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永世⇢ℛNui🌍💫@りむるなあ
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キッチンには、明らかに“成功していない”匂いが漂っていた。
「……これは、本当に料理かい?」
背後から覗き込んだフランスが、わずかに肩を揺らして笑う。
「もちろんだ。紳士たるもの、客人に手料理のひとつも振る舞えなくてどうする」
イギリスは胸を張って答えるが、その鍋の中身はどう見ても誇れるものではない。色も形も、そして香りも、どこかおかしい。
フランスは少しだけ目を細めて、くすりと笑った。
「へえ、“紳士の料理”っていうのはずいぶん前衛的なんだね」
「皮肉か?」
「褒めてるつもりだけど?」
そう言いながらも、フランスは鍋に手を伸ばそうとする。
しかしその手を、イギリスが軽く払った。
「触るな。これは俺が作る」
「焦げてるよ」
「問題ない」
「煙も出てる」
「……問題ない」
少しの沈黙。
次の瞬間、じゅうっと嫌な音がして、さらに匂いが強くなる。
フランスはとうとうため息をついた。
「まったく、意地っ張りだね」
そして自然な動作で、イギリスの背後に回り込む。
「なっ……何をする」
「紳士様の補佐だよ」
後ろから伸びてきた手が、イギリスの手首を軽く取る。そのまま包み込むようにして、コンロの火を調整した。
「火はこうやって弱める。強すぎると全部台無しになるからね」
「……近い」
イギリスはわずかに身を固くする。
背中越しに感じる体温と、耳元に落ちてくる声が妙に意識される。
「怖いのかい?」
「違う。ただ、距離が」
「文化の違いってやつだよ」
くすくすと笑う声が、すぐそばで響く。
イギリスは何か言い返そうとして、結局言葉を飲み込んだ。
その隙に、フランスは手際よく材料を整え、焦げかけていた鍋の中身を救い出していく。
「ほら、ちゃんと見てて。紳士なら覚えるべきだろ?」
「……見ている」
「素直でいいね」
「うるさい」
軽口を交わしながらも、キッチンの空気は少しずつ変わっていった。
先ほどまでの焦げた匂いは消え、代わりに穏やかで食欲をそそる香りが広がる。
やがて、フランスは火を止めて、小さく満足げに息をついた。
「はい、できた」
皿に盛られた料理は、最初の惨状が嘘のように整っている。
イギリスはそれを見つめて、しばらく何も言わなかった。
「……君がほとんど作ったんじゃないか」
「でも、一緒に作っただろ?」
さらりと言われて、言葉に詰まる。
フランスは皿を差し出した。
「食べてみてよ、紳士様」
イギリスはフォークを手に取り、少しだけ躊躇してから口に運ぶ。
そして、静かに目を伏せた。
「……うまい」
「だろうね」
得意げに笑う声。
その軽さが、少しだけ癪に障る。
「だが」
イギリスは視線を逸らしたまま続ける。
「次は、ちゃんと一人で作る」
「へえ?」
「君の手は借りない。紳士として当然だ」
フランスは一瞬だけ驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。
「いいよ」
あっさりとした返事に、イギリスはわずかに眉をひそめる。
「ただし」
フランスは一歩近づいて、今度は正面から顔を覗き込んだ。
「その時も、隣にいてあげる」
「頼んでない」
「でも来るよ」
「……勝手にしろ」
ぶっきらぼうに言い返す。
だがその声には、先ほどまでの強さはなかった。
フランスは小さく笑って、ほんの一瞬だけ手を伸ばす。
指先が、イギリスの手に軽く触れた。
「次は焦がさないようにね」
「……努力はする」
「期待してるよ、紳士さん」
その呼び方に、イギリスはわずかに顔をしかめる。
だが、振り払うことはしなかった。
キッチンには、まだ温かい香りが残っている。
そしてその中に、ほんの少しだけ、甘い空気が混じっていた。
イギリスは気づかれないように息をつき、そっと視線を逸らす。
その耳が、かすかに赤くなっていることに、本人だけが気づいていなかった。