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ねぎ茶
27
第四章 俺たちの音
Phoenix「1901」
スタジオに入ると、いつもよりちょっとだけ緊張してた。柄にもなく。
今日はいつもの貸しスタジオじゃなくて、大学の空き教室を無理やり交渉して借りた場所だった。防音なんてほとんどされてないボロい部屋だけど、時間を気にせずやれるだけマシだ。
窓の外はもう夕方で、オレンジ色の光が床に長く伸びてる。
五人揃っての練習も、もう何回目だろう。最初の頃なんて、酷いもんだった。
仁人のギターと俺の歌がまず噛み合わない。
舜太のベースは走るし、太智のドラムはそれを追いかけるので精一杯。
柔太朗のキーボードに至っては、どこに音を差し込めばいいのかすら、みんな手探りだった。
「なあ、これ、ほんまに音楽になんの?」
舜太が半分笑いながら言った日もあった。冗談っぽく言ってたけど、あれは多分、半分本気だったと思う。俺自身、正直そう思わなくもなかった。だけど、口に出すのだけは絶対しなかった。
一度でも「無理かも」って誰かが言い出したら、多分そこで終わる。そういうのは、なんとなくわかってた。
だから俺は、毎回「もう一回」って言い続けた。心が折れそうな時ほど、声だけは大きく出した。それが自分にできる、唯一のことだと思ってたから。
柔太朗が申し訳なさそうに「俺のせいかも」って言った時も、太智が「まあ焦んな」って笑ってフォローしてくれた時も、仁人だけはずっと無言で、自分の指先だけを見つめてた。
「もう一回。今度は頭からいくぞ」
何度目かの「もう一回」を、その日も俺は繰り返してた。
仁人は無言で頷く。露骨に嫌そうな顔もしないけど、楽しそうでもない。あいつはいつも、そういう顔をする。
太智がスティックでカウントを刻む。「イチ、ニ、サン、シ」
音が鳴り出す。最初の数小節は、いつも通りだった。それぞれの音が、それぞれの場所で鳴ってるだけ。まだ、噛み合ってない。柔太朗の音がちょっと遅れて出てくる。舜太のベースが前のめりになる。いつもの、噛み合わなさだ。俺は内心、今日もダメかもな、と思いかけてた。
だけど、サビ前のあのフレーズに差しかかったところで――
何かが、変わった。
柔太朗の鍵盤の音が、ふっと空いたスペースに滑り込んできた。
それに呼応するみたいに、舜太のベースがいつもよりちょっとだけ抑えたグルーヴに変わる。
仁人のギターが、そこに切り込んでくる。
太智のリズムが、全部を後ろから支えるみたいに、どっしり構える。
俺は、歌いながら鳥肌が立つのを感じてた。
これだ。
うまく言葉にできないけど、確かにそう思った。
バラバラだったはずの五つの音が、いつの間にか一つの塊になって、俺の声を後ろから押し上げてくれてる。まるで、自分の声じゃないみたいに、いつもより遠くまで届く気がした。
曲が終わって、しばらく誰も何も言わなかった。
スタジオの中に、演奏の余韻だけが残ってる。誰かが息を吸う音まで聞こえそうな、そんな静けさだった。夕方の光が、床に伸びた影をゆっくり動かしていくのが見える。誰も動かないまま、その光景だけが時間を刻んでいた。
「……悪くない」
その静けさを破ったのは、仁人だった。
たった三文字。それだけの感想。だけど、俺にはその重みが痛いほどわかった。
仁人は、褒めない男だ。どんなに良くても「まあまあだな」くらいが精一杯で、「悪くない」なんて言葉が出てくることの方が珍しい。今まで、そんな台詞、一度も聞いたことがなかった。
今日までの練習で、何度もダメ出しされてきた身としては、この一言がどれだけ貴重か、嫌というほどわかる。
嬉しくて、思わず変な声が出そうになった。
「今の、めっちゃ良くない??」
我慢できずに言うと、仁人はふいと目を逸らして「二回は言わない」とだけ返してきた。
素っ気ない態度だけど、その頬がほんの少し緩んでるのを、俺は見逃さなかった。
「これは、いけるんちゃう?」
太智がスティックをくるっと回しながら、明るく言った。
柔太朗も鍵盤の上に手を置いたまま、小さく頷いてる。
舜太はもう興奮を隠さず、「な、な、めっちゃ気持ちよかったやろ、今の!」と俺の肩を叩いてきた。
五人分の熱が、狭いスタジオの中で渦を巻いてるみたいだった。
窓の外はもうすっかり暗くなってたけど、誰もスタジオを出ようとしなかった。
舜太が興奮した勢いのまま、さっきのフレーズをもう一回弾き始める。
柔太朗がそれに合わせて鍵盤に指を走らせる。
太智が「せや、もう一回録音しとこや」とスマホを取り出す。
仁人だけは腕を組んだまま黙ってたけど、その目は明らかに、さっきの音の続きを追いかけてた。
俺は、この瞬間のことを、多分ずっと忘れない気がした。
バンドを組んだのは、正直軽いノリだった。誰かと音を出すのが楽しそうだった、ただそれだけ。
だけど今、目の前で鳴ってるこの音は、もうただの「楽しそう」を超えてる。もっと大きい何かに、手が届きそうな気がした。うまく説明できないけど、確かにそう感じた。
これは、俺たちの音だ。
心の中でそう呟きながら、俺は隣に立つ仁人の横顔を、ちらっと盗み見た。
相変わらず素っ気ない顔をしてる。だけど、さっきの「悪くない」が、まだ耳の奥に残ってる。
あんな短い言葉一つに、こんなに気分が浮き立つなんて、我ながら単純だと思う。
なんでだろう。仁人の一言だけ、他の誰の言葉よりも、深く刺さる。
その理由を、この時の俺は、まだちゃんと考えてなかった。
ただ、今日この日のことを、もっと何度も味わいたいと思った。それだけは、はっきりしてた。
コメント
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るりさん~~!!第四章、めっちゃグッときたよ😭💕 最初はバラバラだった5つの音が、サビ前のタイミングで“一つの塊”になる瞬間、読んでてこっちまで鳥肌立った! 特に仁人の「悪くない」、たった三文字なのに重みがすごくて、あのセリフが出るまでの練習の積み重ねが全部伝わってきた…。 夕陽のスタジオと無言の余韻もめちゃエモくて、青春の一瞬を切り取ったみたいだったよ🌟 この音がこれからどう育っていくのか、続きが楽しみすぎる!誰かと音を重ねるって、やっぱり特別なことだね🎸✨