あてんしょん
長いです
期待は….あんまりしないでください( ◜௰◝ )
桃赤
___ねぇ桃ちゃん。
君の「絶対」を信じた
馬鹿な俺を
最後にもう一回抱きしめて
好きって言って
会いたいよ。
あなただけが俺の世界の全てでした。
―――
ポカポカと暖かい日差しが優しく照らしている、小さな海辺のカフェ。
「よし….」
俺は今日も、大好きな人を待ちながらここで働いている。
―――
「いらっしゃいませー!」
小さなカフェに、ベルの音が鳴り響く。
俺はテーブルを拭いていた手を止めて、入ってきたお客さんの元へ駆け寄った。
スラッとしたモデルさんみたいな高い身長に、何故だか落ち着いて見える金髪。
かっこいい人だなぁ、なんて思いながら席に案内し、メニューを手渡す。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
にこやかに微笑み、体の向きを変えようとすると遠慮がちにその男の人に呼び止められた。
「あの….もしかして、赤さん….ですか?」
「へ….」
―――
「….お待たせしました」
「いえ….こちらこそ呼び止めてすみません」
結局、何か引っかかった俺はその人の話を聞くことになった。
閉店間際の誰もいない店内の2人掛けの席に向かい合って座る。
その人は俺の仕事が終わるまで店内で待っていてくれて、優雅にコーヒを啜っていた。
その姿もだいぶ絵になって眩しい。
「どうして….俺の名前を、」
「…….」
遠慮がちに聞くと彼は、無言で1枚の写真を取り出してテーブルに置いた。
それは所々汚れたり、破けたりしている。
「ぁ….」
その写真の中には、2人の恋人が仲睦まじく笑っていた。
「こ、これ….」
震える手で、写真を手に取る。
その恋人は紛れもなく俺と、
俺の恋人、桃ちゃんだった。
『赤、』
脳裏で君の、あの低い優しい声が蘇る。
すると彼は意を決したように話し出した。
「……僕、桃くんと同じ自衛隊で働いていた、黄と申します」
嫌だ。
「桃くんに、あなたの事を任されて、」
やめて。
「ここに来ました」
聞きたくない。
まるで君が死んじゃった、みたいな。
―――
18歳の冬。
桃ちゃんと出会ったのは、太陽の光が水面にキラキラ反射する綺麗な海辺だった。
冷たい風が頬をさし、まさに日が沈もうとしていてる。
その時の俺は、メリットがデメリットを超える未来が想像出来なくて。
死にたい理由が生きたい理由を上回る、そんな。
俺にとってこのまま生きていく事は、死ぬ事よりも怖くてたまらなかった。
今ならここじゃない何処へ、現実と切り離された遠くへ今なら行けるような気がして。
楽になりたかった。
全部全部投げ出してしまいたかった。
弾ける泡のように、消えてしまいたかった。
ただそれだけ。
そして自然と足が水の中へ吸い込まれていくように溶けていく….はずだった。
「ねぇ、何してるの」
水が腰あたりまできた時、急に誰かに引っ張られ海辺に連れ戻された。
混乱して握られた手首から段々視線をあげると、綺麗な青い瞳と目が合う。
そこには見知らぬ男性が立っていた。
「なん、ですか….」
掠れる声を必死に出し、無意識に彼を睨みつける。
まだ手首は握られたまま。
「だって、….なんか泣きそうな顔してたから」
「は….?」
そんな訳ないじゃないか。
やっと解放されると思って、これ以上ないくらい安らかな気持ちだったはずなのに。
初対面で何を言い出すのかこの人は。
戸惑いと同時にフツフツと湧く怒り。
「俺がっ….いつ泣きそうな顔したって、いう、のっ….」
「ほら、その顔だよ」
スっと急に頬を撫でられて、ビクッとする。
そこには確かに暖かい涙が頬を伝っていて、ゆっくりと彼の手が離れていく。
残ったのは、空っぽな心と離れていく熱。
何となく癪で、悔しくて俯く。
するとふわりと暖かいものが肩にかけられた。
それは彼の着ていたコートで。
「そんなビショビショで薄着だと風邪引くよ?」
「余計なお世話っ….!」
もうほっといてくれ。
俺はもう誰かの優しさも受け入れられないほどの所まできてしまったのだ。
無理やりコートを脱ごうとすると、大きな手がそれを阻止する。
そしてびしょびしょなのにも関わらず、彼は優しく優しく自分の胸の中に俺を包み込んだ。
「….もう、泣いてもいいんだよ」
「は….」
「沢山、1人で我慢して….辛かったよな、苦しかったよな」
背中をポンポンと撫でる手が
怖いくらい優しくて
目の前の彼が滲んだ。
ずっとずっと、
自分の心を仕方ない仕方ないで埋めつくしてきた。
自分は運がないのだと。
幸せにはなれっこないのだと。
自ら傷つく事で、自分を保ってきた。
なのに。
溜めるしかなかった思いが一気に溢れてきて
きづいたら声をはりあげて、幼い子供のようにわんわん泣いてしまった。
そうして
だいぶ落ち着いて、スンスンと鼻を鳴らす俺に彼は急に微笑んで言ったのだ。
「….俺と一緒に、”幸せ”探してみない?」
「は….何言ってんの….?」
急に何を言い出すのか
思わずぽかんと口を開けてしまった。
「ほら、えっと….タイタニック号に乗ったつもりで….」
「….沈むのかよ」
そう自信なさげに視線を逸らす彼がおかしくて。
「あ、笑った」
「笑ったら悪い….?」
俺が口を尖らすと、彼はケラケラ笑った。
「ううん。笑ってる顔の方が可愛いよ」
「俺を口説いてもなんもでねーぞ….」
今思えば、どうしてこんな初対面の見知らぬ怪しい人について行ったのかわからない。
ただ、いたずらっ子のように笑う無邪気な彼が眩しくて。
「君の、生きる理由にならせて」
「俺の家においでよ」
きっと、それだけ。
俺の終わらせようとしていた人生は、彼の一言でどうしようもなくまた始まって。
―――
優しい人。
とにかく彼は優しい人だった。
人の痛みに、包み込むように寄り添ってくれる、
そんな人。
俺よりいくつか年上な事もあるのかもしれないけれど。
モノクロだった世界に、段々色がついていくようで。
それだからか、いつの間にか彼への警戒心もなくなり、傍にいる事が当たり前になっていた。
“桃ちゃん”なんてあだ名をつけるくらいに。
そして桃ちゃんの広い家は、いつしか俺達2人の家になっていた。
―――
「なぁ、赤って俺の事どう思ってる?」
「へ….」
ソファーに座ってスマホをいじっていると、不意に彼が隣に座って来て俺をじっと見つめてきた。
俺は少し間を置いて口を開く。
「命の….恩人?」
「そーゆー事じゃないんだよなぁ….」
少し頬を赤くして、唸りながら頭を抱える彼。
「じゃあさ、今からすること嫌だったら言って?」
「うん….?」
すると桃ちゃんは俺をぎゅっと抱きしめてきた。
抱きしめられた事は何回もあるけれど、なんだか今回は特別に感じられた。
とくんとくんと心臓の音がして、大きな手が背中に回る。
なんだか恥ずかしくて嬉しくて、俺も彼の背中に腕を回した。
しばらく抱き合った後、今度は一旦体を離されて優しく髪を撫でられる。
その手が耳にいき、俺の頬に添えられた。
そして触れた唇の熱。
俺の顔をもうこれ以上ないくらい真っ赤だったと思う。
「これは….嫌?」
そんな、甘くて脳まで溶けしまいそうな声で囁かれたらたまったもんじゃない。
「や….じゃない….//」
彼はそんな俺をまた愛おしそうに見つめると、次はにかい、さんかい、よんかいと、何度も角度を変えて、唇を重ねてきた。
「んっ….//」
感じた事のない幸福感に溢れてつい声を漏らす。
苦しくなって少し口を開くと、待ってましたと言わんばかりに彼の暖かい舌が入ってきた。
それは口内を荒らし、俺の舌と絡められてくちゅくちゅと音を立てる。
「んんっ….ふ、ぁん//」
あぁ、どうしよう。
頭がふわふわして何も考えられない。
弱々しい力で彼の胸を叩くと、名残惜しく銀色の糸が伝って離れていった。
「赤….好きだよ。もう分かんないくらい好き。」
―――
その日から俺達は恋人同士になって。
言葉でも体でも愛を伝えて。
「赤っ、可愛い….愛してるよ」
「俺もっ//….」
甘い、甘すぎる彼の匂い。
何度も何度も抱きしめ合って溺れた。
―――
「初めて会った時にさ、桃ちゃん一緒に幸せ探そうって言ったじゃん。」
ソファーに座り、バックハグされた状態で桃ちゃんの膝の上に座っていた時のこと。
「言ったね」
懐かしむように彼は、俺の肩に顎をのせる。
「俺もう見つかったよ」
「へぇ、それはなーに?」
ニヤニヤしながら意地悪く聞く桃ちゃん。
「….分かってるでしょ」
「えぇ、言ってくれないとわかんないなぁ?」
「む….」
少し悔しくなった俺は、膝の上で自身の体の向きを変えて彼と向かい合った。
「….俺ね、桃ちゃんと出会う前までは誰かの記憶の片隅に残るくらいだったら、消えてなくなった方がマシだって思ってた」
「でもね、」
そして彼の目をしっかり見て微笑む。
「桃ちゃんがそんな俺を変えてくれたんだよ。桃ちゃんと一緒にこうやっている事が俺の幸せ。」
「俺の事、好きになってくれてありがとう」
桃ちゃんは愛おしそうに俺を見つめると、軽く口付けをして髪を撫でた。
「俺も、赤と一緒にいる事が幸せだよ….こちらこそ、俺の事好きになってくれてありがとう」
俺の大好きな、甘くて低い優しい声。
幸せだった。
桃ちゃんが色々なところに連れて行ってくれて、楽しいことを沢山して。
ひとりぼっちで、孤独にこのまま消えていくんだと思ってた人生は、抱えきれないほどの思い出に満ち溢れていた。
この世のきっと誰よりも、幸せの自信があった。
不幸だった分の幸せが、やっと返ってきたんだと浮かれていた。
__でも、そんな日常は呆気なく静かに、確かに終わりに近づいていた。
幸せを感じる事に溺れていた俺は、ボロボロと崩れていく幸せに気づくことが出来なかったんだ。
笑っちゃうよね。
俺達が見ていた未来は脆すぎたみたいだ。
―――
月日は経ち、
俺が24歳の春の事。
「….ホントに行くの?」
泣きそうな俺の頭に、桃ちゃんはいつものように大きな手をポンっとのせる。
「….大丈夫だよ。直接戦う訳じゃないし、市民の護衛するだけだから」
「でも….」
どこからともなく始まった他国と他国の戦争。
日本には直接被害がなかったものの、条約上、日本の自衛隊も現地に駆り出されることになった。
仕方ないよね。
君の仕事は、この国を守ることだから。
「ねぇ、やだよ….絶対に桃ちゃんが行かなきゃなの….?」
「……..」
すると桃ちゃんは急に俺の手を取って、ゆっくりと俺の指に触れた。
やんわりと付けられたものは、綺麗な指輪で。
キラキラ輝く、ガーネットとルビーの宝石が埋め込まれていて思わず見惚れる。
「赤….俺が帰ってきたら、結婚してくれる?」
「!!….」
言葉が詰まって、何度も何度も強く頷く。
桃ちゃんが行ってしまうのが悲しいのか、プロポーズされた事が嬉しいのか、わけもわからず涙が溢れそうになる。
彼は優しく俺を引き寄せて、触れるだけのキスをするとコツンとおでこを合わせて目を閉じた。
「絶対帰ってくるから….信じて、待ってて欲しい」
「でもっ….そんなの俺無理だよ….」
信じて絶望するほど、俺にとって怖い事はない。
悲しくて悲しくて、視界がボロボロと崩れていく。
すると彼の長い指が俺の涙を拭き、お互いの手のひらが重ねられ、ぎゅっと握られた。
「俺は、どこにいても赤を愛してるから」
その時俺は、初めて”永遠”を信じようと思ってしまった。
彼といつまでも笑いあっている未来を、
信じてしまった。
期待してしまった。
「永遠なんて….ある訳ないのに….」
自分で自分を嘲笑った。
「もう、5年も経っちゃったよ….?」
君を待ち続けて、俺は29歳の誕生日を迎えた。
―――
「桃くんは….本当に赤さんの事を最後まで想ってました….」
赤さんの大きな瞳が、今にも溢れそうにゆらゆら揺れた。
僕は飲んでいたコーヒーを、ゆっくりお皿に戻し、ポツリポツリ、感情を失った人形のように話し出す。
目を閉じれば、広がってくる残酷な景色。
つんざくような誰かの悲鳴と泣く声。
広がった赤色と錆び付いた鉄の匂い。
出来れば、思い出したくなんてなかった。
―――
「Fエリア、敵陣侵入___、」
燃え上がる街並みを、僕達自衛隊はヘリで今にも降り立とうとしていた。
みんな覚悟したように、誰も言葉を発さない。
分かっているんだ。
ここに降りたって、生きて帰れるなんて0に近い事を
そんな中何故か僕は至って冷静だった。
そして不意に目の前に座る桃くんが目に入る。
「桃くん….何見てるんですか….?」
桃色の彼が、ぼんやりみていたのは1枚の写真。
「黄….」
力なく笑う彼。
「俺、嘘つきだ…」
一言震えた声を発すると、糸が切れたように彼の瞳からボロボロと涙が零れた。
僕は思わず息を飲む。
誰にもかたくなに涙を見せない彼が泣いているのを見るのは初めてだったからだ。
「…すっげぇ大事なヤツがいんの….」
桃くんは愛おしそうに写真の一部を親指の腹で撫でた。
「信じて待ってって….結婚の約束だってしたのに….」
「出来ることなら….コイツに….赤に、….会いたかった、なぁ….」
「最後に….抱きしめてやりたかったなぁ….」
「ずっと….一緒に居たかったなぁ….」
「無責任にっ、愛してごめんなぁ….」
大好きな恋人の元へ戻れると、彼は信じたかったんだと思う。
たとえ、嘘をつくことがどんなに残酷な結果になったとしても。
何度も何度も、肩を震わせて謝る彼に僕もつられて泣いてしまいそうになった。
いつもなら、その恋人の惚気がウザイなんて思っていたのに。
「っ……….」
「何言ってるんですか….僕達は、生きてっ….帰るんでしょう….?」
悟られないように、震える声を必死に安定させる。
「そう、だよなぁ….」
「…….」
「なぁ黄….」
目を伏せる僕に桃くんは続ける。
「なんですか….」
「俺が、もし死んだらさ….コイツ….赤のこと頼む」
「は….」
彼の瞳は、いつになく真っ直ぐで。
「….縁起でもない事言わないでください….それに、桃くんが死んだら….きっと僕も死ぬでしょう?」
「ははっwたしかになぁ….」
「….それでも、頼むよ」
「…….」
―――
焼けきって全滅した街。
色を失った空。
誰かの泣く声。
僕達が現地に向かうに連れて、酷くなっていった戦争。
僕は呆然とその場を立ち尽くしていた。
「終わった….んだ….」
救助した小さな子どもを抱きしめながら、ほとんど出てない声を漏らす。
やっと終わりを迎えた戦争。
日本人で無事が確認出来たのは僕だけだった。
遺体で見つかった日本人も何人かいたが、ほとんどは行方不明。
…もちろん桃くんも行方不明で、今も見つかってない。
「なんで僕….生き残っちゃたんだろ」
傷のできた頬を指で擦りながら、ぼんやりとぐちゃぐちゃになった街を歩く。
煙が目に染みて、何度も瞬きをしていると
霞む視界の中で、瓦礫の隙間にある紙切れが挟まっているのを見つけて思わずしゃがみ込んだ。
ゆっくりとその紙切れを破れないように抜き取ると、それは桃くんが大事そうに持っていた写真で。
幸せそうに笑う桃くんの隣には、赤髪の小柄な男性が満面の笑みを浮かべていた。
『笑った顔がとにかく可愛いんだよ。俺が守ってあげなきゃっていっつも思う。』
__この子に会わなきゃ。
そして僕は日本に戻ると、時間があればその子を探すようになっていた。
会ったところでどうすればいいのか分からない。
でも、任された事だから。
生き残った僕に、出来ることはこれしか無かった。
―――
「分かってたんです」
彼は目を伏せて、付けていた指輪を指の腹で撫でた。
桃色と赤色の宝石が、照明にキラキラ反射している。
「もう戦争は終わってるはずだし….生きてるなら、もうきっと俺の所に戻ってきてるはずだって….」
俺は、泣きながら笑った。
かつての彼のように。
「俺の時間、止まったままなんです。彼が居なくなってからずっと….」
テーブルの下で、拳を握る。
「生憎彼のお陰でお金には困ってなかったんですけど….切り替えなきゃ思ってここでバイトしてて…」
彼はゆっくりと店内を見渡した。
「でも、黄さんのおかげで、やっとケジメがつきました」
「赤さん….」
僕が名前を呟いた途端、彼は清々しいそうな顔でゆっくり立ち上がった。
「そろそろ閉店の時間なので….片付けしますね」
泣いていたのを誤魔化すように涙を拭き、遠ざかっていく背中はとても小さく見えて。
…違う。
桃くんに頼まれていた事は、彼に最愛の人の死を突きつけることじゃない。
―――
夜明け前の静かな海辺を、手ぶらで歩く。
君の声を思い出せば、あの日に戻れる気がした。
桃ちゃん
あのね、
消えないの。
君がくれた思い出が、飲み込んだ愛が、
気持ち悪くてしょうがないの。
だって、もう居ないから。
どんだけお利口さんにここで待ってても
必死に手を伸ばしたって
もう届かないんでしょ?
嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき。
ねぇ、なんで俺を置いていったの?
分かってるよ。
君は優しいんだもんね。
自分を犠牲にしちゃうくらい。
__このまま海に溶けたら、君に会える?
抱きしめてくれる?
俺達、もう一度来世でやり直せる?
自身の指に付けられた、リングを外して片手で握りしめる。
「こんなものっ….」
思いっきり片手を振り上げて….やめた。
俺をずっと縛り付けるもの。
捨てる事なんて出来なかった。
出来るはず無かった。
君の笑った顔が、脳裏に浮かんで。
白いシューズに、じわじわと水が入り込んできた。
「….むかえに、きて….」
叶いもしない言葉がポロリとこぼれる
かつてのあの日のように止めてくれた君も、
喧嘩した後に、決まってここに迎えに来てくれる君も、
もう居ないんだ。
君がいなくなってから、
ずっとずっと辛かった。苦しかった。
桃ちゃんさえいれば、
何も要らなかったんだよ
「おれ….頑張ったよ」
だからさ、
もう、
楽になる事を許して欲しい。
ゆっくり、綺麗な海を目に焼き付けて、瞼を閉じる__、
「待ってくださいっ!」
大きな声に、びっくりして振り返る。
そこには息を切らした黄さんが、膝に手をついて立っていた。
「いかないでくださいっ….」
「黄さん….?」
彼が、あの日の桃ちゃんと重なった。
「こっち….戻ってきてください」
こんな優しい人の前で俺が死んだら、彼は一生抱えて生きていくんだろう。
そんなに俺も酷いやつではなかったので、一旦保留にして彼の元へ戻った。
黄さんは弱々しく、俺の服の裾を俯きながら握りしめる。
「僕は部外者ですっ….赤さんのことをどうこう言う資格なんてありませんっ….」
泣きそうな顔をして、彼は続ける。
「でもっ….最後に….最後でいいんです」
ふわふわとした暖かい風が、彼の綺麗な黄色い髪を揺らした。
「僕にっ….桃くんとの思い出を….楽しかった事を….1つずつ….教えてくれませんかっ….」
その瞬間、俺の閉じ込めていた記憶から
ぶわあっと沢山の思い出が、溢れ出てきた。
キラキラして、暖かくて優しくて幸せの色。
―――
『桃ちゃん車買ったの!?』
『凄いだろw』
自慢げに高そうな赤い車に寄りかかる桃ちゃん。
それも様になっていて無駄にカッコイイからほんとに辞めて欲しい。
『でも….なんで急に?しかも、桃ちゃんが選ばなそうな赤色….』
『….赤を助手席に座らせて、2人でドライブしたかっただけ….//赤色は無意識っつーか….』
彼は顔を赤くして頭をガシガシかき、俺から視線を外した。
『ふははw桃ちゃんかわい〜』
『可愛いのはお前だろ….』
『んなっ//』
『ほらほら、どうぞお姫様?』
赤くなる俺に彼はやうやうしく頭を下げて助手席の扉を開けた。
『お姫様じゃないし….//』
『赤は俺のお姫様なの』
『じゃあ桃ちゃんは俺の王子様?』
『かもなw』
「俺の為に….車、買ってくれて….色んなとこドライブして….桃ちゃんの隣….助手席に乗るの好きだったなぁ….俺の居場所みたいで….」
―――
『桃ちゃんこそもっと優しくしてくれたっていいじゃん!!』
『はぁ?もっと優しくって何すればいいわけ?』
『……..』
『….抱きしめたり、キスしたり….俺も好きだよって言えばいいの?』
『….っ、もう桃ちゃんなんて知らない!!』
ある日の休日。
桃ちゃんと喧嘩して家を飛び出した。
きっかけは些細なことで。
…こんなはずじゃなかった。
俺が、言葉足らずだっただけなのに。
ぼんやりとさざなみの音をききながら、膝を抱えて海辺に座る。
嫌われたかな。
もう捨てられるのかな。
そう思ったら涙が止まらなくて。
さらに膝を抱えて小さくなる。
しばらく一人で泣いていたら、後ろから優しく抱きしめられた。
大好きな彼の匂い。
『ごめん赤….言い過ぎた』
『…….』
『….泣いてたの?』
そう優しく俺の頬に手を添え、袖で涙を拭ってくれる。
『違うもん….』
『素直じゃないなぁ….wほら、帰るよ』
『…….おむらいす』
『はいはいw作るよ』
『まっ、て….』
『ん?』
『俺も….ワガママ言ってごめんなさい』
『ふはっwじゃあお互い様なw』
「喧嘩した時は….決まってオムライスっ….作ってくれて….いつも海辺に迎えに来てくれた….」
―――
陽の光が眩しい。
久しぶりに怖い夢を見た。
とっても怖かったのに思い出せない。
『ん….』
火照る体に、ピトっと冷たいものがおでこにあたる。
意識が浮上してくると同時に、身体が凄く重くて動けないのがわかった。
『赤….!』
『桃ちゃ….?』
ゆっくり瞼を開けると、桃ちゃんが心配そうに俺のおでこに自身の手を当てて覗き込んでいた。
慌てて起き上がろうとすると、ぎゅっと抱きしめられて布団に沈められた。
『まだ熱あるな….大丈夫か?』
『おれ….熱あるの?』
『あぁ、夜中魘されてて、触ったらすげぇ熱いし。』
そう言うと彼はコップに入った水を俺に差し出した。
『薬と、ゼリーとか買ってきたけど….なんか食えるか?』
『…….』
『赤….?』
『きょう….せっかくのデートだったのに….』
しゅんとして時計を見れば、もう午後3時。
壁にかかっているカレンダーには、桃色と赤色のペンでぐるぐると印が付けられている。
今日は久しぶりに休みが重なって、2人で遠出する予定だった。
桃くんは優しく俺の頭を撫でて笑う。
『じゃあ今日はお家デートするか』
『….おうちでーと?』
『うん。』
すると桃ちゃんは俺の寝ているベットにするりと入ってきて、ぎゅっとまた抱きしめながら目を閉じた。
『こーやってたまにはのんびりイチャイチャするのもいいでしょ?』
『….んふふ//桃ちゃん今日はずっとここにいてくれる?』
『当たり前だろ』
優しく頭を撫でられて、とくんとくんと彼の心臓の音を聞いていると、段々意識が遠のいてくる。
『おやすみ。赤』
「風邪ひいたときは….すぐ気づいてくれて、とびっきりに甘やかしてくれて….」
―――
『無理。すんごい腰痛い。動けない。抱っこ。』
『はいはいw』
甘い夜を過ごして、俺はいつも通り布団の中にくるまっていた。
喉は枯れてるし、身体の至る所には沢山のキスマ。
….後で鏡を見るのが恐ろしい。
彼は不貞腐れる俺を慣れた手つきでひょいっとお姫様抱っこする。
『そんな怒ってますけど赤さん?昨日凄い気持ちよさそうに俺の名前呼んでたくせに〜』
『ばっ//』
『俺の名前呼ぶ時はもっとって意味だもんね?』
『っ〜~//!』
どんどん赤くなる俺の反応を楽しむかのように、ニヤニヤしながら笑う桃ちゃん。
『….だって、桃ちゃんが….かっこいいから//』
ぽつりと呟くと、彼はピタッと俺を抱き上げる足を止めて回れ右をした。
『も、桃ちゃん….?』
『….お前まじでそーゆーとかだかんな//』
首筋にキスをされ、またベットに沈められる。
『え、ぁ//桃ちゃん今日午後から仕事じゃ….』
『赤が悪いんでしょ』
『俺腰痛い!!!』
『赤、すきだよ』
『馬鹿//可愛すぎんだよ』
『手、繋ご。迷子防止….//』
『お誕生日おめでとう、赤』
『生まれてきてくれて….ありがとう』
『泣くのは、俺の前にしろ』
『今日は赤の好きな大好物ばっか作ったから』
『なに、今は甘えたさんなの?』
『おはよう、赤』
『赤、おやすみ』
『大好きだよ、赤』
『ほらほら、抱っこして連れてってやるからベットで寝な』
『俺が、そばにいるよ….?』
『お前それ誘ってんの?//』
『ぶはっw顔真っ赤』
『キスしていい?』
『赤、
___愛してるよ』
黙ってれば顔はイケメンなのに、口を開けば笑い方魔王だし、性癖やばいし、こっちの都合考えずに襲ってくる変態だし….
でも、出かければいつも歩道側歩いてくれて、記念日は忘れず祝ってくれて、辛くなった時はいつも抱きしめてくれて….
空っぽだった俺に、
愛される事も、愛すことも教えてくれた。
俺の事を1番に想ってくれる大好きな人。
こんなに
こんなにも
愛してしまったのに。
「すき….だった、なぁ….」
「だいすき….だったなぁ….」
「あの….やさしいこえ….きき、たかった、なぁ….」
「あかって….なまえ….よんでほしかった、なぁ….」
「….だきしめて、ほしかったっ、なぁ….」
「ずっと….一緒に居たかった、な….」
死んだ人が、誰かの心の中で生き続ける?
….馬鹿らしい
俺、こんなに弱くなかったはずだ。
誰かに笑われても馬鹿にされても、理不尽に傷つけられても。
自分はまだ大丈夫だと平気な顔をして笑っていられるはずだった。
でも
君と出会ってから、俺は弱くてただの怖がりになってしまった。
全然ダメなのに。
桃ちゃんがいない世界なんて。
こんな事なら、あの時無理にでも君の手を振り払って海に溶ければよかった。
期待しなければ良かった。
本気にならなければ良かった。
彼のくれた愛を、拒めばよかった。
幸せに….手を伸ばさなければよかった。
何度そう思ったか。
―――
「赤さんの中には….桃くんでいっぱいなんですね….」
「っ….」
生きるのが正しいとか、死ぬのはいけない事とか、そんな綺麗事じゃない。
僕は震える手で、赤さんの小さな手を包み込んだ。
「赤さんが….もしこのまま生きるのを諦めてしまったら….桃くんとの思い出も….無くなってしまいますよ」
「それに….」
そして優しく微笑む。
「彼に、あなたが愛されていた証拠も」
「っ….!」
潤んだオッドアイが、大きく見開かれる。
その瞬間、彼は力が抜けたようにへなへな座り込んだ。
どれだけ辛かっただろう。
どれだけ我慢していたのだろう。
彼は幼い子どものように、ただをこねながらうずくまって泣き始めた。
「やだやだやだっ….」
「おれ、桃ちゃんがっ、いないとダメなんだもんっ….そんなにいい子じゃないもんっ….」
「あかって、なまえよんでよ」
「ぎゅってしてよ、きすしてよっ….」
「信じて待っててって….」
「帰って来てくれるって言ったっ….」
「だからっ….」
「ずっとずっと、此処で待ってるんだよっ….」
「最後でいいから….会いたいのっ….」
僕が桃くんの変わりになれるとか、そんな事思ってない。
なれるはずもない。
だけど
僕はがむしゃらに泣きじゃくる彼を、ただただ夜明けまで抱きしめていた。
頬に伝った雫が、光に反射して
とても
とても
綺麗だった。
―――
カランカランとお決まりのように海辺の小さなカフェのベルが鳴る。
「いらっしゃい黄くん!!いつもの?」
「うん、お願い」
黄くんはいつものように被っていた帽子を外してカウンター席に座った。
「今日はキャラメル多めで」
「りょーかいw」
少し笑って、沸かしていたポットを手に取りながら返事をする。
そして仕事帰りで疲れたような顔をしている彼に、キャラメルパンケーキとココアを目の前に置いた。
「おいしそっ、いただきまーす!」
嬉しそうに目を輝かせて、パンケーキをほうばる彼。
じっと見つめていると
モゴモゴ口を動かす黄くんがどうしてもハムスターに見えてきた。
こんなかっこいい彼の可愛い一面を知ったのはつい最近。
黄くんのおかげで、俺はこうしてまた生きている。
相変わらず自分の単純さに呆れるけれど。
でも
毎晩のように大好きな彼を思って泣く。
寂しくても
辛くても
苦しくても
それでも。
それでも、
いいと思えたから。
今は、このままで。
「今日はもうお客さん居ないじゃん。赤も一緒に食べよーよ」
「んじゃあ、お言葉に甘えて」
俺は黄くんの言葉にはにかんだ。
ふと窓の外の海辺が目に入る。
春の優しいさざ波の音。
―――
本当に、脆くて曖昧で、最低な恋をしたと思う。
でもそれ以上に、暖かくて眩しくて優しくて….幸せが溢れてた。
だから俺は、君のくれた愛を抱えて生きていく。
2人で過ごした優しい時間を忘れないように。
たとえ結末が、美しくなかったとしても。
どこかで見ている嘘つきな君を、心配させないように。
「愛してるよばーか….!!」
俺は泣きながら笑って、青い青い海に叫ぶ。
その時、
君の”愛してる”が聞こえたような気がした__。
……ℯ𝓃𝒹
ん….?ここまで来て盛大に没った….?( ˙-˙)
戦争だめ、絶対((((
赤くん視点で、”さよなら、花泥棒さん”
桃くん視点で、”夢の恋人”
私の大好きな曲を参考にして作ってみました!
良かったら聞いてみてください!!
長いのにここまで読んでくれてありがとうございました!
以上、誕生日記念ストーリーでした笑
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真面目に30回くらいは読んでるんですよ。はい。 毎回泣いてしまいます😭 もう今になるとあれですね…。最初の1文字めから泣けます💧
夜中にガチ泣きしました……