙。
やがて。
『知ってる』
優しく笑う。
『ずっと、分かってた』
「……」
『でもさ』
一歩近づいて。
『ちゃんと言ってくれて、ありがとう』
胸が、壊れる。
ほとけが、俺の袖を掴む。
『いふくん』
『僕はね』
『正しいとか、間違いとか分からない』
『でも』
『一緒に悩んでくれる人がいる人生は、悪くないよ』
涙が止まらない。
俺は、ほとけを抱きしめた。
強く。
消えないように。
遠くで、風が吹く。
スマホが、最後に震えた。
画面には——
《採点完了》
《あなたの人生は——》
文字が滲む。
《未完成です》
その下に、小さく。
《続行可能》
画面は、ゆっくり消えた。
それからというもの。
俺は逃げるのをやめた。
怖くても言う。
間違えたら謝る。
隣に立つ。
正しいかどうかなんて分からん。
でも。
「なぁ、ほとけ」
『なに?』
「俺の人生、まだ間に合うやんな」
ほとけは、少し笑って。
『うん』
『だって、まだ生きてるでしょ』
夕日が、二人を照らす。
怖い夜は終わった。
でも。
時々、思い出す。
あの問い。
「貴方の人生は正しいですか?」
答えは、まだ出ない。
でも俺は。
今日も隣にいるこいつを見て。
「間違いでもええ」
そう思いながら、生きていく。