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ここ十年で日課になっていた師弟の言い争いに、呆れたような笑みを浮かべたコユキは二人を放置して言葉を続ける。
「美雪、長短、アンタ等二人は当代の聖女と聖戦士になった訳だけど、はっきり言ってまだまだ未熟だわ、これからも謙虚な気持ちでツミコ叔母さんやリエ、リョウコ、光影さん、カーリーやメット・カフーの助言を聞かなきゃ駄目よ! それに東海岸の様子が収まり次第、キャシーとウィルがアンタ等に合流する筈だから、あの二人にも頼りなさいよ、判った?」
母が答える、コユキそっくりで良く肥えている。
「判ってるわよお母ちゃん、任せといて」
父も同様だ、とうに三十は越えている筈だが若々しい、素敵だ。
「ご安心下さい大きい人、人々を守って見せます!」
コユキは父の手に抱かれた三歳位の男児の頭を撫でながら言葉を返す。
「そうね、それにこの子の為にも、ね! ねえ? 聖邪(セイヤ)ちゃん? なはは」
聖邪と呼ばれた子供はまだ就学前の幼児だと言うのに、賢そうでなにやら神聖なムードを纏っている。
それだけでなく、その姿はこの世の美を集約したかの様に整い捲っているではないか。
この美しく利口そうで神秘に満ちた幼児こそ、何を隠そう私、観察者、セイヤ・コーフクのかつての姿である、きっと係る人間達にとって尊(たっと)い事この上ない存在だったに違いない。
コユキは周囲に視線を戻して静かに告げる。
「世界中の悪魔達とは『存在の絆』で既に相談済みよ、明日発つわ、合流地は旧ロシア連邦のクラスノヤルスク、タイミールだけど、見送りは不要よ…… もしも、もしも寂しくなっちゃったりしたら空を見上げてね♪ アタシ達、皆そこにいるからね、離れ離れになっても皆と一緒、天と地に分かれてもいつも一緒に地球の為に戦っているんだから、ね?」
別れを告げられても、集結した面々はすすり泣く様な事は無く、一層引き締められた表情でコユキを見つめ返している。
随分前から覚悟を決めていたのだろう、コユキは心強さを感じつつ、笑顔を浮かべ皆の視線を受け止めるのであった。
翌日。
いつも通りに起床した善悪の耳には、相変わらず寝ていないのだろう、コユキが幸福寺の裏庭で畑を耕すリズミカルな鍬音(くわおと)が届いていたのである。
思わず笑いを溢(こぼ)した善悪も、毎日欠かした事がなかった朝のお勤め、読経(どっきょう)の為に本堂に向かうのであった。
近付いた本堂からは、軽快な木魚の音に合わせて、若々しくもやや初々しい声が懺悔文(さんげもん)を唱えているようだ。
本堂に入った善悪は、自らの娘に声を掛けた。
「随分早いお勤めだな美雪、続けられそうかな?」
「あ、お父ちゃん、続けるわよ♪ 今日から庵主(あんじゅ)だからね! お寺の事は任せておいて!」
「頼むな♪ 一つだけ、良いか?」
「何? 改まって」
「うむ、幸福寺、いいや幸福尼寺(こうふくにじ)か…… お寺やご本尊、法具やお経は大切だよ、だけれど、人や動物、木々や草花、他にも多くの命有る者達、その方が余程大切な物、その事だけは覚えておいておくれ、いざと言う時、お寺や僧侶としての立場に拘(こだわ)る事無く、生命全てを優先して欲しい、お父ちゃんからのお願いだ…… どうかな?」
シンプルな言葉であったが、美雪は目を閉じて静かに反芻(はんすう)を繰り返している様だ。
やや置いてから目を開き、合掌をしながら答えた。
「うん、忘れません、ありがとうお父ちゃん」
「なんの、後を頼むよ」
その後は揃ってお勤めを果たし終え、居間に入ると笑顔のコユキがピッチリとした正座で待っていた。