第2話 ナハト
あらすじ
藤澤は内心、情熱的な夜を期待していた。
しかし、大森にその気があるのか判然としない。
藤澤は少しづつ探りを入れていくのだが…
2-1 〜夜の歩き方〜
大森と藤澤はソファーから立ち上がると
重たい体を動かして脱衣所に向かった。
「結局、高いバスボム使うの?」
大森がタオルや着替えを用意しながら聞く。
「あ、使っちゃう?」
藤澤が戸棚を開けながら答えた。
ここにしまったはずのバスボムを探す。
「使お、使お」
「タイミング逃すといつ使っていいのか分かんないし」
「確かに」
藤澤は大いに納得して頷く
「あ、あった」
藤澤がバスボムを手に持って振り返ると大森はさっき畳んだはずのタオルをまた、畳み直していた。
藤澤は気づいていないふりして上着を脱いだ。
一緒に湯船に浸かることは多いが、今まで大森が先に服を脱いだことは一度も無い。
藤澤が脱ぐのを確認してから服を脱ぐ。
長年の付き合いなので、大森が相手を信用していないとか自分が不甲斐ないとか
そういう問題では無いことを知っている。
大森は自身の内面に触れられる事に対して恐怖心があるからだ。
しかし付き合って、近い距離で触れてみるとそれが思ったよりも強くて、根深いものだという事が分かった。
藤澤は浴室に入るとお湯を張った湯船の中にバスボムを落とした。
身体をシャワーで流していると、脱衣所から大森が入ってくる。
藤澤は丁度シャワーを浴び終わったので、振り返ってシャワーへッドを大森に渡した。
「ありがと」
大森がお礼を言いながらシャワーベッドを受け取る。
「うん」
藤澤はそっと湯船に浸かった。
バスボムでお湯に色がついている。
少しとろりとしていて、いい香りだ。
「いい匂い…」
藤澤はお湯を腕にかけたりして、高価なバスボムを楽しんだ。
大森が身体を洗い終わった様だ。
シャワーを止めて、 浴槽に入ると ゆっくりとお湯に浸かった。
完全に座ると気持ちよさそうに息を吐く。
何度も言うが、大森と一緒に湯船に浸かる事はめずらしい事ではない。
そもそも、付き合う前にも一緒に入ったことがある。
しかし、だから興奮しないという訳ではない。
例えば、大森に当たらないようにと気を使って曲げている足先。
本当はいっそ当たって欲しいと思っていること。
色の着いたお湯に隠れきれずに露出している肩を抱きたいと思っていること。
首元に顔を埋めたいと思っていること。
もっといえば、その先だって想像するし、期待している。
「はぁー…綺麗ー」
大森が吐息混じりにお湯の色を見つめる。
「ラメが入ってるんだね」
「ほら、きらきらしてる」
大森がお湯をすくうと純粋そうな笑みで微笑む。
やはり、こんな風にバスボムを楽しむ姿を見せられると躊躇してしまう。
「ね、綺麗だね」
藤澤はにっこりと微笑むが内心は沸き立つ想像と戦うのに必死だった。
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2-2 〜堪忍袋〜
しばらく2人は湯船に浸かりながら取り留めのない話をした。
身体が温まると大森は湯船から出た。
髪を洗おうとシャワーに向かう。
藤澤も熱くなってきたので湯船の縁に座って涼んだ。
「りょうちゃん」
大森が藤澤を呼ぶ。
「ん?」
「髪…洗って」
大森がぽつっと呟いた
「…髪?」
藤澤は聞き取れていたが心を落ち着かせる為に聞き直した。
「…」
大森は答えずにシャンプーボトルを藤澤の手に押し付けた。
藤澤は戸惑いながら受け取ると大森に聞く
「え…元貴の?」
「うん」
藤澤は手元のシャンプーボトルを見つめる。
大森が誤魔化すように茶々を入れた。
「だって、りょうちゃん美容師でしょ」
もしかして、天○テレビくんに出演した時の役の話だろうか。
「役でね、やったけど…」
大森が続けて茶化す。
「ショパンで美容師でしょ」
「ショパンで美容師だけど…」
藤澤は笑いながらシャンプーを手のひらに出した。
「じゃあ…お客さま、いいですか?」
「あ、お願いします」
シャンプーを塗りこんだ指で大森の髪を優しく撫でる。
力加減が分からずにさわさわと触っていると大森から文句が入った。
「ちゃんと頭皮も洗ってよ」
「あ、はい店長」
藤澤がふざけて言うと大森が笑う。
爪で傷つけないようにしながら頭皮をマッサージすると大森が気持ちよさそうに首を傾ける。
藤澤は得意げになってさらに色々と試す。
すると、力が抜けて来たのか
大森の頭がどんどんと後ろに倒れてくる。
藤澤はもはや、指では大森の頭を支えられなくなり手のひらで頭を支えた。
「あ、お客さま…首が…」
藤澤が慌てたように言うと、大森も頭を上げる。
「やばい、ねちゃう」
藤澤は笑いながらシャワーを手に取る
「洗い流しますよー」
「うん…」
大森はまだ微睡みの中にいたが、藤澤が容赦なく頭にお湯を掛けるので目が覚めた。
「ぶっ…!!」
「りょうちゃ…」
「ん?」
素っ頓狂な藤澤の声がする。
「顔めっちゃかかってる!!」
大森は若干、苛立って言うと藤澤はあっさりと返答した。
「そりゃそうでしょ、頭洗ってんだから」
「…」
大森は諦めて息がしやすいように下を向いた。
藤澤はしっかりとシャンプーを落とすと、シャワーを止めてリンスを取りだした。
リンスを指に馴染ませていると、ふっと大森の首筋が目に入った。
下を向いて瞳を閉じている姿はいつもよりも無防備に見える。
濡れている髪をかきあげるようにリンスを塗ると白い首筋がよく見えた。
今、首にキスをしたらどうなるだろう。
驚かれるだろうな。
下手すると怒られるかもしれない。
そう思いながらも藤澤は首元に顔を寄せると、ぐっと唇を押し付けた。
大森は少し肩を跳ねらせると、ピタッと固まった。
藤澤が唇を離してもその姿勢のまま動かない。
もう一度、首筋にキスをすると大森が小さく息を吐いた。
それが、やけに焦燥感を煽った。
今すぐ、押し倒して好き勝手したい
藤澤は剥がれそうになる良心を保とうと深呼吸をした。
息を吐いてからぱっと顔を上げると大森と目が合った。
「…りょうちゃん」
大森が泣きそうな声で名前を呼ぶ。
脳がぐらりと揺れた。
藤澤は大森の肩を掴むとほぼぶつかるようにキスをした。
歯がぶつかり合うのも気せずに、強引に舌を口内に入れ込む。
大森が慌てたように、藤澤の胸をぐっと押す。
藤澤はその手をぎゅっと握って押さえた。
舌の先で上の歯をなぞる
大森がくぐもった呻き声を上げて顔を後ろに引いて逃げた。
唇が離れると今度は首にキスをした。
「は…、あ、」
大森の口から吐息混じりの甘い声が出る。
次に腰を抱き寄せながら、鎖骨を軽く噛む大森の身体がふるふると震えた。
「りょうちゃん」
「ま、まって…」
藤澤は強引だと理解しながらも大森の制止を無視をした。
欲望が抑えられない。
自分でも驚く程に溢れて止まらない。
鎖骨から、胸元、お腹とキスが降りていく。
大森もこれ以上はまずいと思ったのだろう。
本腰を入れて制止した。
「りょうちゃん!!」
「ベッドいってから!!」
「うん、分かってる」
藤澤は返事はしたものの顔を上げずに腰にキスをした。
そして大森の下に顔を近づけた。
大森が息を飲む気配がした。
ぐっと藤澤の肩を掴んで制止すると低い声で言った。
「ベッド行ってからって言ってんだろ」
藤澤はひやりとして顔を上げる
大森が冷たい瞳で藤澤を見下ろすと言い放った。
「これ以上やったら別れるけど」
「それでもやりたいなら勝手にどうぞ」
藤澤はやっと頭が冷静になっていく。
「もとき…ご、ごめん」
大森がふいっと目線を逸らしてシャワーを浴びる。
「…もういいから」
「りょうちゃん先に出てて」
「リンス落とすから」
「…はい」
藤澤は消え入りそうな声で返事をすると扉を開けて脱衣所に移動した。
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2-3 〜綺麗な花には刺がある〜
大森は藤澤が浴室から出たのを鏡越しに確認するとそっと息を吐いた。
胸に手を当てるとまだ、心臓がばくばくと強く動いていている。
それにしても驚いた。
いつもは温和な藤澤があんな風になるのか。
しかし、藤澤の気持ちもよく理解できる。
仏の顔も3度までと言うし、我慢させすぎた。
でも、どうしようもないんだ。
藤澤があるラインを踏むとどうしても怖くなる。
だから、どうにか止めようと思った。
藤澤が傷つく言葉をわざと使った。
やりすぎだ、完全に
浴室を出ていく時の藤澤の顔が頭に浮かぶ。
馬鹿なやつ。
こんな奴に恋なんてするからだ
「…くっそ」
こんな性格じゃなかったら
もっと素直に人を愛せたらな
あんな顔を見ないで済んだのに
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ーー
藤澤は頭を冷やそうとリビングで麦茶を飲んでいた。
「はー…」
冷静になるとあまりにも、自分が情けなくて涙が出てくる。
こういう事に対して、大森は臆病だと分かっていたはずなのに。
相当、強引に進めてしまった。
傷つけてしまった。
藤澤の足元に雫が落ちる。
僕に泣く権利なんてない。
それでも大森の気持ちを想うと涙が止まらなかった。
大森にあそこまで言わせてしまった。
別れるなんて絶対に言いたくない言葉を使わせてしまった。
廊下の方から扉を開ける音がした。
大森が脱衣所から出てきたのだろう。
藤澤は急いで涙を拭くと大森にお風呂上がりの麦茶を作った。
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大森がリビングの扉を開けると、すぐに藤澤が駆け寄ってくる。
「元貴…さっきはごめんね」
「麦茶、良かったら飲んで」
そう言いながら麦茶を差し出すが、少し目が赤い。
「…ありがと」
大森はそれを受け取って何口か飲んだ。
「…もとき」
藤澤は緊張しながら言葉を紡ぐ
「これからはゆっくり…進めるから」
「約束する」
「さっきは本当にごめんなさい」
藤澤は震える声で言うとぺこっと頭を下げた。
「…りょうちゃん」
大森は飲んでいた麦茶のコップを置くと藤澤を頭を上げさせた。
2人の視線がぶつかる。
「僕も…ごめんね」
大森はそう言うと藤澤をぎゅっと抱きしめた。
「…なんで、」
「元貴が謝るの?」
大森は抱きしめたまま返答する。
「嘘ついたから」
「…別れるって」
「…じゃあ僕も、ごめん」
「元貴に嘘つかせた」
藤澤が涙声で言うので、大森も泣きそうになった。
「あと、もう1つ」
大森は藤澤の頭を撫でながら言う
「触ってもらえて…嬉しかった」
「…」
「本当?」
「本当」
大森がそう言うと藤澤は耐えられないように嗚咽を上げる。
何回か繰り返すと、とうとう泣き出してしまった。
大森は背中をとんとんと叩きながら藤澤が泣き止むのを待った。
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2-4 〜チェロフォビア〜
藤澤が落ち着いて来たので、大森は本題に入ることにした。
藤澤の肩を掴むと、正面から瞳を見つめるそして、大森は口を開いた。
「あのね」
「僕…」
言葉を続けようとするが、上手く声が出ない。
喉がぐっと掴まれるような感覚になる。
「もっと…」
この想いを伝えないと
自分のためにも、藤澤のためにも
そう思えば思うほど、呼吸は苦しくなって身体が冷えていく感じがした。
大森が微かに震えると、 藤澤は優しい声で言う
「大丈夫、聞いてるよ」
「ゆっくりでいいよ」
大森は頷いて、深呼吸をする。
藤澤が背中をさすってくれるので苦しかった心が少し楽になった。
「も、もっと…」
大森はゆっくりと息を吐くと続けた。
「色んなこと…し、したい」
大森がやっとの想いで打ち明ける
藤澤は内心、驚いたが表には出さなかった。
できるだけ優しい声色で相槌を打つ。
「うん」
大森がちらりと藤澤を見る。
「えっと…」
大森は緊張を誤魔化すために下唇を噛んだ。
心と呼吸を整えると続けて話す。
「キス以外のこと…したい」
コメント
8件
無事に昇天しました😇((ぴりちゃ天才!?
シチュ最高…、 めっちゃどきどきしてます…‼笑
やっばい…大森さん可愛い…この先どうなるかの想像は何となくつく気もするけど、涼ちゃんどうするの……???