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一週間後。
祇園四条駅で降りて、以前一度行った、日本語で錬金術師を意味する名前のバーへ向かう。
一度行ったので今度は入り口を探すのに苦労しなかった。ボトル棚を押して店内に入り、オーナーと目が合って挨拶をする。
トルコ人オーナーは一度来ただけの私を覚えていてくれていた。
オーナーに軽く挨拶してから目だけで店内を見回して、あるところで視線が止まる。
一度だけ、本当に一度だけ。
ここへ来て、ここでまた会ったら、運命だと思おうと思った。
「鞍馬」
私の呼び掛けに、奥のカウンター席に座る鞍馬が振り向いた。
変わらないタバコヴァニラが香る。
私は鞍馬の隣に腰をかけ、「誰か待ってるの?」と聞いた。
「友達待ってる。残業で遅れるんだって」
「……そう。“そういう”友達?」
「そーだよ。そこ空けといてくれないかな?」
そこ、とは私が今座っている席だ。
とどの詰まりは退けという意味だろう。
前と態度が違いすぎていて笑ってしまう。
「もう飽きた?私とのセックス」
ド直球にそう聞くと、鞍馬は煙草を咥えたまま無表情で私を見つめた。
それは私を抱く前の熱を持った瞳ではなく、完全に熱が冷めた後の、他人を見る目だった。
煙草を口から離した鞍馬は、
「うん。まあ、そうだね。瑚都のことは好きだけどセックスはもういいかな。ごめんね?」
と酷く適当な肯定と謝罪をし、また煙草を咥える。
その目は店内にいる他の女を探していて、何だかとてつもなくムカついた。
――から、横から手を伸ばして鞍馬の煙草を奪い、それを咥えて吸い込んだ。
咳き込みはしなかったけど、こんなのの何がいいんだろうと思った。
鞍馬がちょっとびっくりしたような顔で私を見ている。ああ、ようやくこちらを向いた。
ゆっくりと口から煙を吐いて、二言。
「あんたは私のご主人様じゃなかったの。私を一度ペットにしたなら、責任持って死ぬまで飼えよ」
鞍馬が私に飽きたとか知ったことじゃない。私は鞍馬とのセックスにハマったんだ。
だから――――都合よく抱いてよ、鞍馬。
そういう意図で吐いた文句は、どうにか氷の鞍馬に刺さったらしい。
鞍馬の瞳が揺れ、目の色が変わるのが分かった。
それが欲情の色だということを私は知っている。
「いいよ。瑚都がその気なら、どこへでも連れてってあげる」
私から煙草を奪った鞍馬が私の唇にキスをし、少しだけ離れて薄く笑った。
「俺と一緒にまた楽しいことしよ?」
多分この瞬間、私と鞍馬の口の中は同じ味がしているだろう。
「……私今、選択を間違えたんだろうな。正しくないこと、自分で選んじゃった」
「正しいか正しくないかじゃなくて、楽しいか楽しくないかだよ?」
そう笑う鞍馬の価値観を、やはり面白いと思った私は、同じ穴の狢なのかもしれない。
私はこれまできっとある程度ちゃんとした生き方をしてきたはずなのだ。
全てはこの男と再会してから。
煙草も賭博も浮気も、
よくないことは全部鞍馬に教わった。
ラブホテルに着くと、靴を脱ぐ間もなく入り口で舌と舌を絡ませ合い、唾液が顎に垂れていくほど激しいキスをされた。
キスってこんなに音がするものなんだってくらい深くキスをして、ようやく口を僅かに離した鞍馬が熱い吐息を出して問うてくる。
「瑚都はいい子?」
ぼーっとした頭でこの男がどういう回答を求めているのか考えるが、結局分からないまま答えた。
「……いい子、かな、ッ……」
予告なく胸の先端をきつく抓られ、顔が歪む。
「いい子はぁ、彼氏いるのにこんなとこ来ないよ?」
耳元でそう囁かれ、その声音から、鞍馬が今までで一番高揚していることに気付く。
ああ私これからめちゃくちゃにされるんだ、食われるんだって分かる。
「それを言うならあんただって……」
「俺が?何?」
「……」
いい人は、彼氏いる女をこんなところに連れ込まないんだよ。
「俺も悪い人だって思ってる?」
「……鞍馬は良い人って言っとこうかな。思ってないけど」
ぷっと鞍馬が吹き出した。
「俺は俺のこと悪い人だと思うなあ。でも瑚都はちょっとくらい悪い人の方が好きでしょ?」
言いながら私のことをベッドに倒し、ぎしりと上に乗ってくる。
鞍馬の首にぶら下がる銀のネックレスが揺れた。多分鞍馬は、これまでで一番悪い顔をしている。
「……うん。好きだよ」
この言葉をあんなにペラペラだと感じていたのに、今ではそう思わない。
本心だ。鞍馬とのセックスが好き。鞍馬の体が好き。また関係を持てて嬉しい。
「こんなに淫乱なんだから、俺で浮気覚えて、これからどんどん色んな人とヤっちゃうんだろうな」
「こういう相手は鞍馬しか作らないよ。私そんなに器用じゃないから、何人も作ってたらいずれバレそうだし」
「バレるのやだ?」
「……嫌に決まってるでしょ」
「瑚都が裸のまま寝てる間に撮ったツーショ、毎日瑚都に送り付けてたら彼氏気付くかな?」
悪戯っ子のような顔で覗き込んでくる鞍馬は楽しげだ。
無理だよ、京之介くんは私のスマホ見るようなタイプじゃないし、私はあんたのことミュートにしてるし。
「嫌そうな顔。そんなに彼氏との関係が大事なのに俺に付いてきちゃうんだもんね。ほんと悪い子、サイテーな女。やっぱり俺とのセックス忘れられなかった?これからセックスするたびに俺のこと思い出すんだよ?」
愛おしそうに囁く鞍馬はもう完全に捕食者の顔をしている。
そして、前戯もそこそこに私の足の間に割入ってきた。
京之介くんはすごく丁寧に前戯をしてくれるし、好きな人ならそれでもいいけれど、セフレはこういう方がいい。
床に投げ捨てられた鞍馬の上着のポケットの中で、さっきからずっとバイブ音がしている。
「電話鳴ってるけど」
「今日会う予定だった子かも」
「うそ、連絡してないの?」
「いいや。瑚都のこと抱けたら今日はもういい。他はもういらない。……やばいなー、俺瑚都のこと、本気で気に入っちゃった」
「何それ……。……っあ、」
「だってキレると思ってなかったんだもん。ぞくぞくしちゃった」
緩慢な動きで律動を繰り返す鞍馬は楽しそうだ。こちらは快楽で徐々に余裕がなくなってきているというのに。
「飼い猫に噛み付かれた気分」
「……あんたが急に、無視してきたからでしょ」
「だって瑚都、俺が呼び出しても来てくれなかったじゃん。俺は瑚都が呼んだらどんな時でもすぐ行くのに」
「はあ?」
まさかそんなことで?と思って眉を寄せた私の奥を、鞍馬が容赦なく突いてくる。
予想しなかったその動きに、いつもより高い喘ぎ声が漏れた。
「――好きだよ瑚都、可愛い。瑚都はどうしようもない悪い子だけど、ちゃんと愛してあげるね」
悪い男が息を吐くように言ってくれる好きだの可愛いだのより、京之介くんがくれる不器用な言葉の方が何倍も良かったはずなのに。
今この瞬間だけはこんな薄っぺらい、外側だけを飾り付けた言葉で満たされてしまう。
散々ヤった後、大盛りフライドポテトと飲み物を一緒に注文して、それを食べながらダラダラした。
鞍馬は食事の前にお風呂の準備をしてきてくれた。
素っ裸で過ごすなんて普段やらないので落ち着かないけど、服を着ようとすると鞍馬に「何で着るの?どうせまたヤるじゃん」と文句を言われるのでそのままにした。
一晩で何回ヤる気なんだよ、とツっこみたい気持ちを抑えつつ、フライドポテトとオレンジジュースを貪る。
LINEを開くが、京之介くんからの新着メッセージは来ていなかった。
大学の友達と飲み会だなんて嘘を吐いた私を信じてくれているのだろう。
半同棲をしている以上、夜に自分の家に居ない場合は理由がいる。鞍馬とはやはり、あまり頻繁には会えないなと思った。
お風呂の様子を見に行った鞍馬が楽しそうに「瑚都~見て見て」なんて呼んでくるからフライドポテトを食べていた指をティッシュで拭いて立ち上がる。
浴槽では泡が異常に盛り上がっていて、床のタイルにまで落ちている。床が泡だらけでさながら雲のようだ。天空か?ここは。
「あんたいつもバブルバスの泡多くない?」
あははっと鞍馬が大笑いしている。こんな子供みたいな笑い方をするのを初めて見た。
「さすがにここまで泡立ったのは俺も初めて見たかも」
「雪だるま作れるじゃん」
泡を手で掬って丸め、もう一つ丸めてすごく不格好な泡だるまを作ろうとしたが、上に乗せることはできなかった。
「つーかさむ。もう入ろうよ」
風呂場まで暖房の暖気が来ておらず空気が冷たいことに耐えきれなくなったらしい鞍馬が浴槽に入っていく。
腕を引っ張られて、私も鞍馬に後ろからハグされる形で泡だらけの浴槽に浸かった。
「いいのかなあ、こんなことしてて」
「いいでしょ。彼氏ともセックスして、俺とは彼氏とできないようなことして、そうやって楽しめばいいよ」
賢者タイムの私に鞍馬が即答する。
鞍馬の回答にある種の無邪気さを感じ、憎めないなあと思った。
鞍馬と会っていない時、鞍馬からの連絡が来ない時、鞍馬は自分の人生に必要ないと思う。
でもいざ会ってしまえば、想像以上に楽しくて気持ちよくて、鞍馬に対する友愛のようなものを抱いてしまう。
女は体を重ねた相手を好きになってしまうと言うが、京之介くんという確固たる想い人がいるおかげか、鞍馬に対する恋愛感情は一切芽生えてこない。
そう、ただの友達なのだ。鞍馬と泊まっても浮気をしているという自覚が希薄なのは、この男が私にとって完全に“友達”だから。
都合がよくて、セックスがうまくて優しくて相談に乗ってくれて、一緒にご飯を食べて他愛のない話もできる友達。
体の関係があるというだけの異性の友達。
お互い恋愛感情も乗り換えるつもりも一切ない。――であれば、何が悪いのだろう。
そこまで考えて、一度浮気をした人間は何度でもすると言われる理由が分かった気がした。
一度最初の境界を越えてしまえば浮気までにあったハードルは壊れ感覚が麻痺し、倫理観が崩壊していく。
留まるなら最初の段階で留まらなければいけなかった。
あの日鞍馬に電話をかけたあの瞬間から、私はもう戻れなくなったのだ。
「瑚都、次いつ会えんの?」
ぼうっとしていた私は、背後の鞍馬の問いかけで現実に引き戻された。
「……次?」
逡巡する。鞍馬と定期的に会いたい気持ちはあるが、次はなんと言って泊まればいいだろう。
京之介くんは私にそこまで友達が多くいないことを知っているし、たまの飲み会はあっても、頻繁にお酒を飲むような友達がいないことも知っている。
頭の良い京之介くんを騙すには、不自然にならないことが大切だ。ある程度間隔を空けなければいけない。
「年末とかかな……帰省に乗じてって感じなら」
「え~?先すぎでしょ。もっと早く会いたいんだけど」
「大学で会ってるじゃん」
「二人がいーい。あと、嵐山のライトアップイベントも行きたいんだよね。今年で最後らしいよ?」
お風呂にまでスマホを持ってきている鞍馬が、ライトアップイベントのウェブページを見せてくる。
そこには夜の渡月橋が綺麗に照らされている写真が載っていた。
2021.12.10~2021.12.19。十七年の歴史に幕、と書かれている。
「う~ん……」
「あは、揺れてる揺れてる。これ見た時絶対瑚都釣れると思ったんだよね」
「何でよ」
「夜に光るもの好きじゃん。花火とかさ」
確かにライトアップは好きだ。しかも、今年で最後。来年は見れない。
折角だし見に行くか、と思ってしまうあたり乗せられている。
「嵐山での記憶、全部俺で上塗りしてあげる」
駄目押しするかのように、鞍馬が後ろから耳元で囁いてきた。
――誘惑に負けたのは私の方だ。
「十九日なら……」
「最終日じゃん。まあいいけど」
決定ね、と鞍馬が楽しそうにスケジュール表に予定を追加する。
以前にも思ったが、優しくて悪くて一緒に居て楽しい奴は、女の可愛がり方も要求の飲ませ方もまた会いたいと思わせるのもうまい。
他に本命の男がいれば楽しく遊べるけれど、本命が居ない状態で食われると思うように転がされて振り回されて、セフレ沼直行なんだろうな。
――――鞍馬とは、その夜から妙に仲良くなった。
同級生の友達みたいな感覚でLINEするし、私がインスタに上げた何でもないようなストーリーにも反応が来る。
その内容にまずいことなんて一切なくて、大学で猫を見たとか、一部の講義がほぼオンラインになったとか、そういう内容。
チャラ男と女学生が講義中に並んで口を開けて爆睡している写真が送られてきた時は吹き出した。
内容が普通で、いちいちトーク履歴を消去する必要もないので助かる。
私が会う約束や見られたらまずい会話はできるだけ口頭でしたいと言ったからか、大学でも結構話すようになった。
鞍馬の誰にでも話しかけるキャラクター性のおかげで恋愛話好きの女学生に関係性を怪しまれることもなく、普通によく話すだけと捉えられているのは幸いだ。
そんな日々が続き、いつものように駐車場を通って近道しようとしていると、見たことのある車が私の近くに停車し、助手席の窓が開く。
「瑚都っち、今から帰るんスか?乗っていきます?」
「俺の車なんだけどなあ」
助手席から顔を出して私を呼ぶチャラ男と、……運転席にいる鞍馬。
瑚都っちって何だ。
謎のあだ名で呼んでくるチャラ男はゴツい指輪を十本全ての指に付けていて、そんな付ける?と思ってちょっと笑ってしまった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
今日は少し疲れていたので、遠慮せず後部座席に乗り込んだ。この車には何度か乗ったが、後部座席に乗るのは初めてだ。
車内に入って早々、チャラ男が煙草に火を付けようとしたので「ちょっと。」と軽く睨む。
私が煙草が苦手なことをそこで思い出したらしいチャラ男が慌ててすぐに仕舞った。
「あっ、そうでしたね!スンマセン!ってか鞍馬もやめろよ」
煙草を咥えて運転している隣の鞍馬にツっこむチャラ男。
「え?俺もダメ?」
鞍馬が口から煙草を外して、“そんなはずないっしょ”みたいな顔で聞いてくる。
「鞍馬は別にいいよ」
「え、俺だけだめなんすか!?」
ショックを受けたようにチャラ男がオーバーリアクションを取るので面白い。
ちょっとチャラ男をからかいたい気持ちから言った冗談だったのだが、
「瑚都の前で煙草吸っていいの俺だけなんだよね」
鞍馬はちょっと得意そうにチャラ男を見る。
「瑚都っちまで鞍馬を甘やかすんスか!?ダメですよ!鞍馬年上のオネーサンに可愛がられるの上手すぎでしょ。」
「だって俺カワイーもん。お前には可愛さが足りねーの」
「ほら、ほらほら!聞きました!?今の!ダメですよ瑚都っち!これがコイツの本性っす!」
チャラ男が居るだけで車内が賑やかだなあ……とその声のデカさに感心した。
しばらくそんな風に他愛のない話をしているうちに、チャラ男の家の前に着く。
富裕層が借りるデカそうなマンションだ。
車から降りる前に、チャラ男がふと思い出したように私を振り返った。
「あっそうだ瑚都っち、言おうと思ってたんスけど、忘年会しません?あいつも誘って。」
あいつ、というのは恋バナ好きの女学生のことだろう。
最近は鞍馬とチャラ男、私と女学生で話すことも多くなってきて、研究室のメンバーでは私たち四人がセットのような扱いを受けている。
それなら研究室メンツ全員で飲んだ方がよくない?と提案しようとしたけれど、ご時世的に四人以上での飲み会は怒られてしまいそうだなと思ってやめた。
「参加者の二分の一が喫煙者の飲み会……キツいな……」
「いや、俺は我慢しますし!まあ、考えといてください!」
後ろから車が来ているのに気付き、チャラ男が慌てて車から降りる。
外からぶんぶん手を振ってくるチャラ男に苦笑して手を振り返した。
車が発進する。
「瑚都は家まででいいの?」
「あー、うん。ありがとうね、方向ちょっと違うのに」
「ホテルじゃなくていい?」
バックミラー越しに私を見てくる鞍馬の目は愉しげだ。
「……今日はダメだって。私が晩ご飯作るって言っちゃったし」
「ふうん?」
つまらなそうな反応をしながらきちんと私の家に向かって曲がってくれる鞍馬はきちんと引き際を心得ていて、セフレとしてとても優秀だった。
徒歩だとそれなりに遠い距離だが、車だとすぐに着いてしまう。
あっという間に私のマンションの前まで来た。
鞍馬はもう、言わなくても私の家を覚えている。
「瑚都、こっちおいで」
停車した鞍馬が背凭れを倒して私を誘ってきた。
車の外に人がいないことを確認してから、鞍馬に近付き深いキスをする。
鞍馬とのキスは本当に気持ちよくて何だかうなじがぞくぞくした。
「キスがうまくなったね」
「……うん」
「彼氏に怪しまれるんじゃない?どこで覚えてきたのって」
「彼氏とは、あんまりキスしないから」
「え~?俺なら瑚都といてキスしないとか無理だけどな。じゃあその分俺とキスしよーね?」
鞍馬がちゅう、ちゅ、と音を立てて私の唇を食む。
キスだけでイキそうな感覚に陥り、頭をぼうっとさせながら、しばらくずっとそうしていた。
結局長くいちゃついてしまい、鞍馬に首にキスマークを付けられてしまったので、部屋に戻ってから急いでタートルネックに着替えた。
暖房を入れて少し休憩してからお鍋の準備をしているうちに、京之介くんが帰ってきた。
「十九から?」
キッチンでお鍋に入れた肉団子を様子を見ながら帰省する日を伝えると、私をバックハグしている京之介くんが少し訝しげな声を出した。
料理している時は危ないから来ないでと言っているのに、最近の京之介くんは常に距離が近い。
「うん。ちょっと早めに帰省しようと思って」
「学校そんなはよ終わるん?」
本当はそんなに早く終わらないのだが、日数的に十九から休んでも大丈夫なので帰省するだけだ――鞍馬と行くライトアップイベントに合わせて。
ライトアップイベントを見て、その日の晩は鞍馬と泊まって、次の朝から関西空港へ向かって帰省する。
「学校は終わらないんだけど、向こうでちょっと用事あるから早く帰りたい」
「ふーん……」
京之介くんからの視線が痛い。首のキスマークが隙間から見えていたりしないかとヒヤヒヤした。
「ほなクリスマス一緒におられへんのか」
「…………あ」
クリスマスの存在が頭から消えていた。街はあれだけクリスマスの色に染まっているというのに。
「忘れてた……二十四日には京都に戻れるようにする」
「ええの?実家おれるん一週間くらいになるけど」
「実は同じ研究室の子たちと忘年会するって話も出てて、年末にはどうせこっち戻ってこなきゃいけなくなると思うからいいよ。今年はおじいちゃんの家で年越しってのも悪くないし」
「親不孝もんやな」
「……そんなこと言わないでよ。お母さんたちにも、せっかくだし今年こそは京都来ないかって言ってみる。久しぶりにみんな一緒に年を越せたらそれに越したことはないじゃない?」
お姉ちゃんが川に溺れて死んでからというもの、お母さんは京都の地に行くことを避け始め、年末年始もおじいちゃんの家へ行かなくなった。
あれからもう五年が経っているけれど、みんなお姉ちゃんの死に対して過敏なままだ。
……そろそろ前を向かなきゃって、私が言うのもおかしな話かな。
「嬉しい、瑚都ちゃん。一緒にクリスマス過ごすん初めてやね」
京之介くんのド直球な言葉に顔が熱くなるのを感じた。
「……最近ストレートに伝えてくるよね。感情を」
「何照れてんねん、あほ」
クックッと目尻を下げて笑う京之介くんが、心底愛おしいと思った。
この人が好きだ。
ずっと私の傍にいて、嘘でも好きだと伝えてほしい。
あわよくば私と一緒にいることが当たり前になって離れられなくなればいい。
でも――京之介くんとこうしていると、どうしてもたまに浮かぶ。
京之介くんと並ぶお姉ちゃんの姿、それを後ろから見ている私――あれが当たり前だった日々が。
そして違和感を覚える。
京之介くんの隣にこうして今自分がいることに。