テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ruruha
821
#執着
さぶれ
1,802
49
#元カレ
まぁ
31,919
コメント
1件
ああ、このエピソードは胸が温かくなる反面、最後の締めくくりでグッと切なくなったよ。公園で曲を作りながら意見をぶつけ合う日々、“相棒”という言葉にときめく怜央の心情描写が凄く丁寧で、鈴の明るさと不器用な優しさが伝わってくる。特に「テストの約束」のエピソードは、二人の距離感が自然に縮まっていく様子が愛おしい。でも最後の「記憶がないって…ふざけやがって」で一気に現在の痛みが蘇る構成が巧いな。しろのねさんのこういう“過去の温かさ”と“現在の喪失感”の対比、いつも見事だと思う。
公園からの帰り道。鈴の提示した「作戦会議」という名の名目に背中を押されながら、俺たちは他愛もない会話を交わしていた。「ところでさ、どこで曲作りする?」
「……俺の家は無理だな。父さんがうるさい」
「私もー。静かにしないといけないの」
理由を尋ねると、鈴の父親は誰もが一度は目にしたことがある有名な小説家で、テレビの文化番組などにも時折顔を出している人物らしい。
「普段はすごく優しいんだけどね。執筆中に話しかけると、別人みたいに怒るの」
鈴は困ったように肩をすくめて笑ってみせた。
「じゃあ、さっきの公園は? あんまり人もいなさそうだったし」
「さんせー! あそこ、ほんとに誰も来ないもんね」
その日を境に、学校が終わった放課後も、陽の光が眩しい休日も、俺たちの定位置はあの静かな公園になった。
引きこもりがちだった俺が自分から外へ出ていく姿を見て、母さんは信じられないといった様子で涙を浮かべた。
「怜央に……友達ができたなんて……!」
大げさに感激する母さんを少し気恥ずかしく思いながらも、胸の奥がじんわりと温かくなるのを覚えた。
鈴は手帳サイズのノートを、俺は父さんから譲り受けた型落ちの古いパソコンを公園のベンチに持ち寄り、互いにアイデアを持ち寄った。一音ずつ、一小節ずつ、ジグソーパズルを組み上げるように丁寧にメロディを形にしていく。
音の解釈や構成で意見がぶつかることも珍しくなかった。互いに譲れないこだわりがあれば、周囲の景色が夕闇に包まれるまでとことん話し合った。時には感情が高ぶって気まずい喧嘩に発展することもあったが、不思議なことに翌日公園で顔を合わせれば、何事もなかったかのように「昨日のサビなんだけどさ」と会話が始まった。
どれだけ言い争っても嫌な気がしなかったのは、根底に「いい曲を作りたい」という共通の熱量があったからだ。互いに譲れない想いを抱えながらも、俺たちの視線は常に同じ方向を向いていた。
──────────
時の流れは思いのほか早く、数年が過ぎて俺たちは中学生になった。
環境が変わっても俺たちの関係性は何も変わらなかったが、唯一の大きな変化と言えば、門限が少しだけ延びたことくらいだった。あの日、公園で熱中しすぎて遅く帰宅した際に母さんの激しい雷が落ちたのは言うまでもない。それでも、曲作りに充てられる時間が増えたことは純粋に嬉しかった。
中学に上がった当初、学校の敷地内で鈴と話す機会はほとんどなかった。天性の明るさを持ち、誰からも親しまれる鈴は、入学してすぐにクラスの中心人物となっていた。一方で俺はといえば、賑やかな輪から離れ、教室の隅でひたすら本を開いているようなタイプだった。
「ねぇー、なんで学校だと全然喋ってくれないの?」
ある日の放課後、鈴が不満そうに口を尖らせた。
「あ? 別にいいだろ、どうでも。そんなことよりテスト勉強しろよ」
その日は鈴の家に上がり込み、期末テスト一週間前の追い込み作業を行っていた。机の上には教科書とノートが雑然と広げられている。
「えー、怜央が冷たいとやる気出ないー。手が止まっちゃう」
「中間テスト、相当やばかったんだろ?」
「ぎくっ……」
わかりやすく体を震わせる鈴の成績は、正直に言って散々なものだった。得意な教科を除けば、いつ赤点を取って補習に呼ばれてもおかしくないラインをさまよっている。
「なんで国語と英語だけはいつも高得点なんだよ。他の教科も少しは頑張れ」
「だって〜」
理由を聞けば、国語は直感で解けるから簡単で、英語は最近ハマっている洋楽の歌詞を理解したくて勉強したから、とのことだった。他の教科は興味が持てないから頭に入らない、と本人は至って真面目に主張している。
「おい、それただ勉強してないだけだろ!」
「えーーーーっ」
大声を上げて机に突っ伏す鈴を見下ろしながら、俺は深いため息をついた。実際、今回の国語のテストも、俺より鈴の方が点数が上だった。落とした箇所を確認すると、鈴の失点は純粋な漢字の書き取りだけ。文章読解のセンスだけで点数を稼いでいるようなものだった。国語だって真面目に漢字を覚えれば満点すら狙えるはずなのだ。
(バカと天才は紙一重って、本当にこういうことを言うんだな……)
頭を抱えながら、どうにかしてこいつのやる気スイッチを押す方法を考える。
「……次の期末で全教科、平均点を超えたら考えてやる」
「なにを?」
「さっきの話だよ。学校でも普通に会話するってやつ」
「ほんと!? 約束だからね!」
「いや、“考える”って言っただけだぞ」
──────────
そして訪れた、テスト返却の日。
黒板には各教科の平均点が白チョークで書き出されていた。終礼が終わると同時に、鈴は弾けたような笑顔で俺の前の席に勢いよく腰掛けた。
「どお!? 全部平均点超えたよ!」
差し出された解答用紙を確かめると、相変わらず得意教科以外は赤点ギリギリの滑り込みだったが、確かにすべての教科で平均点を上回っていた。
「ふっ……」
俺は黙って自分のテスト用紙を重ねるように開いて見せた。
「なっ……!?」
「まだまだだな」
全教科90点台で揃えられた答案を見た鈴は、悔しそうに目を丸くした。
「うっわ、すご……。でも、約束は約束でしょ!」
「だから俺は“考える”って言っただけで――」
言いかけたところで、ふと周囲の空気が静まり返っていることに気づいた。顔を上げると、教室中のクラスメイトたちが驚きと好奇の混ざった視線を俺たちに注いでいた。
「ふたりっていつの間にそんな仲良くなったの?」
女子の一人が尋ねると、鈴は当然のような顔で笑ってみせた。
「ん? 怜央とは元から仲良いよ?幼なじみだし」
「え?!そうなの??でも、学校では全然喋ってなかったじゃん」
「学校ではねー! ほんと、ツンデレなんだから」
「おい……余計なこと言うな」
呆れる俺の頬を、鈴はいたずらっぽく引っ張った。
「怜央は私の相棒だもんね!」
「……あいぼう?」
思いがけない言葉に、胸がトクンと跳ねた。“相棒”――そんな風に呼ばれたのは人生で初めてだった。鈴はずっと、俺のことをそんな風に思ってくれていたのだろうか。じわじわと込み上げる嬉しさを隠すように、俺は視線を逸らした。
「いや、ライバル……かな? でも親友でもあるよね! どれがいい?」
「どれでもいいよ。ばーか」
「なっ!? バカじゃないもん! ほら、国語は今回も怜央より高いし!」
「はいはい。でも他の教科、ちゃんと点取らないとおばさんに怒られるぞ?」
「げっ……だ、大丈夫だよ、きっと。頑張った成果は見せたし……!」
「怒られても俺は庇わねえからな」
「ひどっ!」
──────────
その日を境界線にして、学校で鈴と一緒に過ごす時間は自然と増えていった。
最初は距離感に戸惑っていた周りのクラスメイトたちも、いつの間にか俺たちが二人でいる光景を当たり前のものとして受け入れるようになっていた。
鈴の隣にいることで、俺自身も周囲から“普通に話せるやつ”として認知され始め、教室でクラスメイトと会話を交わす機会も少しずつ増えていった。頑なだった俺の世界を開いてくれたのは、間違いなく鈴だった。
鈴は、俺にとって特別な存在だ。言葉では言い表せないほど大切で、いつまでもこのままでいたいと、ずっと隣にいたいと素直に思える人。
ふと隣を仰げば、爽やかな風に長い髪をなびかせながら笑う鈴の姿が、鮮明に脳裏に浮かび上がる。
(なんだよ、記憶がないって……ふざけやがって……)
胸の奥を刺すような痛みが走り、俺は強く拳を握りしめた。
もう一度、あいつと一緒に音楽を作りたい。くだらないことで笑い転げ、納得がいくまで語り合いたい。
……会いたい。
溢れ出しそうな感情を抑え込めないまま、俺は静寂に包まれた星空をただじっと見上げ、心の底から強く、強く願った。