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奏がナイトコードにログインしなくなってから既に2週間が経している。
そして、『25時、ナイトコードで。』のメンバーで奏の現実リアルでの連絡先を知っている人間はいない。
瑞希も、
絵名も、
まふゆも、
誰も、奏の連絡先を知らない。
いや、それは正確ではないか。正確に言えば、奏と確実に連絡を取れる手段がない、だ。
メールアドレスは知っているが、メールを送っても返信がない。
SNSのアカウントは知っているが、DMダイレクトメッセージを送ったところで既読すらつかない。
『セカイ』に行ったところで、奏が今何処にいるかなんてわからない。
交友関係。
電話番号。
住所。
そういった、確実に奏と会える手段を誰も持っていない、
だから、進展なんて無かった。
唐突に、今まで当たり前のようにあったはずの『それ』が途切れて、死んだ。
掴めるはずだった『何か』は何処かへ去って、いなくなった。
犍陀多カンダタと同じように。
「縺ゅ▲、縺セ縺オ繧!縺。繧?▲縺ィ閨槭>縺ヲ繧!」
「縺翫?繧医≧、縺セ縺オ繧。譏ィ譌・縺ョ蟆上ユ繧ケ繝、縺ゥ繧薙↑諢溘§縺?縺」縺?繧?▲縺ア繧翫>縺、繧る?壹j貅?轤ケ?」
あぁ、五月蠅い。煩わしい。めんどくさい。
何を言ってるのか分からない。何が言いたいのか分からない。何で話しかけて来るのか分からない。
あぁ、憂鬱だ。邪魔っけだ。うざったい。
只管に伝わらない。一向に届かない。無限に理解できない。
まるでたった独りで未知の惑星に転移テレポートさせられて、そこで異形の異星人エイリアンにでもあったかのような。
それでもこの口は勝手に『いつも通り』の返答をする。
「うん?どうしたの、2人とも?」
『囚われのマリオネット』に近づいてくる『ソレら異形共』。
『ソレら』の顔は黒く塗りつぶされている。
『ソレら』には手足が合わせて8本くらいある。
『ソレら』はなんか一定周期で身体が大きくなったり小さくなったりしている。
少なくとも、『囚われのマリオネット』からは、『ソレら』が『そう』見えていた。
「逅?ヲ吶■繧?s縺檎ァ√?縺薙→繧偵>縺倥a繧九s縺?繧茨ス」
「諱オ縺悟級蠑キ縺励↑縺??縺梧が縺?s縺ァ縺励g?」
クソどうでもいいことを得意気に、自慢気に、愉快気に話し続ける『ソレら』。
いつからだろうか?2週間くらい前からだろうか?
今まで『不通普通』に見えていたモノが見えなくなって、目に映るモノの総てが『壊れて』しまったのは。
乞われて、請われて、こわれて、
崩れて、融けて、終わって、
消えて。
(――――――――――――ウタ、が)
だけど大丈夫。何の問題もない。
だって、『これ』は、『いつも通り』のことでしかない。
共感できなくても、共有できなくても、共鳴できなくても、上手くやってこれた。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、分からなかったけれど、それでも相手が望むような自分を演じてこれた。だから、何も不可思議ではないのだ。
シュレディンガーの猫。
『箱の中のネコ』が生きてるかどうかは、フタを開けてみなくては分からないだろう?
『囚われのマリオネット』の『本当』の姿を知るモノは、識るモノは、もういない。
いないのだ。
「うん、満点だったよ。それよりどうしたの、そんなこと言って?」
白い、黒い、青い、赤い、淡い、濃い、紫の、黄の、緑の、明るい、暗い、冷たい、温かい、灰の、橙の、全てが綯交ぜになった色をしている『ソレら』に返答する。
理解はしていない。自分が何を言っているのか、『囚われのマリオネット塵人形』は微塵も分かっていない。だからこれはただの反射だ。熱いモノに触れると思わず手を引っ込めてしまうのと同じ、ただの条件反射、脊髄反射、パブロフの犬。
(――――――ウタ、が、まだ、…………)
『囚われのマリオネット塵人形』はもう、ナイトコードにログインすらしていない。
意味がないから。
理由がないから。
『あの子』はもう、いないから。
だけど、
(キコ、え、てる……よ…………)
それだけが、『囚われのマリオネット』の全てだった。
それだけで、『囚われのマリオネット』は生きていた。
死んだように生きて、生きているように死ぬ。
『一生懸命人間のふりをしているロボット』。
『人間になろうとしているロボット』。
『囚われのマリオネット』。
「あはは、もう、そんなこと言わないでよ。これくらい、何でもないって」
紫色の空の下で、
踏んだら棘が飛び出してくる道を歩きながら、
おどろおどろしい魔王城に向かって歩く。
ぐちゃぐちゃになった?ギターケース?スーツケース?本棚?を肩にかけて?
その中に?鼠とか?背骨とか?菜の花とかを入れて?
逝ってきますとか?無料居間とか?蟻が問うとか?言って?
生きているように死にながら、死んでいるように生きていた。
今日もまだ、見つからない。
明日はもしかして見つかるかな、なんて?
「縺昴l縺倥c縺、縺薙?蝠城。後r……、譛晄ッ泌・、遲斐∴縺ヲ縺ソ繧」
「はい。『文学評論を読むのは文学を理解するのにとても役立つ』、です」
「豬∫浹縺?縺ェ。蠎ァ縺」縺ヲ縺?>縺」
「ありがとうございます」
『いつも通り』に冷たい熊の氷像に座って、『いつも通り』にポップコーンの中から、『いつも通り』に左手の小指を取り出して、『いつも通り』にそれを咀嚼しながら、『いつも通り』にと前を向いて、『いつも通り』に画鋲で板に文字を刻みむ神様の言うことに答える。
それはとても堪える。
けれど、それは『いつも通り』のルーティン。
『囚われのマリオネット』の『当たり前』。
そう、囚われている。囚われていて、抜け出せない。
だから変わらない。変われない。
『それ』が、嫌だったから。
なのに、どうして?
『わ■しが■■続ける』
そう、言ってくれたじゃない。
『■■曲で雪■本■■救■■■っ■と■■■、■■るま■作■■け■』
そう、言ってくれたじゃない。
『そ■時■雪■、『ま■■■■っ■■■』って言■■く■■■い■』
そう、言ってくれたのに。
(まだ、聞こえる。……だから、私は、………………)
だから許さない。絶対に、そんなこと赦さない。
勝手に一抜けするなんて、勝手に脱落するなんて、自分勝手に先に逝こうとするなんて、そんなの絶対にユルサレナイ。
分からないけれど、何も、分からないけれど。
理由も、意味も、価値も、
理想も、理念も、理屈も、
本当に全部全部全部全部全部全部全部全部分からないけれど、
それでも、こんな勝手はユルサレナイでしょ?
勝手に期待して、勝手に期待させて、
勝手に救って、勝手に救われて、
勝手をして、勝手をされて、
責任くらい、とってもらわないと。
そうじゃないと割に合わない。
割に、合わない。
「………………………………死にたい、消えたい、以上……ない…………か……………………」
エレベーターを歩きながら駆け下りて、たぶん中庭であっただろう洞窟に身を潜めながら、『囚われのマリオネット塵人形』はぼぉっと考える。
どうすればよいのだろうか?
どうしたらいいのだろうか?
その、無駄に優秀な頭脳は、勝手に考えて、頭を回して、そうして結論するのだ。
もう、どうしようもないのでは、と。
「でも、諦めて、……それで?」
もし、誰にも言えないまま抱えた想いにこそ価値があるのだとすれば、
もし、癒えなくて、見えない傷ほどに、瘡蓋さえもできないのだとすれば、
もし、全ての努力が報われてしまうのであれば、
「縺?s縺昴l縺ァ、遘宵・崎・さ・ん・縺輔s縺ョ縺薙→縺悟ソ??縺ァ」
「ッッッ!!!???」
モノクロでカラフルな、
グチャグチャに壊れている癖に碁盤の目のように整頓された、
化け物だらけなのに人形だらけの世界で、
『あの子』の名前が聞こえた。
今の『囚われのマリオネット塵人形』に唯一届く、その文字列。
宵崎奏。
「…………奏」
垂れ下がった糸に手を伸ばすか、
垂れ下がった糸を振り払うか、
それを選択するのは、『囚われのマリオネット』自身だ。
それとも、あれか?
操り人形如きが自分の意志で誰かに話しかけることを望むのは、酷か?
「―――――――――――――」
いいや、そんなことはないだろう。
今はまだ、気づいていないだけだ。
もう、とっくにその糸は切れている。
執着、妄執、依存。言い方は何でもいい。
もう、とっくに自分で選べるようになっている。
気づいていないだけだ。『セカイ』で、人形展で、カフェで、ナイトコードで、奏はもうとっくに、マリオネットを人間にしてあげた。
さぁ、嘘吐きなキノピオ。
そろそろ目を逸らさず、真っ直ぐ見つめ返す時が来た。
ゼペットじいさんが直したその心は、もうとっくに真実を見つめられるようになっているだろう?
嘘を吐くのは、もうやめよう。
「ねぇ、」
近づく。
近づいて。
そして、朝比奈まふゆは望月穂波が垂らした最後の糸を掴んだ。
「今、宵崎さんって、言った?」
それこそが奏に繋がる最期の手掛かりだと、そう思って。
そう、信じて。
――――――それこそが誤った選択だと、気づかないままに。