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一体誰だ? 瀬名の元カノの名前だろうか。瀬名は別れたと言っていたが、もしかしたらまだ続いているのかもしれない。
でもどうして今頃……? 今まで気付かなかっただけで、もしかすると他にもそういう相手がいるのか? いや、瀬名に限ってまさか……。
ぐるぐると考え込んでいると、瀬名が浴室から出て来たので理人は慌てて手に持っていたスマートフォンをテーブルに伏せた。
「理人さんも入れば良かったのに。お湯、張ってあるから気持ち良いですよ」
「そ、そうか」
瀬名は冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、そのままソファに座ってゴクゴクと喉を鳴らして飲み始めた。
至って普通の光景だ。とても何かやましい事をしている男の姿には見えない。
理人はその様子を横目に見つつ、瀬名には気づかれない様に小さく息を吐き出すとゆっくりと立ち上がる。
「俺もシャワー浴びてくるから、お前はゆっくりしてていいぞ」
「はい」
理人は逃げるようにしてその場を離れると、足早に脱衣所に向かった。そして、中に入り扉を閉めるなりその場にしゃがみ込むと盛大なため息と共に頭を掻き乱す。
瀬名が真奈美と言う女性とどういう関係なのか。何故、連絡を取り合っているのか。
知りたいけれど、知るのが怖い。
「俺はアイツのこと何も知らねえんだな……」
ポツリと自嘲的な笑みを浮かべながら呟き、シャツのボタンに指を掛けた。ふと、鏡に映った自分の左手に目が留まる。
薬指に嵌められた指輪が鈍い輝きを放っている。瀬名と恋人同士になってから、ずっと身に着けているものだ。
この指輪は瀬名と自分を繋ぐ証のようなもので、理人は無意識にそれを撫でると再び大きな溜息を漏らした。
瀬名と一緒に居られるならそれでいいと思っていたのに、いざその事実を突きつけられると胸が苦しくて仕方がない。
理人はのろのろと立ち上がって服を脱ぐと、熱いお湯を頭から被る。
この気持ちは何なのだろう。
真奈美という女は瀬名のなんなんだ? 今日会ったと書かれていたがいつの間に? そう言えば、今日は外回りに行くと言って2時間ほど戻って来なかった。もしかして、その時だろうか?
考えれば考えるほど疑念は深くなり、理人の心の中にドス黒い感情が生まれる。こんな気持ちは初めてだった。
こんな醜い自分なんて見たくなくて、必死に抑え込もうとするが上手くいかない。
この気持ちをぶつけてしまったら瀬名との関係が壊れてしまいそうで怖い。
「……クソッ……」
理人は苛立たしげに舌打ちすると、乱暴にシャンプーのボトルを掴んだ。
入浴を終え濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、瀬名はテレビを見ながら寛いでいた。理人に気付くと嬉しそうに手招きして自分の側に来いと呼ぶ。
「また濡れたまま出て来て……拭いてあげるからこっち来て」
「面倒せぇしそのままでも」
「ダメ。風邪ひいたらどうするんですか。ほんっと、理人さんって仕事は完璧なのに、私生活だらしないですよねぇ……。ま、そう言うところもいいんですけど」
クスクス笑いながら髪をタオルでわしゃわしゃと拭いてくれる。何気ない日常的な行動なのに今はそれが逆に辛かった。
瀬名は自分に嘘をついているのだろうか。それとも、もう別れてしまったので過去の事として割り切っているのだろうか。
だったらなんで、あんなメッセージが届く?
聞いてみたいが、聞けない。もし、実は二股掛けていました。なんて肯定されてしまったら……と思うと途端に怖くなる。
自分はいつからこんなに憶病になってしまったのだろう。
「理人さん、どうかしました?」
「なんでもない」
「……?」
「それより、明日早いんだろ? 早く寝ろよ」
「えー、まだ宵の口じゃないですか」
「遅刻したら洒落にならんだろうが」
理人がぶっきらぼうに言うと瀬名は少し不思議そうに見つめてきたが、特に追及する事なく素直に立ち上がった。
「ねぇ理人さん、今夜は一緒に寝てもいい?」
「……好きにしろ」
今夜も、だろうが。内心毒づきつつベッドへと潜り込む。
それに続いて瀬名が入ってくる気配を感じて理人は瀬名に背中を向けた。
「理人さん、こっち向いて?」
「いやだ」
「じゃあ、勝手にします」
瀬名はクスクス笑いながら、理人を後ろから抱き締めてきた。
「おいっ……」
「こうやってくっついて眠ると暖かいんですよ。それに、落ち着くんです」
「……俺は落ち着かねぇけどな」
言いながら首筋に唇を寄せられて、理人は身を捩らせる。
「エッチな事考えるから?」
「ばっ、違っ……ん……っ……」
耳を甘噛みされて思わず声が漏れそうになり、理人は慌てて口元を手で覆った。
「理人さん……キスしたい……」
「……っ」
瀬名の声が熱を帯びていて、身体の奥が疼く。
仕方なく身体を反転させて向かい合うと瀬名の唇が重なって来て、啄むような優しいキスが繰り返される。
「ん……ふ……っ……」
「理人さん……可愛い……」
「うるせぇ……っ……」
瀬名に言われると恥ずかしくて堪らない。理人は顔を背けて逃れようとしたが、瀬名は許さないとばかりに顎を掴んで強引に正面を向かせた。
「理人さん……好きだよ」
「……ッ」
真っ直ぐな瞳に射抜かれて心臓が跳ね上がる。
この言葉に嘘は無いと思いたい。ただ、先ほどのメッセージが頭にちらついて離れなかった。
「どうかしたんですか?」
「何でもねぇよ……」
瀬名は怪しむように顔を覗き込んでくるが、理人は顔を逸らすと腕の中からすり抜けて布団を被った。
「理人さんってば!」
「お休み。明日は大事な会議があるんだから手ぇ出すんじゃねぇぞ」
「……」
理人はわざとらしくそう釘を刺して目を閉じる。最初は不満げだった瀬名も流石に諦めたのか大人しく隣に横になる。
暫くして、規則正しい呼吸音が聞こえてきて、理人もそれに倣うように目を閉じた。
瀬名の事は信じている。だが、どうしても真奈美の事が気になって眠れない。
瀬名の言葉を信じたいのに、疑ってしまう自分が嫌で仕方がなかった。