鎌倉で江ノ島、大仏様、鶴岡八幡宮を観光した私達は更に集まってきた日本の警察に護衛されて首相官邸へ行く事になった。あんまりブラブラしても負担を掛けてしまうだけだし、個人的には満足した。だから私から提案したら、皆さんホッとしていた。ごめんなさい、そしてありがとう。 用意された車で移動中、フィーレは熱心に日本の情報を集めていた。この子が色々とヤバいアニメや漫画の原産国が日本だって気付くのも時間の問題だろう。今から嫌な予感がする。超兵器は仕方無いにしても、せめてガン◯ムくらいに収まるように頑張らないと。自重しなくなったらとんでもないものを作りそうなんだよね。
『ティナ、目的地が違います。首相官邸へは向かっていません』
ん?
「すみません、この車はどちらへ?」
運転手さんに声をかけたら、穏やかな笑顔を浮かべてくれた。
「旅館やすらぎへ向かっています。首相は先に到着してお待ちですよ。首相官邸だと気軽にお話が出来ないとか」
一瞬身構えたけど、やっぱりか。
「分かりました。お世話になりますね」
「お世話になります」
「なりまーす」
「ようこそ、日本へ。三度目の来訪を心から歓迎しますよ」
そのまま私達は旅館やすらぎへやって来た。お巡りさんの姿は見えるけど、物々しい感じはしない。まあたぶん見えないように工夫しているんだろうけどさ。
『周囲警戒レベルを引き上げます。ブリテンのような事態が起きる可能性もありますので』
「お願いね、アリア」
私がフェル達とブリテンを離れたその日の夜、ロンドン市内で複数のテロ事件が起きて少なくない数の犠牲者が出たらしい。
私がその場に居たら助けられたかもしれないと思うのは傲慢なんだろうな……でも。
私は巻き込まれなくて良かったと思うよりも、どうしてその場に居なかったのか。何か出来ることがあった筈だと後悔してしまう性分だ。こればっかりは多分死ぬまで変わらない。お人好しだとバカにされるかもしれないけどね。
「素敵なことだと思いますよ。ティナ、その気持ちをずっと忘れないでくださいね」
フェルについつい愚痴ってしまったら、そう笑顔で返された。その言葉にどれだけ救われたか。
「ようこそ、日本へ。再度のお越しを心から歓迎いたします」
玄関で女将さんである朝霧瑠美さんと従業員の皆さんが私達を出迎えてくれた。
「こんにちは、またお世話になります。あっ、フィーレ。ここでは履き物を脱いでね」
「履き物を脱ぐの?」
「そうだよ。代わりに用意してくれているこれを履くんだよ」
「えー?これを?」
「我が儘言わないの」
ふかふかのスリッパを指差して説明していたら、女将さんが口を開いた。
「いえ、お好きなようにしてくださって構いませんよ?どうぞそのままで」
「……ありがとうございます」
これって……もしかして前回フェルが内心スリッパを嫌がっていたのに気付いてたのかな?
フェルとフィーレはそのままが良さそうだし、私も二人と一緒に裸足のまま上がらせて貰った。もちろん浄化魔法で綺麗にしてね。
リーフ人の足を圧迫されるのを嫌う習性は、フィーレだって例外じゃない。幼い分自重しないから、気が付いたら裸足で走り回っていたりする。怪我をしないかこっちがハラハラするんだよね。
「お客様はお部屋でお待ちです。ご案内しますね」
「はい。行こっか」
ペタペタと女将さんに案内されながら旅館を三人で歩く。板張りの廊下から見えるお庭は風情があって安心感を与えてくれる。風流人って訳じゃないけど。
自然に調和した風光明媚な光景は、フィーレも気に入ってくれたみたいで目をキラキラさせながらフェルとお喋りしてる。何だか二人が姉妹のように見えてきたよ。フェルの包容力の高さは言うまでもないけどさ。
「それではごゆっくり」
私達が通された部屋は完全な和室だった。畳の匂いが心地よくて、縁側からは見事なお庭が一望できる。広さも十人くらいが寝られるくらいに広い。そんな部屋の真ん中にテーブルがあって座椅子が用意されていて、一人の地球人が待っていた。
「久しぶりね、ティナちゃん。フェルちゃんも元気そうで良かったわ」
「お久しぶりです、美月さん!」
「ご無沙汰しています、首相」
「美月で良いわよ、フェルちゃん。気楽にね」
座椅子に座っている美月さんは、いつものキチッとしたスーツじゃなくて浴衣姿だ。しかもお風呂上がりなのかしっとりしていて、もう色気が色々とヤバいことになってる。私が男のままならル◯ンジャンプも辞さないね。
年齢的には五十歳近い筈なのに、三十代前半にしか見えない。リラックスしているからか、仕草一つ一つが無駄にエロいし。
「はい……美月さん」
「ふふっ、ありがとう。ティナちゃん、そちらの可愛らしい女の子を紹介してくれるかしら?」
「もちろんです!この子はフィーレ、見ての通りフェルと同じリーフ人の女の子です」
「会えて光栄だわ。私は椎崎 美月。ティナちゃんと仲が良いおばさんよ。フィーレちゃんと呼んで良いかしら?私の事は美月でもおばちゃんでも構わないわよ」
美月さんが笑顔で話し掛けると、フィーレもびっくりしていた。まあ、そうだよね。ブリテンじゃこんなにフレンドリーな感じはなかったし、私が目当てでフェル達は添え物みたいな扱いを受けてたし。
「ん……じゃあ……美月オバチャン」
「ちょっ!」
「良いのよ、ティナちゃん。フィーレちゃん、これからよろしくね。日本でゆっくり過ごして、この国を好きになってくれたら嬉しいわ」
笑顔で答える美月さんを見てフィーレも珍しく笑顔だ。まあ仲良くしてくれるならそれが一番かな。
椎崎首相の対応はまるで遊びに来た姪っ子に対するようなものであり、外交儀礼としては完全にやってはいけないことだ。しかも相手は遥かに格上の存在。常識的に考えればあり得ない対応である。
しかし、これこそが大半の国家が陥る巨大な落とし穴なのだ。盛大な歓迎も、腹の探り合いも必要ない。異星人としてでなくティナを個人として同じ目線でしっかりと、そしてフレンドリーに接する。ティナに関してはこれが正解なのである。そしてそれは同時にフェル、フィーレに対しても同じである。
唯一前世を知る椎崎首相はもちろん、合衆国のジョン=ケラーもまたその穏和で善性な人柄もあるが彼自身がティナの本質を見抜き、娘の親友に接するよう心掛けているため良好な関係を構築できているのである。
外交の非常識、それがティナ相手では正解。これは百戦錬磨の政治家ほど陥りやすい罠なのである。
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