それから樹海の中でモンスターに出会うこともなく俺たちはゴールにたどり着いた。
着いたら、既に何人かの祓魔師見習いが俺たちよりも先にゴールにいた。
彼らは俺とアヤちゃんを見て、『なんか知らないやつらがいるぞ』みたいな視線を向けてくる。
彼らの好奇の視線に晒さらされながら父親の元に向かうと、地図を返却した。
「どうだ? 楽しめたか?」
「うん。ちょっと長かったけど」
俺はちらりとアヤちゃんを見る。
アヤちゃんは楽しそうな笑顔を浮かべているものの、その顔にはちょっとした疲労が見えた。
当たり前だ。普段から父親と組み手やら何やらで身体を鍛えている俺と違って、アヤちゃんはそんな過激なことはしていない。
だから、途中で歩けなくなってしまって、休憩を挟んだのだ。
『導糸シルベイト』で足を冷やし『形質変化:水』の水を飲んだり、と言った具合である。中学生向けのコースに、小学生である俺たちは少し早かったかも知れない。
しかし、分かっていたことだが魔法が使えれば何の荷物を持っていなくてもどこだってちゃんとした休憩が取れる。本当に便利なものだ。
そんなアヤちゃんは疲れているというのに、その様子を全く見せず父親に笑顔を向けた。
「イツキくんとお喋りできて楽しかったよ!」
「うむ。何よりだ」
父親は両の腕を組んでから、したり顔で頷うなずく。
俺はそんな父親の服を少し引っ張った。
「ねぇ、パパ。ちょっと良い?」
「む? どうした?」
「ちょっと人のいない場所に行きたくて……」
「ふむ……」
そう言うと父親は周囲を見渡してから、「分かった」と唸うなった。
俺はアヤちゃんに「少し待ってて」と言うと、集団からちょっとだけ離れる。
離れた瞬間、父親が内向きモードになって話しかけてきた。
「どうだったイツキ、パパの考えは。上手くいったか?」
「うん。アヤちゃんとは仲良くなれた……と、思う」
「そうだろう。パパとレンジが仲良くなったのも、ここの合宿場なのだ」
はぇ、そうなんだ。
いや、その話は今は置いといて、
「実はね。ちょっとだけ、アヤちゃんと『共鳴』したんだ」
「……む?」
俺の言葉に、表情を変える父親。
だから俺は続けて説明した。
アヤちゃんと触れた時に移動した江戸時代みたいな集落のこと。
そこで出会ったアヤちゃんそっくりな女の子のこと。
そして、『氷雪公女』の話。
なるべく分かりやすくなるように時系列順に並べた俺の話を父親は最後まで黙って聞くと、深く息を吐き出して俺の頭に手を優しくのせた。
「よく無事だったな、イツキ」
「……うん。戦ったわけじゃ、ないから」
真正面から心配されてしまって、俺は一瞬だが言葉に詰まった。
「しかし……そうか。『氷雪公女』か」
「知ってるの?」
「……いや。全くだ」
少しだけ視線をあげて父親が続々とゴール地点に集まってくる祓魔師見習いを見ると、再び視線を俺に戻す。
「だが、その“魔”は確かにそう名乗ったのだろう?」
「うん。そう、言ってた」
「……厄介だな」
久しぶりに見る父親の苦虫を噛み潰したような顔に、俺も思わずぎゅっと手に力が籠こもる。
「良いか、イツキ。この場合は2つの可能性が考えられる」
「2つ?」
「うむ。1つはその“魔”が自分で名乗っている場合だ。驕おごり高ぶり、自らの力に溺れた“魔”は、人に恐れられるために自ら名乗る。問題なのは、驕おごれるだけの力を持っているということだ」
「……ん」
父親の言葉に、俺はわずかに相槌だけ返した。
父親の言いたいことは分かる。
調子に乗るやつというのは、それなりに実力を付けているから調子に乗るのだ。
少なくとも、自分のことを未熟だと思っている人間は調子になど乗らない。
そしてモンスターが調子に乗る瞬間というのは、祓魔師を殺し慣れてきたタイミングである。
例えそれが『第六階位ネームド』なんていう規格外じゃないにしろ……いや、第五階位や第四階位だって普通の祓魔師相手には、れっきとした脅威になるのだ。
『氷雪公女』がそういうモンスターである可能性はある。
「そして、もう1つは本当に『第六階位』である可能性だ」
「でも、パパは名前を聞いたことが無いんでしょ?」
祓魔師として、一線で活躍する父親が第六階位のモンスターの名前を知らないなんてことがあるんだろうかと思って俺が聞くと、父親は頷いた。
「あぁ。もちろん、パパとて全ての“魔”を知ってるわけではない。パパが生まれる前に祓われた、あるいは封じられた『第六階位』の“魔”の記録を全て覚えてはいないからな」
「……じゃあ」
どうすれば良いんだ、と言おうとするよりも先に父親が口を開いた。
「大丈夫だ。こちらは調べてもらえれば、すぐに解決する」
「調べてもらう?」
「『神在月かみありづき』の分家に“魔”に関する書式を収集し、編纂へんさんし、管理する家があるのだ。名を『月島』と言う」
そんな家があるのか。
「じゃあ、そこに調べてもらえば良いの?」
「あぁ、そうだ。今から依頼を送っておこう。明日までには返答がくるはずだ」
明日までってことは今から調べるのかな。
俺は強まる西日を見てから、ふと思った。
……残業確定?
いや、流石に色々と古い祓魔師とはいえ、仕事の依頼分をPDFで送るくらいだし、情報のデータ化くらいはされているだろう。されてるよね?
なんで俺がそんなことを考えているかと言うと、俺が前世で働いていた印刷会社の業務の1つにあったのだ。資料のデータ化が。
大手の印刷会社ならやってないかも知れないが、俺が働いていたのは中小企業。
そういうところは色々と手広くやっているものだ。
やらないと生き残れないとも言える。
「そろそろ戻ろう。これ以上、離れているわけにもいかないからな」
俺が色々と考えている端で、父親はそういうと足を祓魔師見習いたちのところに向ける。
とりあえず俺も戻ろうと思って踵を返すと、祓魔師見習いたちの合間を縫ってこちらに向かってくる白雪先生が見えた。
「あれ? 白雪先生?」
「はい。む、迎えに来ちゃいました。あはは……」
俺の問いかけに困ったように笑う先生。
どうやって来たんだろう……と、思いながらも俺は話をするなら早い方が良いと思って、白雪先生に先ほど父親にした話と全く同じ話をした。
流石に2度も同じ話をすれば、要点も掴めるというもの。
説明している途中で、白雪先生の顔が段々と真顔になっていくのを見ると……やっぱり、ただならぬことが起きているんだと理解する。
そして、全ての説明を終えた時に白雪先生は静かに口を開いた。
「イツキくん。教えてくれて、ありがとうございます」
「先生。どうしますか……?」
そういって、俺は父親と会話しているアヤちゃんを見る。
魔法が使えなくなってしまった女の子を見る。
「焦る気持ちも分かりますが、やることは変わりません」
白雪先生は俺と同じようにアヤちゃんを見ながら、優しく続けた。
「拒絶が緩むまで時間を開けて、思い出を作る。それで『共鳴』の深度を高めるのです」
そして、先生は真面目な顔で俺を振り向いた。
「『仲良し大作戦』継続です」
……いつの間に作戦名が。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!