テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ちびっ子に少し苦手意識のあるシンジは、どうしたものかと頭を悩ませる。
餌付けでもしてみるか……。
「アイス食べる?」
食後のデザート用に買っておいた『月見大福』をルチルに渡す。
「くれるん?」
ルチルは、花が咲いたような極上の笑顔をみせた。
付属のフォークを使うことなく、でーふくの中央に人差し指を突き刺した。
「なあ、あんちゃん。チャック・ノリスって人の背中に、ファスナーを付けたらどうなるか知っとる?」
アイスを食べ終わったルチルは、ベタベタになった指をシンジの服になすりつける。
「知らんがな……」
とは言ってみたものの、シンジは天使の期待に応えてみたくなった。
「“ノリス・ファスナー”とかになるんじゃないか?」
そんなわけないか……。
案の定、シンジの答えをルチルは全く聞いていなかった。
ちびっこの行動は予測が難しい。
ルチルの興味は、すでに別のものへと移っていた。
「あんちゃん。えーが見ようぜ!」
畳の上で胡坐をかいたシンジのヒザにルチルが座る。
「天使の輪っ!」
シンジの顔を見上げたルチルは、ポシェットからDVDを取り出した。
鬼と手を組んだ桃太郎が神々に戦いを挑むという、サイバーパンク・アクション映画らしい。
主演 ノリス・ファスナー。
ファスナーさんは、ここに居た……。
「コイツをルチルの頭にのせてけれ」
「天使はDVDプレイヤーにもなるんですよ」
しばらく黙って見守っていたリエルが、助け船を出してくれる。
天使の輪のヒミツにも言及した。
「天使の頭上でふわふわしている輪光、実は円盤なんです」
丸形蛍光管も搭載可能らしい。まさしく天使の輪。
着脱可能で、普段は隠しているそうだ。
天使にディスクを載せると、映画や音楽を再生できるとのことだ。「ブルー霊にも対応している」と、リエルがこっそりと教えてくれた。
100倍速以上でしか再生できないことが難点だともつけ加えてくる。
ルチルの頭にDVDを載せると、高速で再生された。
「あんちゃん。面白かったじゃろ?」
1万倍速で再生されたせいか、映画の内容はサッパリわからない。
というより、瞬きを2回している間に終わっていた。
「お、おう……」
守護天使の笑顔に屈したシンジは、そう答えるしかなかった。
映画の視聴が終わると、ルチルは何かを思い出したかのように玄関へと向う。
「お仕事があるから、ルチル帰るな」
「仕事?」
帰るって、どこにだよ……。
助けを求めようと、シンジはリエルを縋るような目で見やる。
リエルは無言。
ただ笑みを浮かべるだけだった。
「行ってくるぞい」
親指を立てると、ルチルは去っていった。
嵐が過ぎ去った後のように静まり返る室内。
「ルチルの仕事って?」
部屋に空いた穴を音声で埋めてみようと、シンジはリエルに問う。
だが、リエルは教えてくれない。
自分の目で確かめろということか。
「それじゃあ、行きましょうか」
リエルに手を引かれ、シンジはルチルの後を追った。
ルチルは駅を目指しているようだった。
目的の駅につくと、ルチルは自動改札を抜け、ホームへ向かった。
鼻歌を歌いながら体を左右に揺らし、ルチルは電車の到着を楽しそうに待つ。
見ているシンジが、つられて笑顔になってしまう動きだ。
電車がホームに到着すると、「フェード・イン」と言いながら、ルチルは後ろ向きに乗車する。
ルチルの後に続き、車内に入ったシンジは周囲に目を配る。
つり革につかまり、読書をするおじさん。
うたた寝をしているサラリーマン風の男性。
スマホをいじっている女子大生風の女の子。
混雑こそしてはいないが、空席もないような感じの車内。
ゆっくりと流れてくる風。
床から伝わってくる振動が心地いい。
霊体モードで稼動中らしい。ルチルの姿は乗客達には見えていないようだ。
シンジは、ドキドキとワクワクがとまらない。
何かやらかしそうなルチルへの期待感でいっぱいだった。
一方のリエルは、授業参観に来た母親のような、少し不安そうな面持ちだ。
ルチルが動き出した。読書をするおじさんの前に立つ。
ページをめくるため、つり革を放すおじさん。
ルチルは、“ひょいっ”と、つり革を横にずらす。
つり革をつかもうとしても、つかめないおじさん。
ルチルとおじさんの攻防が幾度となく続く。
こうした現象は天使が起こしていたのだ。
ルチルはサラリーマン風の男性の前へ移動する。
次の停車駅に近づいてきたころ、「打つべし」と言いながら、男性のみぞ落ち辺りに軽くパンチをお見舞いした。
電車の音でかき消されたのか。
ルチルの声を気にする者はいない。
腹パンをくらった男性は「ふぁう」と声をあげて目を覚ます。
慌ててその駅で降りて行った。
電車で寝ているときに“ビクン”となるあの現象は、天使の仕業のようだ。
シンジには、ルチルが小ぶりの爆弾のように見えていた。
こみ上げてくる笑いを必死で抑えながら様子を窺う。
次の駅に到着。
駆け込み乗車をしようとする女性。赤ん坊を抱きかかえている。
女性が乗り込む寸前で、閉まりかけるドア。
ルチルが「ふんがっ」とドアを押さえると、ドアが完全に開く。
女性は無事に乗車できたのだった。
大きな仕事を終えたルチルは、赤ん坊に向かって手を振る。
ルチルが見えているのだろうか。
赤ん坊がルチルに向かって手を伸ばしている。
ルチルって良い子じゃないか。
ホッコリした気分がシンジの体を満たしていた。
次々と仕事をこなすルチルの動きは速い。
シンジは、ルチルを見失ってしまった。
このまま放置して問題ないのでは? とリエルが言う。
やっぱり気になる。
もう少し探してみようと、シンジが後ろの車両へ移動しようとした時だ。
車内がケンタッキー臭(フライドチキンのいい香り)に包まれた。
隅っこのほうで、ルチルがお食事をしている。
ご丁寧にも、スカートの裾で仰ぎ、車内にケンタッキー臭を振りまいていた。
「お前が犯人か!」
シンジは、思わずツッコミを入れてしまう。
「なんだかお腹が空いてきましたね」
リエルが腹部をさすりながら、シンジのほうを向く。
シンジも同様だった。
ケンタッキー臭に食欲を刺激され、腹の虫が泣きわめく。
ルチルの“仕事”は、どうやら本当に“天使の業務”らしい。
#ファンタジー
#イケメン