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結果から言うと、無限ループは終わった。
目を覚まして初めに視界に入ったのがいつもの天井だったので、まさかと思ったが、携帯の画面をタップして9月1日の表示に安堵した。
が、それも束の間。
その上の8時10分という大文字を見て反射で跳ね起きることになる。
「やあっべッ……!」
9月1日。
夏休みは終わった。
が、夏休みが終わるということは、
学校が始まるということになる。
しかもディオの一件で校内を封鎖されたことで、今日からは一時転入先の新しい学校、新しいクラスで新学期が始まる。
そう、始業式の日なのだ。
パンを焼くヒマすらない。
生のままのパン二枚を片手に、半着替え状態のまま妹の部屋へ飛び入る。
「理紗っ! 大変だ、もうこんな時間――――、」
ベッドですやすやと眠る、暑さに負けて肌蹴たパジャマ姿の無防備な妹に、一瞬で倫理観の目潰しを受けた。
「お、おい! 起きろ、学校行くぞ!」
「ゥゥゥン」
「てかお前も目覚ましかけろよ! 今日始業式だろ、初日にしっかりしねえと、新しいクラスで友達できねーぞ!」
「ゥゥゥン……、ゥゥゥウウウン……!」
「チェンソーのエンジン音かよ……! くそ、理紗の寝起きの悪さはオレが一番よく分かってる……、こうなったら三十分は布団から出てこねえし言葉も通じねえ。 おい理紗、オレだけでも行くからな、起きたらパンとか食えよ、んで間に合いそうだったら昼からでもちゃんと登校しろよな!」
「ゥゥ……」
妹を見捨てて、急いで家を飛び出す。
既に熱い日照りの中、走って最寄り駅まで向かう。
これまでは徒歩通学だったが、これからはそうもいかない。
学校から指定された一時転入先の高校は、四駅隣だ。電車を利用しなければ、朝の消費エネルギーはエラいことになってしまう。
自転車なら行けなくもないが、一時転入がいつまで続くか分からない上に、理紗は引きこもり体質のために体力がないし、雨の日なんかのことを考えれば選ぶのは電車一択だった。
どうしてこんな日に限って寝坊しちまったんだ?
これまではこんなこと、一度もなかった。
理紗が寝起き悪さにゴネてギリギリになることはあったが、本気の遅刻なんてしたことがない。
昨晩だって夜更かしをキメていたワケじゃない。いっそ、疲労から早めに床についていた。
8月31日の夜。
オレは状況の報告と、気絶したラヴェンダーのその後を聞くためにジョン・ドゥと通話をしていた。
「そんなにも俺のことが信じられないか? 安心しろって、ラヴェンダーは才能が使えないように軟禁してる。 目隠しもしてる。 烏に睨まれるなんて不吉、俺達だって嫌だからな」
「そうか……。 悪い、本当に助かる」
「いやいや、助かったのはこっちさヒーロー。 俺達としてもラヴェンダーには手を焼いていた。 あんな悪魔的で無敵な奴、対抗する手立てが無かったからな。 それに君が教えてくれた力……、顕現ってやつ。 あんなの、もし正面からぶつかったら対策の方法が無かったぜ。 ホント、どうやって勝ったんだよ?」
「……いや、さっき言った通り、何も憶えていなくて。 あいつが『OD』ってのを発動させて、逃げ回ってたとこまでは記憶にあるんだが……、そこから先は真っ黒に抜け落ちちまってて……」
「本当に何にも? これっぽっちも思い出せないのか?」
「ああ……、なんとなく印象に残ってんのは……、なんつーか、破壊衝動って言うのかな? なんか突発的になんか仕出かしちまいたくなるような、そんな感じだけだ」
「破壊衝動か。 君の力、破壊の権能だっけ? それと関係があると見て間違いないだろうが……、そんなヒントじゃ謎解きにゃ鍵が足りねえな。 ま、奴を倒してくれただけでこっちは大利益だしいいや。 その『|破壊衝動』について分かったら、また、教えてくれよ」
「おい待て、『破壊衝動』? なんだよその呼び方」
「ヒーローが言ってたんだぜ。 昨日、ラヴェンダーを前に『黄昏症候群』の世界で戦ってた君が呟いたのを聞いた。 ゲームオーバーだ、ってさ」
「そんなこと……、言ってたのか。 夕日の世界にいる間のことは覚えてねえし、何が何だか分かんねえなもう」
「いつまでも破壊の権能ってんじゃ呼び辛えしさ。 いいじゃねえか『破壊衝動』、名前ってのはあるだけで意味があるもんだぜ?」
そう……、昨晩はそんな話をしていた。
あまり遅くまで話していたつもりはない。
しばらくしたら通話を切って、そのまますぐ眠ったハズだ。
公園を横切るついでに、植えられたグレーの柱時計を横目でチェック。
時計板の針は、既に朝礼が始まっているであろう時間が示していた。
オレの体感ではまだ起きてから十数分ほどしか経っていないつもりだったが――――、
「あー……、そうか。 オレ、時間感覚ぶっ壊れてんだった」
『黄昏症候群』が発作でリセットするのは、夏の出来事と身体的変化のみ。
精神的変化……、記憶の積み重ねや、感情なんかはリセットされない。
時間感覚ってのは腹の虫、なんて言葉で表現されることはあるものの、体内器官の能力じゃねえ。精神的なもんの一環だ。
だから壊したあと、再生しなかった。
再生しなかったから、何億回も夏を越えてラヴェンダーを弱らせることができた。
だが、まさか現実に戻ってからこんな弊害が出ることになろうとは。
一層急いで、電車に飛び乗る。
お急ぎの場合でも次の電車をお待ちください、という車内アナウンスに叱られながら、吊り革を確保して息を整える。
電車の中はジタバタしても目的地に早く到着することはない。急ごうにも急ぎようがないので、一旦落ち着いて妹にLINNEをした。
起きているか、に対して返答がないどころか、既読すら付かない。明らかにスヤスヤしていやがる。
きっと今頃、携帯の通知音に耳を塞ぎ、チェーンソーのエンジンを吹かしているのだろう。
折角引きこもりを脱したばかりだというのに、これではまた逆戻りだ。
「……明日は少し強引にでも引っ張りだしてくるか」
窓の外には、過ぎていく街並み。
中にはあの博物館もあった。
あそこで、全てが始まった。
ロビンソンと――――、権能の界隈と出会った始まりの場所が、あの博物館だった。
次が学校で、その次は廃線になった線路沿い。
思えば記憶喪失になり、神無月の両親に拾ってもらってからまだ短期間だというのに、この街は既に思い出深い。
良い思い出と、悪い思い出。
その両方が共存する街で、生きている。
白い太陽に、丸々しい雲々。
生活感溢れる商店街、住宅街。
通勤ラッシュの面々、知らないアイドルの電車内広告、揺れる吊り革、ガラスに映る半透明な自分。
ラヴェンダーとの戦いで、生きることがどれだけ時間に縛られた行動なのかを身をもって知ることになった。
この視界に入る全部が、時間の中で生きている。
時間の流れの中に、この全部がある。
だから今を大切に生きなくちゃならない。
オレはこれから先……、あの高密度な夏を越えられるような日々を送れるのだろうか。
まあきっと、『いつもの場所』でなら何の気なしに出来てしまうのだろう。
あいつらの事を想うと、そんな気がするんだ。
―――――――――――――――――――――
私立日継高等学校階段を駆け登る。
廊下を小走りして、2-Dの教室を探す。
軽く汗を流しながら、遂に見つけた教室の扉の前に立った。
後ろから入ろうかとも思ったが、どうせ注目が集まるなら前から入った方が潔く、好印象を持たれるだろうと覚悟し、引き戸の銀に手をかけ、ゆっくりと開いた。
中では案の定、既にホームルームが進行しており、終わりがけに来た転入生にクラス中の目線が集まっていた。
「……君、もしかして転入生の神無月?」
「はい、すみません遅刻しました」
「私が担任の霧山だ、宜しく。 安心しろ、まだHR中だ。 2ーDの諸君、彼が先程紹介した当クラス三人目の転入生だ。 ……ほら、白墨で黒板に名前と、挨拶」
教卓に立って手渡された白墨で名前を書いている最中、クラスの囁き声が背中から聞こえてくる。
「初日から遅刻って……、もしかして不良とか?」
「とても濃いお化粧をされているとお見受けしましたが……、殿方にしては今時珍しいですわね」
「ね! 思った! アイシャドーかな🤔」
「いいえ、あれは目のクマだと思われます。 多様性の時代とはいえ、男子高校生であれだけ局所的な化粧をするとは、論理的には考えづらい」
なんだか噂されまくっている……。
こんな日に遅刻してきた奴に抗弁の余地はない。きっと悪化を招くだけだ。
大切なのは、振り返ったあと。
自己紹介がこれからの学生生活を左右することになるだろう。
先ずは悪評を跳ね除けられるように元気で明るく。兎角変人と思われないように、発言には最大の配慮を払って。
「……初めまして、今日から転入してきました。神無月煌です。 前の学校では――――、」
「あーーーーっ! アナタ、ヒーロー君ですネ!?」
オレの自己紹介に大声をあげて立ち上がった女生徒には、確かな見覚えがあった。
白い腕に、腰まで伸びたブロンド髪。シャツの上からでも分かるほどの、海外規格な豊満ボディ。
間違いない、あれは『廃棄物』の廃ビルで指からバーナーフレイムを出し、溶接工マスクをつけていたジョゼフィーヌちゃんとかって呼ばれていた女の子だ。
あの子……、この学校の生徒だったのかよ!?
「ヒーローカンナヅキ〜♪ 会いたかったヨ! ウェルカムはようこそデス〜!」
「わっ! お、おいぃ!?」
席を立ったジョゼフィーヌが、飛び込み抱きついた。
甘い香りに柔らかな感触。
理解が追いつかなかった。
しかしそれはクラスメイト達も同様のようで、
「えっ、ヒーロー……?」
「ニックネームなのかな。 にしてもヒーローって……」
「おいおいおい、あの煌って奴、メレンゲちゃんとどういう仲なんだよォー!?」
「メレンゲさん、不思議な方だと兼ねてより思っていましたが……、お友達まで特殊ですわね」
あ、終わった。
オレの学生生活、これにて、完。
「ハァ…………」
クラスメイトの顔ぶれをよく見ると、「あの馬鹿は何をしているんだ……」という顔で頭を抱えため息を吐き潰している野崎に、「おー、煌クンだ」と真顔で手を振る御山秀次郎の姿もあった。
知り合いが三人、その全員が仮面持ち。
初対面の奴らにはヒーローなんてニックネームが印象着いてしまった上に、自己紹介も道半ばで女生徒とハグだ。
これは、もう、あれだ。
完全に失敗だ。
「やり直してえぇぇ……」
無限ループから脱してすぐにこんなことを望むことになるなんて、思ってもみなかった。
こうして、波乱のホームルームを経て――――、
オレの新しい学校生活が始まった。
―――――――――――――――――――――
「……嫉妬と疫病の仮面。 不吉なる医師、ラヴェンダー。 顕現をも発現させるに至った特級の権能使いが敗れるとは」
「あくまで消息不明です。 あの人の病に罹患していた捕虜達が次々に意識を取り戻したことから可能性があるというだけで……、意図的に仮面を外した可能性もあります。 ですが、EXE様に顔も見せないというのは不安ですね。 諜報部隊に捜索させていますが、未だ痕跡すら……。 あの人は助手をつけず、『廃棄物』の動向を単独で調査し続けていましたから……」
白い玉座から立ち上がるEXEに、報告をしていた仮面の男が怯む。
「空けめ、まだ手は出すなと命令したというに。 ……ジョン・ドゥか。 名前を消した我が盟友よ。 我々の救済を阻むというのなら、例え貴様であれ――――、」
失礼致します、と玉座の間の扉を開く仮面持ち。
男はEXEの前まで駆け寄り、
「報告致します、公安の動きが掴めました。 特殊犯罪対策任務課『P.R.V.L.M.』は捜査規模を拡大。 首都三県に点在する自衛隊基地に詰所を特設。 軍と連携し、空と陸、両方での即時出動体制を整えているとのこと。 それと……、謎のレーダー兵器が軍備されているとの情報が入っています」
「レーダー兵器、であるか」
「空母艦などに搭載されているようなレーダーではありません。 恐らくあれは……、『仮面の引力』をキャッチするための、対権能犯罪専用探知機と思われます」
「国家権力が、権能に対してここまで迅速に確実な対策を張れるとは。 矢張り、奴等の中にも居るようだ。 解放の『鍵』を持つ者が」
「……手を下されますか?」
「オル・コープス・デリッチを奴らの穴蔵へ向かわせよ。 レーダー兵器を存在ごと消してやるのだ」
「把っ」
EXEの命で『少数派』が動く。
『少数派』を追い、
『P.R.V.L.M.』が動く。
溢れた者らが徒党を組み、
『廃棄物』に集結し、
更に世の中へ仮面を拡めんとする。
仮面の界隈が激しく脈動を始める。
世界は緩やかに――――、
そして、確実に。
混沌へと向かっていく。
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