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私だけに優しい貴方

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私だけに優しい貴方

第105話 - 百四話

2025年03月31日

#溺愛

#独占欲

#婚約破棄

#義理の兄妹

#執着

#ロマンスファンタジー

秘翠ミツキ

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秘翠ミツキ

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カンッ‼︎　鈍い音が響いた。人を斬った音ではない。

これまで僅かに余裕を見せていたディオンはその瞬間、全身が凍りついた。

ツバの広い帽子が空高く飛ぶのが見えた。燃える様な赤毛の長い髪が舞広がる。

「リディアちゃんっ⁉︎」

男の剣を鞘ごと受け止めたのはリディアだった。両手を使い男の力に押し負けそうになりながら耐えている。

「リディア‼︎」

ディオンは前方のリュシアンを押し退け急ぎ走った。

◆◆◆

このままではシルヴィが殺される。頭では理解出来ても身体が凍り付いた様に微動だにしない。

(誰か、助けてっ)

声すら出ない。心の中で叫ぶしか出来ない。視界に入るフレッドは意識はある様だが、未だ立ち上がる事は出来ない様子だ。

リュシアンのシルヴィを呼ぶ声が近くなるが、まだ距離を感じる。

ーー多分……間に合わない。

シルヴィが壁際に追い詰められしゃがみ込んだ。男の剣は高く持ち上げられる。それ等全ての動きがゆっくりと流れて見えた。やはり現実だと思えない。

(私は悪い夢でも見ているの……？)

違う、これは夢なんかじゃ無い。これは現実なんだ。今シルヴィは殺されそうになっている。目の前の出来事全ては現実だ。

(あれは……)

フレッドの予備の剣だろうか……不意に少し離れた場所に落ちているのに気が付いた。

瞬間、身体が軽くなる。身体が勝手に動き……気付けば剣を拾い上げていた、そして……。

ーーカンッ‼︎

鈍い音が響いた。振りかざされた男の剣を鞘ごと横にして受け止めた。驚く程強い力でギリギリと押される。

「リディアちゃんっ⁉︎」

背後からシルヴィの声が聞こえた。間に合った、彼女は無事だ。

震える腕で必死に耐える。

「リディア‼︎」

ディオンの声が聞こえる。久しぶりに聞いた兄が自分を呼ぶ声を噛み締めた。瞬間リディアは全身の力で男の剣を振り払う。

片膝を立て中腰だった体勢から立ち上がり、そして鞘から剣を抜き敵へと突き付ける。鞘が地面に落ちた音がいやに耳についた。

正直、怖い。怖くて仕方がない。立っているのが精一杯だった。だがここで怯めば二人共に斬り殺されるだけだ。

「シルヴィちゃん……私が時間を稼ぐから、逃げてっ」

肩越しに彼女を振り返りそう告げた。

二人で死ぬより、シルヴィだけでも生きるべきだ。

剣を敵へと向けた瞬間、妙な覚悟がリディアの中に生まれる。不思議な感覚を感じた。リディアが剣を握るのなど、お遊び程度でしかなかった。まして真剣を握った事すら無いに等しい。それなのに……今自分は迷いなく目の前の男へ立ち向かおうとしている。

ーー身体の震えは止まった。もうそこに、怖さはなかった。