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本当は別垢で投稿しようと思ってたけど、こっちで投稿します!
桃さん・御狐様
人気だったら、続編書きます!
なら、♡をおしてください((
◯◯◯◯年9月1日。
夏の終わりを告げるような、重たい雲が空を覆っていた。
蝉の声はもう弱く、かわりに名も知らぬ虫の音が境内を満たしている。
とある社の扉は、その日、ひとりでに開かれた。
きし、と乾いた音。
長い間、閉ざされていたはずの扉が、内側から押し開けられる。
そこにいたのは、一人。
いや――一匹。
緑深い神社には、あまりにも似合わない色。
薄桃色の髪と、同じ色をした九つの尾。
それが、俺だ。
俺の名は、ないこ。
この社に祀られた御狐様。
神の依り代。
そして――神に捧げられた、生贄。
扉の向こうから、湿った空気が流れ込む。
木々はざわめき、境内の草花は一斉に揺れた。
俺が一歩、外へ出ると。
枯れかけていた紫陽花が、ふわりと色を取り戻す。
倒れかけていた若木が、しゃんと背を伸ばす。
石段の隙間に咲いた小さな花が、光を弾く。
生きるものは、より強く。
死にかけたものは、わずかに息を吹き返す。
俺が、この土地にいる限り。
それが、神としての力。
だが俺は、その奇跡を誇ったことは一度もない。
桃「……別に、望んだわけじゃねぇし」
低く呟くと、尾がひとつ揺れる。
風は吹いていない。
けれど境内の木々は、ざわ、と応えた。
まるで、俺の機嫌をうかがうみたいに。
社の中は、静まり返っている。
薄暗い空間に、古びた神鏡と、朽ちかけた御札。
香の匂いが、いまだに残っている。
俺は、畳の上に胡坐をかいて座る。
昼間はこうしていることが多い。
祈りは、ほとんど来ない。
この神社は忘れられかけている。
街からも離れ、参道も荒れている。
人間は、忙しい生き物だ。
役に立つ神だけを信じる。
俺は、ただの“守り神”だ。
願いを叶える神じゃない。
病を治すわけでも、金を降らすわけでもない。
ただ、この土地を保ち、
静かに時を見守るだけ。
桃「退屈だな」
ぽつり。
天井を見上げる。
木目の模様が、ゆらりと歪んだ。
俺の力は、感情に左右される。
悲しめば雨が降り、
怒れば雷が鳴る。
喜べば、花が咲く。
そして――
強く、誰かを想えば。
この土地は、奇跡を起こす。
それが怖い。
俺は、神として未熟だ。
感情を抑えきれない。
愛し方を、知らないから。
夜になると、境内は別の顔を見せる。
月光が石段を照らし、
木々の影が長く伸びる。
俺は社の屋根に腰を下ろし、足をぶらつかせる。
人間の姿をしているが、
俺の本質は狐だ。
耳を澄ませば、遠くの川の音も、
山を越える風の動きもわかる。
桃「……人間、か」
小さく笑う。
俺は、もともと人間だった。
前世の記憶が、はっきりとある。
笑っていた日々。
六人で過ごした、何気ない時間。
放課後の空。
夕焼けの匂い。
そして――
選ばれた日。
MOB「この子を」
その言葉で、すべてが決まった。
神は、俺を欲した。
俺は、差し出された。
怖くなかったわけじゃない。
泣きたくなかったわけでもない。
でも。
俺は、笑った。
あいつらが、生きられるなら。
それでいいと、思った。
……思ったはずだ。
なのに。
どうしてこんなにも、胸が痛む。
神になってから、涙を流したことはない。
流せないからだ。
神は、泣かない。
けれど。
夜の奥で、心だけが震える。
桃「……俺は、何だ」
狐か。
神か。
それとも、捨てられた人間か。
答えは、ない。
翌朝。
境内に霧が立ち込めていた。
白く、柔らかな光。
俺は社の前に立ち、手を伸ばす。
霧が、指先に絡みつく。
それはまるで、誰かの記憶みたいだった。
忘れられたもの。
置き去りにされた時間。
俺は、この場所でずっと待っている。
何を?
わからない。
ただ、胸の奥が告げる。
まだ、終わっていないと。
俺の役目は、ここで終わりじゃないと。
風が吹いた。
木々が一斉に揺れる。
境内の鈴が、鳴る。
からん、と澄んだ音。
その瞬間。
死にかけていた小さな雀が、ふわりと飛び立った。
俺は目を見開く。
桃「……」
願っていない。
何も、強く願っていないのに。
それでも奇跡が起きた。
神の力は、時に勝手だ。
俺の意思と関係なく、
この世界を揺らす。
桃「やめろよ……」
小さく呟く。
俺は、奇跡なんて望んでいない。
奇跡は、人を狂わせる。
希望は、毒だ。
救いは、代償を伴う。
それを、俺は知っている。
俺が生贄になったのも、
奇跡を望まれたからだ。
昼下がり。
境内の石段を、風が撫でる。
誰も来ない。
静かだ。
あまりにも静かで、
自分の心音が響く。
俺は賽銭箱の前に立つ。
硬貨は、ほとんど入っていない。
誰かの古い祈りだけが、そこに残っている。
手を伸ばし、箱に触れる。
その瞬間。
温もりが、広がった。
過去の祈り。
MOB「守ってください」
MOB「幸せになりますように」
MOB「どうか、どうか」
人間は、弱い。
だから祈る。
俺は、祈られた。
そして、捧げられた。
皮肉だな。
祈る側だった俺が、
祈られる側になっている。
桃「……笑えねぇ」
俺は、そっと目を閉じる。
この社にいる限り、
俺は消えない。
神として、ここに縛られている。
でも。
もし。
俺が強く願えば。
この世界に、大きな奇跡を起こせる。
命を賭ければ。
……きっと。
その時。
俺は消える。
神としても、人間としても。
存在そのものが、消える。
それが、最後の願い。
まだ、その時じゃない。
でも。
いずれ。
俺は、選ぶ。
夕暮れ。
空が赤く染まる。
境内の影が、長く伸びる。
俺は石段の一番上に立ち、遠くを見つめる。
街の灯りが、かすかに瞬く。
人間たちの世界。
俺が、もう戻れない世界。
胸が、ひどく締めつけられる。
桃「……忘れるなよ」
誰に言うでもなく、呟く。
俺は、ここにいる。
まだ、消えていない。
まだ、待っている。
緑深い神社に似合わない桃色は、
今日も境内に揺れている。
涙が出るほどの感動なんて、
今はまだない。
ただ、静かな時間だけが流れている。
けれど。
運命は、確実に動いている。
この社で。
この土地で。
俺は、息をしている。
神として。
そして。
ないこという、一匹の狐として。