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第二十五話「最後の声」(改訂版)
式場に、静けさが落ちる。
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焼香が終わり。
誰もが、まだ現実を受け入れきれていない空気の中——
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司会者が、ゆっくりと口を開いた。
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「……皆様に、お伝えすることがあります」
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ざわ、と小さく空気が揺れる。
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「佳さんのポケットに、ボイスレコーダーが入っていました」
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全員の視線が、前に集まる。
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「もし葬式があれば、流してほしいと——」
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一瞬の間。
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「……これより、再生いたします」
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“カチッ”
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再生音。
ノイズのあと——
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『……えーっと』
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高橋佳の声。
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「……っ」
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その瞬間、空気が変わる。
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『お父さん、お母さん』
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優しくて、少し照れた声。
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『……そして、あかね』
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「……っ、お兄ちゃん……」
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妹の声が崩れる。
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『……美憂』
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その名前に、美憂の呼吸が止まる。
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『……みんな、ごめんね』
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『何も言わなくて』
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静寂が、さらに深くなる。
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『……でも、言いたくなかったんだ』
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『もう死ぬ人間だって、そう扱われたくなかった』
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誰も言葉を挟めない。
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『だから、喋らなかった』
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『……ごめんね』
『ごめんね』
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その二度の謝罪が、突き刺さる。
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『みんな、好きだったし——愛してたよ』
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すすり泣きが広がる。
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『……でも』
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一瞬の間。
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『本当に愛したのは——美憂君だよ』
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「……っ」
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美憂の視界が滲む。
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『みんな、バイバイ』
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『本当にありがとう』
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『楽しい人生、くれて』
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父親の肩が、わずかに震える。
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『お父さん、お母さん』
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『育ててくれてありがとう』
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『愛してるよ』
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その瞬間——
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「……っ……!」
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父親の顔が歪む。
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限界だった。
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『あかね』
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『お兄ちゃんいなくても』
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『強く生きてね』
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「……やだよぉ……!」
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妹が崩れる。
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『……じゃあね』
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『——by 佳より』
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“カチッ”
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音が止まる。
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完全な静寂。
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その、次の瞬間——
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「……佳ぁ……!!」
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父親の声が、響いた。
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抑えていたものが、全部壊れる。
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足を引きずるように前に出る。
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棺の前まで、たどり着く。
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「……なんでだ……」
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震える手で、棺に触れる。
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「……なんで何も言わなかった……!」
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声が、崩れる。
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「……一人で抱えるなよ……!」
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拳で、棺を叩く。
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鈍い音。
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「……俺は父親だぞ……!」
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涙が、止まらない。
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「……頼れよ……!」
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その声は——
怒りじゃない。
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ただの。
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どうしようもない、後悔。
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「……っ……佳……」
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額を棺に押し付ける。
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「……帰ってこいよ……」
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小さく。
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「……一回でいいから……」
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その願いは。
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あまりにも、届かない。
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母親も、その横で泣き崩れる。
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妹も、声を上げて泣き続ける。
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会場全体が、崩れていく。
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美憂は、その光景を見ていた。
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涙は、流れている。
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でも。
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動けない。
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(……佳)
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ただ、心の中で呼ぶ。
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(……全部、届いてるよ)
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でも——
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もう、返事はない。
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最後の声だけが。
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そこに、残っていた。
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