「っふあ」
今しがた自分のターンの駒を動かし終えた鋭い爪のついた手が流れるように口元に持っていかれ、手で隠しながら欠伸が零される。
その彼の一連の仕草は性格故の雑さを含んでおきながら、どこか気品のようなものも感じさせた。でもそれ以前に、彼を改めて認識したことで、遠い空間へ飛ばされていたような狭まっていた感覚が戻って来る。
大凡予想を付けながら、窓の外へ視線を向けてみる。
窓の先に広がっていたのは予想違わず、橙と淡い紫の世界と、空の海を悠々自適に飛ぶ黒い鳥だった。目の前の彼も予想違わず、頬杖をつきながらチェスでの次の手を黙々と考えていた。
「……夢中になりすぎましたね。ラグーザ、もうすっかり夕暮れ時ですよ」
「んあ?……ほんとじゃん」
どうやらラグーザも夢中になってくれていたようで、言われて気付いたと言わんばかりの様子で窓の外を見ては少し驚いている。
「流石にそろそろ切り上げますかね」
「ん〜……」
「結局何勝何敗ですっけ?」
「4と4。気持ち悪いけど、ドローだな」
どちらが、なんてものは無かったらしい。
どうりで全試合に決着はついているのにも関わらず勝っている気も負けている気もする不思議な感覚があったわけだ。
「はぁ〜、なんか一気に気ぃ抜けたわ。」
「僕もです。ゲームでこんなに熱中したのは昔ぶりだったので、慣れない疲労感が凄いです。」
「ふはっ。疲弊するまでゲームしたことねぇけど、なんか分かる気ぃするわ」
「それに、こんなに長時間誰かと同じものに夢中になること自体初めてで新鮮で、僕は凄く楽しかったです」
そこまで言ってふと、確かこの吸血鬼はゲームに良い思い出がなかったのだっけ、と思い出す。つい忘れかけていたが、僕の目的はそこにあったことを思い出した。
先程彼がしていた真剣な表情を思い浮かべ、返ってくる答えに半分確信を持ちながら、僕はラグーザに堂々と問うた。
「どうでした?」
「んぁ?」
「ゲーム、楽しかったでしょう?」
彼が僕の問を咀嚼しきった時。僕の顔をちらりと見ては、またすぐに視線を逸らし、そっぽを向いたまま、僕の望んだ通りの解答を紡いでくれた。
「…ま〜あ?悪くは、ないんじゃないの」
そう言う彼の顔は、照れくさそうな、満足そうな。その顔を見て、僕は不思議な達成感を得たのだった。
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